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優雅なワルツが流れ、舞踏の間の視線がふたりに注がれていた。
皇太子レオナールとグランディエ公爵令嬢リリス。
誰もが羨望の眼差しを向けている。
けれど当のリリスは、その視線さえもどこか遠く感じていた。
(踊り……手順通りに動けばいい。感情は必要ない)
そう自分に言い聞かせていた。
一方、レオナールはリリスの手を取ったまま、視線を逸らさず言葉を紡ぐ。
「リリス嬢は、ご趣味などおありですか?」
「趣味……ですか」
一瞬の間。
舞踏会用に用意された答えは山ほどある。
「音楽や書物が好きですわ」
「なるほど、知性もおありなのですね」
微笑んで返す。
だがその目は、言葉以上のものを探っていた。
レオナールは少し身を屈め、声の調子をほんのわずか柔らかくした。
「けれど……それは心から楽しめているのでしょうか?」
リリスの踵がわずかに揺らいだ。
この問いは想定外だった。
表面的な会話で流せるものではない。
(なぜ……なぜそんなことを聞くの)
顔は変わらず微笑を保ったまま、リリスは答える。
「ええ、もちろん」
「……そうですか」
レオナールはにこりと笑った。
けれどその瞳は、微かに意地悪な光を帯びていた。
「私はね、仮面の下の顔に興味があるんです」
低く囁かれたその言葉に、リリスの心はひやりと凍った。
(……見抜かれている?)
思わず視線を合わせてしまう。
レオナールの青い瞳は冗談めいて見えて、その奥に本気の色があった。
「……殿下は、人の仮面を暴くのがお好きなのですね」
「いいえ。ただ……あなたのような方は、きっと本当はもっと面白いのだろうと、そう思っただけですよ」
音楽が終わり、踊りが終息していく。
リリスは丁寧に礼をとった。
「お戯れを」
「戯れではありませんよ、リリス嬢」
レオナールはもう一度、彼女をまっすぐ見つめた。
「……また、ぜひお話を」
その言葉に、リリスの胸がひどく騒いだ。
──何も感じないはずだったのに。
その「興味の目」が、自分の心の奥底に手を伸ばしてきたような錯覚。
舞踏の間の喧騒の中で、リリスはそっと息を吐いた。
自分でもわからない動揺が、わずかに胸を締めつけていた。