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「お噂以上に、お美しい」
そう言って微笑む皇太子の青い瞳は、まっすぐにリリスを見ていた。
その視線を受けても、胸は静まり返ったままだった。
──何も、感じない。
なぜ私は、こうなのだろう。
自嘲を胸の奥に押し込みながら、リリスは微笑を崩さず返す。
「過分なお言葉ですわ。殿下こそ、噂に違わぬご容姿とお振る舞い」
「……光栄です」
ひと呼吸の間。
レオナールはふと首を傾げた。
「令嬢は舞踏会がお好きですか?」
「ええ、皆さまと同じように楽しんでおりますわ」
用意された答えを滑らかに紡ぐ。
本当は、ただの社交の場でしかない。心が動くことなどないのだ。
けれどその瞬間、皇太子の瞳が僅かに細められた。
「……皆さまと同じように、ですか」
一瞬の沈黙。
問いかけの裏に、探るような色が滲んでいた。
リリスの心に、かすかな焦りが走る。
(この方……私の仮面の裏を見ようとしている?)
だがすぐに表情を整える。
「殿下も、舞踏会はお好きなのでしょう?」
「ええ、人と会うのは嫌いではありません」
レオナールは柔らかく微笑んだ。
──だがその瞳の奥に、どこか深い影が宿っているのをリリスは見逃さなかった。
この人もまた、すべてを素直に表しているわけではない。
そう理解した瞬間、ほんのわずかに胸がざわついた。
(……今のは、何?)
しかしその感覚も、すぐに掴めなくなった。
「よろしければ、一曲お付き合いいただけますか」
差し出された手。
──断る理由はない。
リリスは完璧な笑顔でそれを取った。
「喜んで」
けれどその心は、また静かな湖面に沈んでいく。
皇太子の手の温もりすら、自分のものとは思えなかった。
***
一方、リリスの手を取りながら踊り出したレオナールは、内心で小さく息を吐いていた。
(……やはり、何かが欠けている)
触れた指先が、まるで硝子細工のように冷たい。
この娘は、自分でも気づかぬほど深く心を閉ざしている。
(なぜ、こんなにも完璧な仮面を被っている……?)
踊りながら、レオナールは静かに決意する。
この檻の奥にいる本当の彼女を、知ってみたい。