0話【白の異世界転移】
『お前恥ずかしくないのか?生きてる価値ない。』
え……何で?
『まじで身の程わきまえたほうがいいよ』
そんなに悪いことしたのか?俺って……
『よくお前が愛紗さんに告ろうとできたな。メンタルだけはすげえよ。』
でも、皆だって愛紗さんの事……
『普通にキモい、てか愛紗彼氏いるし』
でも、思いを伝えるだけなら……
『すまん。普通にもうはなしかけんでくれん?関わりたくない。』
……あぁ。もう無理だな。
『破片は見つかった。』
「今日も無視しちゃったなあ。」
不登校になってはや一月。もう擦りすぎて飽きたのか、俺を咎めるDMもほとんど来なくなった。来るのは学校からの電話と、親からのラインだけ。それも無視し続けている。一応、親が家賃は払い続けてくれているが、これも何ヶ月続くか。
しっかりと掃除してある部屋からは、俺の几帳面さがうかがえる。俺は引きこもりではあるが、そういうところはしっかりしているのだ。まあ、そういうところだけだが。この几帳面さを、なにか他のステータスに振ってほしかった。顔とか。
しかしまあ、こんなクソみたいな生活してる俺だが、別に人生を投げ出したわけじゃない。退学したって、別に生きるすべはいくらでもある。通信制の高校にいって、適当に高卒資格取って、適当に就職して、適当に、適当に生きる。
不登校=死じゃないんだ。あいつらと関わらず人生を歩む方法なんていくらでもある。まあ、冷静に考えたら、俺のほうが自惚れてたのかもな。あんなこと、今考えたら俺がしていいはず……
やめよう。こんな事考えて時間を浪費するよりも、睡眠時間を増やす方が優先だ。
ベッドに横たわると、いつも目にかかっている前髪が重力に従って横にはける。今日はやけに嫌なことを思い出す。早く寝たいってのに……
……しかし寝れん。もう数時間経ってるってのに。みんなも何回かは経験しているだろう。いつまでも寝れずに、寝れたのか寝れてないのかわからないまま朝になることを。俺は賢いから知っている。こういうときは、一度起きて、そこそこ眠くなってきてから再びベッドに入るのだ。これで俺は何回も徹夜している。さて、まあ適当にゲームでもやってれば、時期に眠くなって…………
「………夢か。」
横たわったまま、ベットであろう場所を撫でてみた。柔らかい地面だ。草がぎっしりと生えている。そして俺の部屋には、なんということだ。木がたくさん生えている。随分と広くなったもんだ。森……いや、林ってとこか。気温もなかなか低い。冷房効かせすぎたか?
……まあ順当に考えて、これは夢だ。うん。気にすることはない。夢だったら、ベッドが湿っていて柔らかい芝生になっていることも、周りが林になっていることも、容易に説明がつく。しばらく目を瞑っていれば、何事もなく朝が………
「ちょ、ちょっと!大丈夫!?こんなところでなにやってるの?」
なにかが近づいてくる音がしたと思えば………はあ、なんでナイスタイミングに助けが来てしまうのか。このまま寝ていれば夢が覚めたというのに。しかし、馬の走るような音が聞こえたが……
「あ、あの……なにかしてたの?芝生の観察とか?」
「いえいえ。お気になさらず。起きたらここにいたまでです。」
「お、起きたらこんなところに?ここはオクトフロントのど真ん中だよ?いやでも、荷物も何もなしにここまで来るなんて不可能に近いし……」
何やら色々考えてくれているようだが、ここは夢なので放っておけば時期に覚め………そうか。夢なら自然と覚めるのか。どうせ覚めるんだったら、少しでも夢の世界を経験しておくか。こんな鮮明な夢、滅多に見れないしな。
とりあえず、本当に気づいたらここにいた。ということにしておこう。
「いやあ、本当に気がついたらここにいて、家で寝ていたはずなんで………す………」
え、エルフか?馬に乗ってる…すごい…リアルだ…人間の域を超えた長さの耳に、思わず見惚れる。それに彼女は、見たこともないような美少女だった。俺より少し年下くらいだろうか。こんなの、ゲームやアニメの中でしか……
「ど、どうしたの?」
気づくと俺は、彼女に手を伸ばしていた。無意識だった。
「ごっ!ごめんなさい!ついエルフの方を初めて見たもので……」
「エルフを見たことがないんですか?あ、あなた本当にどこから来たんですか?」
まずい。怪しまれている。ここは話を合わせるか?いやいや、ここのことを全く知らない俺にどうそんな器用なことを……
「なんだ?………あー……あーー……」
明らかに声が違う。なんだ?変な感覚だ。
「あの、本当に大丈夫?」
「あ、いや……ごめんなさい。ちょっと気が動転していて、自分でもどうなっているのか……」
いや、さっきから大きな勘違いをしていた。これは夢なんかじゃない。そんなはずがない。しかし、夢でないと説明がつかない事態なのだ。
エルフ…違う声…これるはずのないところに一人……ここは俺のいた世界とは違う世界だ。要するに……
異世界転移………
「よ、よかったら私のお家に来る?ここは危険だし、ほら、この時期冷えるでしょ?」
混乱状態の俺にさらなる追い打ちをかけないでくれ。こんな美少女の家に、俺なんかがお邪魔していいはずないだろ。ここは断って、自分でなにか変える方法を探すしか……
「本当にどういうことなんだろ。新手の転移魔法かなにかかな。」
すみません。お言葉に甘えてしまいました。だって寒いんだもん。なんで俺はこんな薄着なんだ?転移させるときにこの服チョイスしたやつ誰だよ。俺はできるだけ距離を取って、彼女の後ろに乗馬した。てか、転移魔法?魔法まであるのか?この世界は。
「あなたは?ここは森のど真ん中なんですよね?そんなところにわざわざ何をしに?」
「あぁ。狩りの帰りだったんだ。まあ、なんにも捕れなかったけど。」
えへへと、俺の方を見ながら笑う彼女。俺は不覚にもドキッとしてしまった。
「あ、まだ自己紹介とかしてなかったね。私はルネ。見ての通りエルフだよ。狩りとかで生計を立てたいなあなんて思ってるけど………弓の腕前はまだまだ全然で……あなたは?」
「あぁ、自分は……………………」
なんだ?言えない。自分の名前が……というか、思い出せない。まるでなにかに言うなと言われているように。それと同時に頭の中を駆け巡る一つの単語。人名だろうか。これが、この世界での俺の名前なのか?前の世界のことは一切口に出すなってことかよ。
「………メイフ…メイフ。それ以外覚えてないんだ。」
メイフ。それがこの世界での俺の名前らしい。
「えっ!つまり記憶喪失ですか?」
「ま、まあそうなりますかね。ここがどんな場所なのかも知りませんし。」
しかし、さっきのは何だ?前の世界のことは言えないのか?そういえば、ルネさんも俺も、さっきから日本語を喋っていない。しかし、今まで気づかなかったように、何も違和感がない。不思議な感覚だ。
「さて、ここが私のお家ですよと。」
顔をあげると、木造のどこか風情のある一軒の家がポツリと建っていた。一部屋しかないのだろう。小さな家だ。そういえば、ここは山の麓だからそろそろ地上が見え………
「あっ。すごいでしょ。ここは王国ナインスピアにとても近い山なの。だから、降りればすぐに色々買い出しに行けるんだよ。」
「へえ。いい景色ですね。」
「でしょ?」
しかし、光源は蝋燭やら松明やらだな。電気とかは開発されてないのか?
「ほらほら。はやく上がりなよ。寒いでしょ?」
「あっ、はい。お、おじゃまします………」
とうとう部屋に立ち入ってしまった。真っ暗だが、とてもいい匂いがする。これが女の子の匂いなのだろうか。初めて嗅ぐにお………うっ
「だ、大丈夫!?」
ルネさんは急いで蝋燭に火をつけた。温かい蝋燭の光があたりを照らし、すこし落ち着いた。
「す、すみません。少し気分が……」
女性の匂い。本来男というもの、この匂いに安堵し、いい匂いだと感じるのだろうが、俺は違ったようだ。色々なことを思い出す。
「まあ、頭でも打って記憶喪失になったのかもしれないし、そういうこともありえるわね。どうする?この時間はもう病院やってないから……」
「大丈夫。すぐ良くなると思います。」
「そう?なら良かった。」
都合の良い解釈をしてくれて助かった。
ふと、あたりを見渡す。すると、大きな鏡が………
「な、なんだ?これが……俺…?」
引き込まれるような灰色が青みがかったような色の髪に、スラリとした姿勢の良い体。そして何より……
「……イケメンだ………」
「えっ……どうしたの急に。ナルシスト?」
「い、いや…自分の姿も忘れていたようで。」
「そ、そんなことまで忘れてたの?逆に一体何を覚えてるのよ…」
しかし何だ?異世界転移ではあるのだろうが、精神だけが転移したのか?それとも元から居た異世界の住人に憑依したとか?だとしたらどうしてこいつはこんなところに?
「まあ、転移魔法とかそういう難しい魔法は私の専門外だから、あんまり力になれないかも。ごめんね。」
「あぁいえ。全然、助けていただいただけでありがたいです。」
「本当?どういたしまして。」
なんだか、この子とならちゃんと話せる気がする。いや、この姿の俺だからか?精神的には至って変わらない。そんまんまの俺だ。前の俺と変わったのはそれ以外。見た目、声、体型。これらは今の俺だったらトップクラスの美しさだ。これも吃らず話せる一つの要因なんだろう。
「ねえ。なんでそんな一人で考え込むみたいな感じなの?一緒に考えてくれる人がいるんだから、ちょっとは頼りなさいよね?」
至近距離にあるルネさんの瞳。何だ?これは。近い?何が?顔か?あぁルネさんの顔が近
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
「えぇぇ!?」
奇声を上げながら、咄嗟に後退りする。
「な、どうしたの!急にびっくりするでしょ!」
「い、いや!ちょっと自分人見知りというかなんというか……急に目の前に顔が現れたのでつい……」
しかし、女性に対するこの恐怖心は何なんだ。
「あ、そういう事?ご、ごめんね急に。いやでも、すごい綺麗な目してたから。」
俺は透き通るような灰色の瞳をしている。さっき鏡で確認したが、たしかに美しかった。いや、別にナルシストとかではない。この体は俺のものではなくメイフのものなのだ。そう俺じゃないからセーフだ。
「それにすごく綺麗な肌。顔もかっこいいし……」
「え、ええと……」
「今度どこか遊びいかない?いいお店とか知ってるんだー」
今、私はエルフの女の子に逆ナンされています。
「いや、あの、ええと、そういうのは記憶喪失がなんとかなってからで……」
「記憶が戻るまでの記憶もいいものにしたいじゃない?」
まずい。返す言葉が見当たらない。やばい。
「ねえ。いいでしょ?私も、結構可愛いと思うんだけど?」
そう言いながらこちらに手を伸ばすルネ。
確かにルネの可愛さは本物だ。彼女になって欲しいと言われたら、どんな男でもOKしてしまいそうだ。だが、女性恐怖症の俺は女性に触れられると……
「やめろ!!」
「えっ……」
こうやって、拒絶してしまう。体が女性というものを忌避しているのだ。
「あ……あの…ごめんなさい。あの、女性が、怖くて……」
「……なにかあったの?私に話せること?」
「………とても人に言えるような話じゃないです。」
「……そう。ごめんなさい。全然あなたの話を聞かないで私…」
とても嫌な空気が漂う。お互いに申し訳ないと思うなんとも言えない雰囲気。
「……じゃあ、私寝るね。私はソファで寝るから、あなたはベッド使ってね。」
「いやでも、あなたがいつも使ってるベッドなんですよね?そこに僕なんかが……」
「………そんなに嫌なら、私がベッドを使うわ。」
そういってベッドに横たわるルネ。急に声のトーンが下がり、何も感じていないような無表情。いや、これは無表情じゃない。とても冷酷な顔だ。もう何もかも俺に対しての関心を失ったような、そんな表情。心臓が締め付けられるような嫌な緊張感。先生に怒られているときの感覚に似ていたが、明らかに程度が違う。
「あ…ルネさんのベッドが嫌ってわけじゃなくて………」
返事はなかった。
「………お邪魔しました。」
俺はそう言い残して、外へ出た。
寒い。しかしそんな事気にする余裕もないほどに、言葉の足らない自分に苛立つ。異世界に来ても、何も変わらず、俺は俺なんだな。そう実感した。
とにかく行動するのは朝にしよう。しかし、金もなければ宛もない。森は危ないとか言ってたし、どこで夜を明かそうか。
しばらく街の方に降りていく。すると、山を降りたあたりにあった草原に、焚き火といくつかの人影があった。すでに凍えそうだった俺は、わらにもすがる思いで彼らを尋ねる。
「す、すみません。何か温まるものとか……」
「だ、大丈夫か?ほらほら、寝袋が一つ余ってる。使いな。」
二人はただごとではないことを察したのか、すぐさま寝袋を手渡した。
「あんたどこの人だ?遭難者か?」
無精髭を生やした、筋肉質な男が聞く。
「その、記憶喪失で、なんで自分がここにいるのかも、自分が誰なのかも分からなくて……」
「そんな…今まで大丈夫だったのかい?なにか盗られたりとか。」
「気がついたときには山の中にいて、持っているのは衣服くらいでした。」
「そ、そんなにやべえのか……」
ふたりは俺の境遇に言葉を失う。
「……宛はあるのかい?」
「…………いえ……」
「「………」」
二人は腕を組み、黙り込む。
「私はアードマン。大学の教授をしていて、今は冒険者の知り合いのこの人に、実験の協力してもらっていたんだ。」
そう言ったのは、短めな灰色の髪で、耳の長い小柄な女性。またエルフだろうか。もうエルフは懲り懲りなのだが。
しかし、この世界にも大学とかがあるのか。それに冒険者とかも。本当に異世界だな。
「もしよかったら、私の大学に招待しよう。臨時生徒としてね。」
「ほ、本当ですか?でも私、金銭とかは一切……」
そんなありがたいことをしてもらえるのならありがたい限りだが、あとから金銭を要求されたときには、とうとう俺の人生が終わる。
「坊主はしらねえだろうが、こいつ甘っちょろすぎんのよ。多分頼み込めば、住むところだって用意してもらえるぞ。」
「そのつもりだが…」
「ほらな。」
住むところまで用意しようとしてくれてるのかこの人。見た目からしてとても優しそうだし、本当にしてくれそうだが……
「じゃあ、一ヶ月うちの大学の空いてる寮を貸そう。あと、完全な記憶喪失なら、魔法や歴史についても知らないだろう?そういうことを教えてあげよう。」
「そんな…申し訳ないですよ。少し泊めていただくくらいならまだしも、寮を貸していただけるなんて……」
「私も君よりは長いこと生きてるんだ。少しくらい若者の助けをしたいんだよ。教授になったのもそれが理由だしね。」
そう言って彼女はコーヒーを啜る。
「とにかく、ここから街まではそこそこ距離があるからな。今日はここで夜を明かそう。」
「そうだね。寝袋も余ってることだし。」
という形で、俺の異世界転移初日は幕を閉じたのだった。




