終わりの物語⑫
「全然、わからない。どうしてなの?」
『じゃあ、質問を変えるね。最初の"黄道十二星座"を書いたのは、誰だと思う?』
「それは、夏目でしょ? そして、ルクバトが私の手に渡るように、代々大事に保管してきた。だけど、途中でトリカに気がつかれた」
『僕が閉じ込められてから書いた本は、二冊。一冊には魔法のことを書いてルクバトに、もう一冊にはアークトゥルスのことを書いて……セーラがセイリオスに会ったあとに現れるように細工をした』
「でも、アークトゥルスの内容には偽りを書いた」
『あの本は、きっかけだよ。全ての真実を書くわけにはいかなかった。あの本は、セーラに疑問を持ってもらうためのものだからね。だから、二冊目には、ちょっとした仕掛けを講じた。本を読めるのは最初に見つけた時と“番の証”がついた後。セーラなら、気になったことは調べるだろうと思った。そして実際、こうやって僕にたどり着いたってわけ』
「でも、魔法書を調べた時に、夏目のかけた魔法を感知できなかった。それに、トリカは魔法書を処分しなかったのは、どうして? リゲルは、魔法書の存在を消すためにトリカが作った人形でしょう? 書き換えた後に魔法書を処分すれば良かったのに、それをしなかった。その時、処分していれば、私が『黄道十二星座』を読むことはなかったのに」
『処分したくても、トリカにはできなかったんだよ。魔法書はペンダントの中に隠してあったから、トリカは“黄道十二星座”があることを知らなかった』
「トリカは、夏目の書いた『黄道十二星座』を読んだことないの? 中身がそっくりだったのに?」
『セーラと一緒に魔法を作った時に、僕はノートに魔法についてまとめていた。それをこの世界の言葉に変換した魔法書を、トリカに渡していたんだよ。だから、"黄道十二星座"は二冊あった。同じ内容の魔法書だけど、二冊には違いがあった。ルクバトに渡した"黄道十二星座"には、特殊な魔法がかけていたんだよ。だから、もしトリカがもう一冊の"黄道十二星座"を見つけることができたとしても、処分することはできなかった。セーラが"黄道十二星座"を調べてもわからなかったのも、それが理由』
「特殊な魔法? どんな?」
『魔法書の表紙には、僕の皮膚を使ったんだ』
――――ん?
「ちょっと、待って。夏目、今……なんて言った?」
『僕の皮膚を……』
「なんでっ?!」
触った時、何か動物の皮だと思ったけど……動物じゃなくて、夏目の?! 常識というものから逸脱しているとは思っていたけど、ここまでとは思わなかった。
「一体、なにを考えているのよっ!?」
『僕だって、好きで自分の皮を剥いだわけじゃないよ。他に、有効な方法が思いつかなっただけ。ルクバトの魔法で僕が意識を保っていられる時間は、そう長くはなかったからね。セーラは、気がついていたかな? 異世界転移した僕たちの体には、魔力が宿っているんだよ』
「え? 体に……魔力が??」
『セーラは、一度魔力が完全になくなったよね? でも、生きていた』
「うん、そう。体が冷たくなったけど……大丈夫だった。……そうか。私自身の時は大丈夫だったけど、エリースの時は死にかけた」
『そういうこと。この世界の人たちは、魔法を使うのには向いていないんだよ』
「もしかして…………だから、トリカは魔法を書き換えた?」
『そう。トリカは、優しいからね』
「トリカが魔法の原典となる新しい『黄道十二星座』を作ったのは、魔力量の少ない魔法だけを使うようにするため。魔力枯渇をさせないために。でも……そもそも、リゲルが出てくるまで魔法は存在してなかったんじゃないの? 私たちが……死んで、魔法自体がこの世界からなくなった。それなら、わざわざ魔法の存在を教える必要なんてない。それなのに、どうして?」
『魔法を使えたのは、残ったトリカとルクバトだけ。そして、トリカは魔力が枯渇して命を落とす人が見たくなかった。僕もその意見には大いに賛成するけど、セーラが転生した時に魔法のない世界になっていては困る。だから、それを回避するためにルクバトに密かに魔法を教えるようにお願いした。トリカがそのことに気がついたのは、ルクバトが死んだずっとあと。シェラタン家はトリカに気がつかれないように、代々、ステラ・マリス神殿で魔法を教えていたんだよ』
「トリカが、そのことに気がつかなかった理由は? あるんでしょ? ステラ・マリス神殿に、秘密が」
『ステラ・マリス神殿の内部は、魔法感知できないようにしてあるんだよ。あの場所を作ったのは、僕だからね。そして、ステラ・マリスの加護があるからだと伝え、教える相手は聖職者だけに制限した。教える魔法も、簡単な魔法だけ。魔法を使っていい場所も、神殿内だけ。だけど、約束を守らない人間は必ず現れる』
「その人が、神殿外で魔法を使ってトリカに気がつかれた。魔法の存在が公になったから、トリカは魔法の原典を作り、その魔法を浸透させたわけね。そして、聖職者は家族を持てなくし、シャラタン家を聖職から離した」
『そういうこと』
「もし言いつけを守って、誰も他で魔法を使わなかったら?」
『それは、ありえないよ。イブは、りんごを食べたでしょ?』
「シェラタン家を……潰せばよかったのに」
『トリカは、優しいからできないよ。シェラタン家は、ルクバトのクローンだからね』
「オルサ国は、ただ平和な国。私は夏目が作ったのかと思っていたけど、ちがったのね。トリカが望んだ、戦いのない世界だった。……ねぇ、一つ気になるんだけど?」
『何かな?』
「ゲームの世界は、どうして?」
『前にトリカに"What’s your sign?(あなたの星座は何ですか?)"の話をしたんだ。セーラが好きだって』
「ちょっと! さらっと、嘘つかないでよ。私は、好きじゃなかった!」
『それを、トリカは知らなかった』
「だから、私が好きな世界感にしてくれた?」
『うーん、ちょっと違うかな。セイリオスのいる世界にセーラを転生させたけど、アークトゥルスと恋に落ちてもらいたくなかったんだよ。セーラに、他の人と結ばれてほしかった。そのために、ゲームのキャラを実際のこの世界と合うように思いこませた。そして、過去の自分の記憶を植え付けた自分のクローンに、セーラを転生させた。アークトゥルスを憎むようにするために』
「……それが、優しい?」
『可愛いよね』
「……夏目は、"可愛い"の概念もおかしいわよ。でも……トリカは、やっぱり悪い子じゃない」
『どうして、そう思ったの?』
「トリカの過去は……壮絶だった。私に植え付けた記憶なんて、かわいいもんだった。アークトゥルスを憎ませるためなら、もっと辛い過去がトリカにはあった。それなのに、その記憶を私に見せようとはしなかった」
『それじゃあ、もう一つ質問しよう。どうして、僕がトリカにあげた指輪が、シェラタン家にあったと思う?』
「……言いづらいんだけど、夏目がくれた指輪だから、つけたくなくなったんじゃない?」
『ちがうよ。トリカは僕のことを大好きだから、そんな理由じゃない』
「その自信は、どこから来るの? 夏目は、ステラ・マリス神殿に閉じ込められていたのよ。それ、わかってる?」
『もちろん、わかっているよ』
「……間違いなく、夏目の心臓には毛が生えている」
『メサルティムだよ』
「メサルティム? あぁ、指輪は身につけていたのは、メサルティムだったね。それにも、理由があるの?」
『充足理由律だよ。どんな出来事にも、そうであるために十分な理由がなくてはならない。疑問に対する答えは、必ずあるんだよ。Principle of s……』
「そういうのはいいから、話を進めて」
風が可笑しそうに、私の周りを旋回する。その風を、手で振り払う。
『セーラは、メサルティムがトリカのクローンだってことは、わかっているよね?』
「うん」
『それなら、この質問の答えもわかるかな? どうして、トリカはメサルティムを作ったか』
トリカが、メサルティムを作った理由? メサルティムは、トリカのクローン。エリースもトリカのクローン。この二つの事実から導き出せるのは、一つしか思いつかない。
「エリースを作るための練習として?」
『残念、不正解。理由は、ハヌル・シェラタンが、生まれたからだよ』
……ごめん、夏目。
正解を聞いても、よくわからないんだけど?




