終わりの物語⑩
冷たい水の中にいた。
あまりの冷たさに、体が痛い。
目を開けると、水面に光が見えた。
体温が、どんどん奪われていく。
水の底に、どんどん落ちていく。
ユーリ……
ユーリ…………
ユーリ………………
何度も、ユーリの名前を呼んだ。
何度呼んでも、ユーリの姿は見えない。
何度呼んでも、ユーリの声が聞こえない。
何度呼んでも、ユーリの温もりが感じられない。
ユーリ……
ユーリ…………
ユーリ………………
呼ぶのを止めることができなかった。
ただ、ユーリの名前を呼び続けた。
・・・・・
・・・・
・・・
・・
・
いきなり激痛に襲われた。息をするたび、全身が悲鳴をあげる。
怖い。ここが、どこかわからない。
お母さんは? お父さんは?
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
「お母さん……お父さん……」
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
『僕がそばにいるから、大丈夫。トリカ、もう怖いことはないよ』
「……誰?」
『侑李だよ』
「ユーリ? ねぇ、ユーリ。お母さんは、どこ? お母さんを呼んできて」
『トリカのお父さんもお母さんも、もう……いないんだよ」
その言葉で、息が凍るような恐ろしい情景を思い出す。
――お父さんが、赤に染まっている。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
怖い、怖い、怖い、怖い、怖い。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い。
――お母さんも、赤に染まっている。
怖くて、たまらない。
痛くて、たまらない。
震えが、止まらない。
自分の歯が、ガクガク鳴っているのが聞こえる。
……怖いよ。
誰か、助けて。
その時、誰かに頭を優しく撫でられた。
『トリカ。僕がいるから、大丈夫だよ。ずっとトリカのそばにいるから、トリカを守るから。だから、泣かないで。もう大丈夫だから』
その柔らかな声と手の感触に体中がほぐれるように安心して、強張っていた体がふわっと柔らかくなった気がした。まぶたが重たくなってきて…………私は、夢を見始めた。
椅子に腰掛けているお母さん。揺らめく明かりに照らされて安心しきった顔で、まどろんでいる。隣には、お父さんがいる。お母さんを優しく見つめて、幸せそうに笑っている。
私の大事な家族。
優しく温かな、大好きな家族。
誰かが、近づいてくる。
私の名前を優しく呼びながら。
そして、抱きしめられた。
『トリカ……』
ユーリ……
私は……ずっと、会いたかったの。
……ずっと、謝りたかったの。
――ユーリ。
――お願いだから、私を嫌いにならないで。
『僕は、トリカのそばにいるよ。ずっと、トリカのことが好きだよ。何があっても、僕の気持ちは変わらない。だから……今は、ゆっくり休んで。目が覚めたら、もう一人じゃないから』
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海に浮かんでいるみたいだった。前を向いても上を見上げても辺り一面、青だけだった。浮き輪もないのに、ぷかぷかと浮いて気持ち良くて目を閉じたくなってくる。こんな不思議な場所に一人でいるのに、恐怖は感じない。ここは……夏目の世界だから。
夏目は、きっとトリカのところに行っているのだろう。私は、ただ待っていればいい。
『大丈夫?』
青だけしか見えない世界で、声がした。姿は見えなくても、誰だかわかる。
「大丈夫に見えるなら、一度病院に行った方がいいわよ」
ふふふ、と笑うような風が吹いた。
『元気そうで、良かったよ』
「夏目、私の言葉を聞いていなかったの? 元気なわけがないでしょ? 満身創痍よ」
『お疲れ様。そして、ありがとう』
「ねぇ。……トリカは、大丈夫?」
『大丈夫だよ。今は、眠っている』
「それなら、良かった。…………で、どこまで夏目の思惑通りになったの?」
『どこまでだと思う?』
「質問に、質問で返さないで。夏目の悪い癖よ」
また風が吹いた。
今度は、もっと強い風だった。
「一体、何があったの?」
『僕に? それとも、トリカに?』
「言葉遊びをする気分じゃない」
『冷たいね、久々の再会なのに』
「私は、疲れているのよ」
『そうだよね、セーラは頑張ってくれたもんね。本当に、すごく頑張ってくれた。ありがとう、トリカを連れて来てくれて。僕は、セーラを信じていたよ』
「私、期待には答えるタイプなの」
また、風が笑った。
『セーラは、変わらないよね。何度転生してもセーラの本質は、変わらない』
「え? 嘘でしょ? 私は、何回も転生しているの?」
『ごめん、ごめん。僕の言い方が悪かったね。転生したのは、今回だけ。セーラは何度転生しても変わらないんだろうなぁっていう、ただの感想』
「褒めているんだよね?」
『もちろん。セーラは、良くも悪くもストレートに思っていることが表情に出る。嬉しい時は笑い、嫌な時は怒り、悲しい時は泣く。素直に感情が出るから、目が離せなくなる。だから、セーラに心惹かれる人は多いんだよ』
「……ん?」
『いつも本音で話をするから、時にはぶつかり合うこともあるけど、だからこそセーラはみんなに信頼される』
「ちょっと、待て……」
『自分が決めたことを実行する行動力もある。失敗を失敗としないで、成功に至るまでのプロセスとして捉えることができる。前を向いて、突き進んでいく強さがある』
「夏目、あなた……これから、私に何をさせる気?」
『どうして、そうなるの? 褒めているだけだよ』
「嘘。夏目の性格は、よくわかっているからね」
『僕は、大声で笑ったりはしない』
「は? どうした、いきなり?」
『誰にでも、優しく微笑みかける』
「それが、どうしたの? いきなり、夏目スマイルについて語りたくなったの?」
『僕の微笑みは美しく、とても上品』
「……夏目、誰とも話していないせいで頭に花でも咲いたんじゃないの?」
『人に嫌われることを、極端に恐れていたんだよ。だから、どんな人にも微笑んでいた……とは、思わない?』
「思わない。笑顔の裏に、したたかさを隠し持っているくせに何を言っているのよ」
『さすが、セーラ。鋭い洞察力を持っているね』
「それは、どうもありがとう。それで、夏目は私に何をさせたいの?」
『――時魔法だよ』




