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終わりの物語⑦ナヴァガトリカ★


 七人で過ごす時間は、遠い昔に無くしたものを取り戻すような日々だった。


 ある日は、シャウラとアルゲティの三人でゲームをした。その時、ユーリが自分を見ていることに気がついた。その答えとして風を操り、ユーリに向けて放つ。

 すると、ユーリは左手で旋回するように風をからめとり、口もとをほころばせながら、こちらに向かってくる。私はユーリに、捕まらないように逃げる。そんな私のたちを二人は笑いながら、からかってくる。


 ある日は、セーラがユーリと三人で魔法勝負をしようと言い出した。勝負と言っても、的に目がけて順番に光の矢を放つという簡単なもの。

 一番手のセーラは、狙いを定めるとすぐに光の矢を放つ。結果を見ることなく、にっこり笑いながら私たちを見る。光の矢は、真ん中に命中していた。

 「今度は、トリカよ」と言われ、私もにっこり笑ってから、セーラが当てた的よりも遠くにある的を狙って光の矢を放った。もちろん、真ん中に命中した。

 最後のユーリは優然にかまえると、二発連続で光の矢を放った。私が当てた的の真ん中を立て続けに二回撃ち抜きし、自慢気に笑う。セーラが悔しそうな顔で「もう一回!」と声をあげる。


 ある日は、バラニーがキッチンに立つ。口数が少ないバラニーがハミングしながら材料を刻み込み、調味料を振りかける。部屋には、なんともいえないいい匂いが漂い始める。

 ルクバトが「何か手伝いしましょうか?」と何度か声をかけていたけど、バラニーは毎回無言で首を振っていた。その後も、バラニーはハミングしながらカップや皿を戸棚から出していた。そして、料理を全部テーブルに並べたところで、セーラとアルゲティが競うように席に着く。

 

 そんな日々は、本当にあっという間だった。一つ問題があったのは、一日何時間も眠るようになったため、悪夢の数が増えたこと。悪夢が、私を逃してはくれない。だけど、悪夢から逃げたくて一人でオルゴ湖のほとりに行くのが日課になっていた。

 外で寝ると、周囲を警戒し、浅い眠りになる。そんな睡眠を細切れにとりながら夜を過ごし、朝方に部屋に戻る。そして、いつからかユーリも、オルゴ湖に来るようになった。


 二人で過ごす夜は、穏やかだった。


 星空を見ながら、ユーリの世界の話を聞く。医師になりたかったことやユーリが好きだったこと、色々な話をした。その中で私が一番驚いたのが、白くて冷たい雪。氷の結晶が空から降ってくるのに、音がしないという。そして、雪は周りの音を消すんだとユーリは言った。


 そして、今。


 ユーリは、隣でゆったりと眠っている。こんな風に寝顔を見守るのは、不思議な気分だった。今まで知らなかった、心の中の足りない部分が満たされていく感覚………今まで想像したこともなかった感覚。

 穏やかに呼吸しているユーリの胸に手を伸ばし、触れた。ユーリの呼吸は、柔らかだった。手を離し、ユーリを見る。星の光が、髪と肌を照らしていた。目を閉じていると、起きている時よりも穏やかで、ユーリを包む空気もいつも以上に柔らかく感じた。


 ユーリは、本当に美しい。

 ――その全てが、美しい。

 

 ユーリを見ていると、まつ毛が揺れ、目がゆっくりと開いた。


「ユーリ……」


 小さく呼ぶと、ユーリの目の焦点が私に合う。同時に引き寄せられて、キスをされていた。それは、優しく穏やかなキスで……思わず目を閉じた。そして、もっとユーリを感じたくて口を開けようとした時に我に帰り、急いで体を離したけど、ユーリは満足そうに笑っていた。


「目を開けて、トリカがいるっていいね」


 そう言って、頬にキスをした。


「ユーリ!」


 怒ってもユーリは、笑っている。その顔を見ながら、「何か夢を見た?」と聞いた。


「トリカ」

「え?」

「いつだって、トリカの夢を見ているよ。僕は、トリカが好きだから」

「嘘つき」

「嘘じゃないよ。僕はトリカが好きって何度も言っているのに、トリカは頭が良くないのかな?」

「頭が悪いのは、ユーリだ。僕がどんな人間か教えたでしょ?」

「トリカは、きれいだよ」

「……人はね、たとえ見かけが悪く見えなくても、内実はもっとずっとたちが悪いものだよ」

「教えてくれて、ありがとう。気をつけるよ」


 ユーリは私の頬に手をあて、ゆっくりと言葉を続けた。


「ねぇ、トリカ……僕を信じて」


 人に触られるのは嫌いなのに、ユーリの手は嫌いじゃない。ユーリの手は、ひたすら優しい。まるで魔法を使っているみたいに、僕の心に触れてくる。いつまでも、この手で触れられていたい。


 そう感じた時、急に怖くなった。


 どんどん自分の殻が、薄くなっていくのが怖くて。……怖いのに、この手を振り払うことができない。ユーリなら大丈夫、裏切らないと信じ始めている。

 

 大丈夫、何も心配はいらない。

 ユーリなら信じて大丈夫だ、と。



「私は……」



 耳をつんざくような咆哮が、響き渡った。その音にすぐさま立ち上がって、声がした場所を探る。自分の血が、一瞬でたぎるのを感じた。




 ――アークトゥルスが、近くにいる!




 手が震えるのを止められない。深呼吸を一回して、三十秒ぴったり目を閉じて集中した。そして、右手で魔法を操る。

 ユーリが、何かを言っているようだった。だけど、私には何を言っているのか聞き取ることはできなかった。


 私の頭の中にあるのは、一つだけだった。


 移動魔法でアークトゥルスの前に立った時、恐れは全くなかった。



 私は笑った、歪んだ顔で。



 

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