終わりの物語④ナヴァガトリカ★
あの悪夢の日から、私の時が止まっている。音がかすみ、動きが遅くなり、私の世界は……赤く染まったまま。
――私は、いつも笑っていた。でも、楽しいからじゃない。ただ大抵のことは、どうでもいいと思えたから。
やっと思いで逃げ出して、途中で人に拾われた。そして、このオルサに来た。
オルサはとても大きな街で、様々な店が並んでいる。その前の道を人々が、忙しなく行き交っていた。オルサには、今まで見たこともない沢山の人々や賑やかな生活の音に包まれていた。そのうるさいくらいの音が、気に入った。聞きたくない音を全部、かき消してくれるから。
オルサで暮らし始めてから数年が経った時、『星の救世主』が現れた。アークトゥルスから人々を守り、助けてくれるというステラ・マリス。
誰もがステラ・マリスが現れてくれたことを心の底から喜んでいた。ザニア様の言葉に、歓声が次々とあがる。手を叩き、涙を流し、歓喜の渦だった。オルサは、熱気に溢れていた。その中で、私だけが静かだった。そんな私に、隣にいた女が嬉しそうに「あなたにもステラ・マリスの御加護がありますように」と言った。
ステラ・マリスの御加護を?
そんなものが……何になるの?
殴られ、蹴られ、切り裂かれ、焼かれた。あまりに苦しさに、痛みに、息もできなかった。それでも、死ぬことは許されない。一心不乱に死体をかき分け、土の上を這って逃げた。土砂降りの雨にうたれながら、必死で走った。雨の音が、転がる死体が、私の存在を消してくれているうちに、少しでも遠くへと駆けた。雨が全ての血を洗い流した時、助けてくれる存在などいないと悟った。
祈ったところで、ステラ・マリスが何をしてくれる?
ステラ・マリスなど、自分には関係ないと思った。今さら、自分にステラ・マリスの加護など必要ないと思った。
――その時の私は、まさか数週間後にステラ・マリスと一緒の時を過ごすことになるなんて、思いもしていなかった。
「はじめまして、夏目 侑李です」
そう言いながら、手を差しだしたユーリの美しさに目を奪われたのをよく覚えている。あまりに美しくて、ユーリから目が離せなかった。さらさらのシルバーブロンドの髪、形のよい唇、すっと高い鼻、切れ長の目。そして、虹色の瞳。
でも、目が離せなかった理由は、その整った顔だけじゃない。ユーリを包む空気が、私を動けなくさせた。全体からかもしだされる、柔らかな空気。ユーリがいるだけで、部屋の中の照度が一気に上がる。
――こんな人を、見たことがなかった。
そして、ユーリはまるで仮面の下を見透かそうとするように私を見ていた。自分の奥深くを見るような視線が耐えきれずに視線を外し、「はじめまして」と微笑み返すのが、やっとだった。
ユーリの存在は、圧倒的だった。これが『星の救世主』なのだと感じ、人々があれほど歓喜した理由がわかった気がした。
それが、ステラ・マリスである“ナツメ・ユーリ”との出会いだった。




