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魔法強化に力を入れます


 犬を買いに行く日が、決まった!

 一ヶ月後の、今日!!


 顔のニヤケが、止まらない。だけど、犬のことばかり考えているわけにはいかない! 私は、この長期休暇に魔法強化をすると心に決めている!!


 まずは、”身代わりくん”のレベルアップ! 学園からの脱出のためには、離れた距離でも操れるようにならなければならない。そして、一日中ずっと魔法をかけ続けなくてはならない。この二つは、必須。

 だけど、なかなか難しい。遠隔操作はどうにかなると思う……が、一日中というのが難点。いくら魔法チートのエリースとはいえ、眠っている時に”身代わりくん”を操るのは……


 だめよ! ダメ、ダメ!! 弱気になるのは、ダメ! 私は、やればできる子なんだから! 必ず、できる!!


 まずは、遠くの目標より近くの目標を決めことにしよう。近くの目標は……起きている間、ずっと魔法をかけ続けていられるようにすること! うん、そこから始めよう。

 そうなると、一つ問題が出てくる。人形をどこに置くか、だ。誰にも気がつかれないところに置かないと、エリースが二人いることになってしまう。学園と同じように私がクローゼットに入ればいいだけなんなけど、せっかく自分の家に帰ってきたのに、クローゼットの中で一日過ごしたくない。


 その時、いい案が頭に浮かんだ。


 実は、入学祝いにと父親から異空間収納ができるペンダントをもらっていた。もらった時は、初めて見る魔法具という存在に心を弾ませたが、現在の用途は『黄道十二星座』の魔法書の出し入れくらいだった。


 このペンダントのトップは、「火」「地」「風」「水」の四大元素と星座の五つを表している五芒星の中心に「海の色とも、空の色ともつかぬ青」と謳われる希少宝石の『パライバトルマリン』を配したデザインになっている。

 signの世界の魔法具には、トルマリンを使うのが普通。signのトルマリンは、魔法をかけることで石の一方がプラス、もう一方がマイナスになり、磁石のように魔法を吸い寄せることができるらしい。そして、魔法を吸い取ったトルマリンを五芒星で囲むことによって、魔法を閉じこめることができるのだ。

 ちなみに、トルマリンはカラーバリエーションがたくさんあるのが特徴。私の世界と同じようにsignの世界でも赤・緑・青・ピンクなど単色のほかに二色・三色の複数のバイカラーなどもある。だから、魔法具でもおしゃれが楽しめると貴族の間では人気となっている。


 学園でも「この色が、今の流行」とか「これは、珍しい色」とか「このトルマリンは、恋を叶えてくれる」とか、男女共に盛り上がっていた。

 無邪気に言っているけと、"恋を叶えてくれるトルマリン"はこの魔法世界において、呪いと同じ意味では? 魔法を使って、人の心を操ろうとしているようなものでしょ? しかも、そう言ってたのが私の隣の席の子で、ずっと私に熱視線を送ってくるから、その呪いを私にかけているのではないかと不安な日々を過ごしたからね!

 さすがに人の心は操れないと知った時は、心底ほっとした。無駄に、怖いことをしないでよ!! モブもはいえ、乙女ゲームの住人であるsignの人々は、恋愛に対する比重が大きいからドキドキしちゃったじゃないっ!


 はぁ~~、学園でのトルマリンカラーの思い出に、気が滅入ってきた。


 気持ちを切り替えるように、異空間ペンダントに人形を放り込む。そして”身代わりくん”を発動させる。目を閉じ、魔法の流れを確認する。指先に、魔法の流れを感じる。それを手のひらに移動させると、一定のリズムを刻むように右手全体に魔法が伝わっていく。

 よし! 異空間でも問題なく、発動している。これで、この状態をどれくらい長く維持できるかだけど、まずは”身代わりくん”発動した状態で生活することに慣れなければならない。今まで魔法を使っている時はクローゼットの中にいるだけだったから、他のことをしながらだと魔法が揺らぎそう……。


 ううん! 大丈夫! 私なら、できる!

 私は、ネバーギブアップ精神を持つ女!! 絶対に、諦めたりなんかしない!! 『なせば、成る。なさねば、成らぬ何事も。成らぬは、人の為さぬなりけり』よ!


 気合いを入れたところで、”身代わりくん”以外の魔法強化について整理しよう。私が、今回魔法強化する魔法は”身代わりくん”だけではない。新しい魔法もあみ出したい、と考えている。


 その魔法は、二つ。


 一つは、私の安眠と身体を伸ばして横になりたいという切実な願いをこめた移動魔法。クローゼットではなく、ベッドで横になりたい。

 もう一つは、ずっとあみ出したいと思っていた防音魔法。移動魔法が使えるようになれば必要ないかもしれないが、もはやそういう問題ではない。これは、私の意地の問題だ。 

 実は、防音魔法を何度もあみ出そうと挑戦したのだが、なかなか完成にまでたどり着けずにいた。悔しいから、なんとしても使えるようになりたい!

 だけど、どの星座魔法を組み合わせればいいのか、さっぱり分からない。これかなと目星をつけて組み合わせてみたけど、惨敗だった。こうなったら、時間をかけて一つずつ試すしかない。


 私なら、できる!!


 中学の時、私は夏目と液状化現象の観察実験をしたことがある。液状化現象とは、地震の振動によって地面が液状になってしまうこと。それを調べるために、水槽内に土と家のミニチュアを入れ、水槽を置いた机を二人でひたすら叩いて地震を起こす。その地震での地面の変化を観察し、まとめていく。

 様々な状況が考えられるので、土を砂に変更したり、土と砂を混ぜ合わせたり、水の量を変えたり……しまいには、建物の重さによっても結果が変わるのではないかという夏目の意見に同意し、重さを変えた複数の家まで作り検証をした。そして、気づけば、夏休みも残るところ数日になっていた……。私たちは、せっかくの夏休みを液体化現象に捧げたのだ。

 当時は、なんてもったいないことをしたのだろうと嘆いたけど、今思うと、あれも立派な青春だったなと思う。

 それに、あの実験で学んだことがある。実験は色々な可能性を探し、その可能性を一つずつ確認する作業だ。可能性は無限にあり、それを確認するために何度も実験を繰り返す。その先にこそ、答えがあるのだ。諦めたら、そこで終わり。『必ずうまくいく』と信じるからこそ、結果がついてくる。

 その考えは、実験以外でも当てはまると思う。だから、どんなに無理だと言われても私は進学校を受験した。


 私は、自分を信じている。


 諦めさえしなければ、最後はうまくいく! と信じたい。こんなことを言うと、笑われるかもしれない。きれい事だと、バカにされるかもしれない。

 ……でも、まだ人生の半分も生きていないんだから、諦めるなんて早すぎるでしょ? 私は、諦めたくない。最後まで、もがき続けてみせる!


 夏目……私は、やる!

 なんとしても、魔法強化を成功させてやる! そして、絶対にこの状況を打開してやるから!!



 こうして犬を買いに行くまでの一か月間、私は魔法強化に心血を注いだ。その結果、私はわずか一か月で”身代わりくん”のスキルアップと二つの魔法をあみ出すことに成功した!


 さすが、私!

 やれば、できる!!


 成功した秘訣は、攻略対象者たちがいなかったからだと確信している。ここには、誰も私に触ってこようとしないし、甘い声で囁いてくる人もいない。睡眠を邪魔されることもないし、クローゼットで眠ることもない。


 …………このまま、ここで暮らしたい。


 楽しくないのに、笑っていなきゃいけない。触られても、嫌だと言えない。そんな学園生活に戻りたくない。……でも、それを父親にお願いしたら、早送り機能が作動するんでしょ?



 夏目……。

 私は、やっぱりsignの世界が好きになれない。


 何度も自分に『頑張れ』って、言い聞かせているけど……『最後まで諦めない』って、思っているけど……



 ――たまに、心が弱ってしまう時がある。



 前向きでいたい。

 諦めたくない。

 最後まで、自分を信じたい。



 そう思っているけど、だんだんと心が疲れてきて、もう早送り機能を使って終わりにしたいと思ってしまう時がある。



 ねぇ、夏目……。

 誰にも本当の自分を見せられないこの世界で、私はどうやって生きていけばいい?


 楽しくもないのに、笑って……

 嫌なことがあっても、笑って……

 好きでもない相手に触られて、笑って……


 …………笑いながら、窒息しそうな気分になる。




 夏目……。

 いつか私の手を握ってくれる人に、私は出会えるのかな?

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