終わりの物語②
ルクバトは、ベッドで跳ね起きた。汗でびっしょりで、心臓はうごめいている。
セーラ様を、殺すつもりなんて……なかった。
私は……化け物を、アークトゥルスを、殺そうとしただけ。そして、セーラ様を救おうとしただけ。
だが、どんなに言い訳をしたところで、手をくだしたのは間違いなく、自分だ。あの時、セーラが悲鳴をあげようとした時、その口からこぼれたのは……声ではなかった。鮮やか赤だった。その赤の向こうには、これ以上ないほどに顔を歪ませている化け物が見えた。
アークトゥルスは、血に飢えた残酷な種族。赤い瞳、鋭い爪と牙を持った化け物。そして、そのアークトゥルスの中でも最強と謳われる、金瞳を持った化け物の長。血と殺戮の種族の中で、頂点に立つと言われる金瞳が……恐怖に満ちて、蒼くこわばった表情をしていた。
セーラ様は、自分の体を盾のように使った。あのアークトゥルスを守るために。化け物の命を助けるために……。
『ルクバト! お願いだから、やめて! セイリオスは、化け物なんかじゃない! よく見て。セイオリスは、化け物なんかじゃない。私たちと変わらない。お願い、ルクバト! 私を信じて……』
セーラ様の声が耳に、残って離れない。
セーラ様は、レグルスだ。信じられないことだが、セーラ様の額には確かに従属の証があった。従属の証は常に見えることはなく、レグルスの感情に左右されて感情の高まりにより現れる。そして、一度付いた従属の証は消えることはない。唯一の方法は、従属の証を付けたアークトゥルスの死のみ。
――私は、間違ったことはしていない。
レグルスは、アークトゥルスを主人として崇拝し、仕えて愛するようになる。望みは、主人のそばにいることだけ。だから、セーラ様は……化け物を守ったのだ。
ベッドから降りて、そのまま部屋を出た。そして、オルサに向かう。
そこには、ナヴィガトリカが立っていた。
――青い瞳のナヴィガトリカ。
空のように澄んだ青い瞳は、深い悲しみに満ちていたが、口元には微笑みを浮かべていた。
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「ねぇ、夏目。あなたは……誰なの?」
暗闇の中、夏目の瞳が柔らかな光を放っている。
『セーラ? 誰って? 何を言っているの?』
穏やかに笑う夏目に向けて、疾風を放った。どうなるのか、自分でも見当がつかないまま、風は真っ直ぐに飛んでいく。だが、紙一重で夏目から外れた。そして、風が壁にぶつかり弾けたと同時に、夏目が険悪な顔つきでこちらを見た。
『セーラ、何をするの?』
夏目の瞳が微かにちらついて、鮮やかな青へと色を変える。透き通る青い瞳。
風が吹く。
私の周りに、風が…………。
――風は、どこから?
精神を集中する。
でも、わからない。
――どこ?
手に力をこめる。それを見て取った夏目が、声をあげて笑った。そして、夏目が片手を私に向けた瞬間、私は勢いよく吹き飛ばされた。壁に背中から叩きつけられ、口に血が広がるほどの衝撃が走る。うずくまりながらも、両手を掲げた。怒りに後押しされて魔力を掴むと、一枚の石版から光を感じた。
――あそこだ!
私が何をしようと理解した夏目は、今まで浮かべていた笑みが消した。私を見る夏目の目つきは、まともではなかった。
『やめてっ!!』
夏目が叫んだ瞬間、さっき光った石版めがけて、光の矢を放った。矢が石版に突き刺さると、風と石の欠片が顔に降り注ぎ、目に砂が入った。何度もまばたきを繰り返し、顔を拭った時、自分の見たものが信じられずに、もう一度まばたきをした。
目の前の景色は、ガラリと変わっていた。
さっきまでの霧に包まれた空間は消え去り、周りは岩壁に囲まれたステラ・マリス神殿の中に戻っている。そして、石版の裏には深い跡が刻まれ、乱雑な縞模様ができていた。
――遠い昔。
この場所から逃れようと必死にあがいた証拠が、そこにあった。




