表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

88/102

終わりの物語①



 ――セイリオス!!



 思わず、セイリオスに駆け寄ろうとしてトルマリンから手離した途端に、記憶が霧散して消えた。霧散する瞬間に聞こえた声が、頭に響いていた。


 私の中で記憶が、弾け飛ぶ。


 ダムが決壊するように、記憶の洪水が頭の中を駆けめぐる。その勢いに耐えられず、座り込む。猛烈な力で頭を押されているような苦しさが襲ってくる。目を閉じ、下を向いて、それが静まるのを待った。手で痛いほど強くこめかみを押さえ、痛みに耐える。

 一度、目を開けた時、夏目が私の様子を覗き込むようにしているのがわかった。だけど、夏目のことを気にする余裕はなく、こめかみを押さえたまま、また目を閉じた。落ち着くまで、しばらく堪えているより他はなかった。そして、目を閉じたまま、ゆっくり深呼吸をすると、ようやく記憶の波が引いていくのを感じた。

 ゆっくり立ち上がり、夏目を見る。夏目は、何かを言おうとして口を動かしている。しかし、かすれた声は不鮮明で、ほとんど理解することができなかった。私は夏目から目をそらし、もう一度、こめかみを押させる。


 今も、セイリオスが泣いている気がする。今も、私を呼んでいる気がする。今、この瞬間も私を呼んでいる……そんな気がした。


『セーラ? 大丈夫?』

「……が、…………」

『セーラ?』

「私のせいよ……」


 セイリオス……


 心の中で、名前を呼ぶ。もう頭から離れることのない、愛しい、愛しい音。セイリオスの笑顔が見える。笑顔が、鮮明に頭に浮かぶ。


『セーラのせいじゃないよ。……ううん。やっぱり、セーラのせいだね』


 耐えられなくて、目を瞑った。

 ――そう、私のせいだ。


『でも、僕のせいでもあるし、アルゲティのせいでもある。トリカのせいでもあるし、ルクバトのせいでもある。そして、セイリオスのせいでもあるんだよ。セーラの気持ちは、わかるけど……誰か一人のせいじゃない』

「夏目……」

『人は常に正しくなんて、生きられない。間違いを一度も犯さずに生きていくなんて無理な話で、誰しもが大なり小なりの間違いを犯して生きていく』

「私は……セイリオスを助けたかったの。私は……セイリオスを守りたかった」

『守りたかった? そうだね、セーラは……あの化け物を守りたかったんだよね。……でも、僕はね、あいつらの笑い声が今も聞こえるんだ。人は忘れる生き物だっていうのに、忘れたい記憶は全然色褪せることがない。忘れたいのに……僕をずっと追いかけてくるんだよ。少しも、忘れさせてくれない。無理やり記憶を頭の奥にしまおうとしても、まるで果物を絞るように記憶が押し潰され、思い出したくもないことが、次々と脳裏に浮かんできてしまう。あいつらがしたことを許すことなんて、僕には絶対できない。だから、セーラの言葉を信じられなかった。信じたくなかったのかもしれないね。もし、それを認めたら……』


 夏目は話しながらも私の顔を見ることは一切なく、ただずっと自分の手を見つめながら話していた。


『人を助ける医者になりたかったのに……僕の手は、血で真っ赤だよ』

「……夏目だけのせいじゃない。夏目が言った言葉を、そのまま返すよ。たしかに、夏目は私を信じてくれなかった。でも、最後には私を信じてくれた。……夏目は、私からの手紙を読んだんでしょ? だから、今……ここにいるんでしょ?」

『……手紙?』

「え? 読んでないの? 読んだから、ここに閉じこめられたんじゃないの?」

『うん、読んだよ。ただ……そのあたりの記憶は、あやふやで』


 夏目は、バイカラーのトルマリンを見た。私も夏目に視線を追って、トルマリンを見る。青い部分と黄色、オレンジがまざった地球のようなトルマリン。


「私が、セイリオスにあげたトルマリン?」

『うん、そうだよ。あの日、……ルクバトが助けを求めにきたんだよ、セーラを助けてほしいって。だけど、僕がオルサに着いた時には、生きている人は誰一人いなかった。あったのは、死体とこのトルマリンだけ』

「セイリオスは?」


 夏目は口を開け、また閉じた。そして、軽く首を振る。


『セイリオスも、セーラの姿も、そこにはなかった。セイリオスは、セーラを失って……彼に残ったのは、殺戮の本能だけだった。たくさんの人間を殺して、彼の理性は二度と戻ることはなかった。セイリオスは、化け物になったんだよ』


 それ以上、聞きたくなかった。やっぱり、私のせいだと思った。もっといい方法があったはず。セイリオスを一人にしないですむ方法が、あったはずなのに。私は、いつも…………こんなことばかりだ。




 ――その時、風が吹いた。




 ここは、夏目の意識の中だよね? それなのに、どうして? どうして、風が吹いているの?


 吹くはずのない風が、吹いている。

 ……どうして? 



 風が……私を呼んでいる?




『セーラ?』

 夏目は、戸惑い顔で眉をひそめた。


「夏目は、何もしてない?」

『何の話をしているの?』

「風よ。今、風が吹いている」



 私は、この風を知っている。

 ――いつも、私のそばにあった風。



 ヴィーに会った時も、この風が導いてくれた。オルビタの闘技場でも、王宮に行く時も、ここに来る時も、この風が私のそばにいてくれた。私が操っている魔法だと思っていた。だけど、魔法を使っていなくても、風は……私を導いてくれていた。




 一つの可能性が、頭によぎった。




 でも、そんなことがあり得る? 


 ……あり得ない。そんなこと、あるわけがない。

 だって……そんなこと…………



 でも、もしそうなら…………





「ねぇ、夏目。









 あなたは…………誰なの?」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ