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悲しい物語⑤


 ――『オルビタを攻撃する』 


 夏目は、本気だ。私が何を言っても、夏目を止めることはできないだろう。


 もう迷いはなかった。


 目を閉じて、集中する。

 ……手が震える。魔法が掴めない。


 集中して! きっとできる、大丈夫だから! 自分を信じるのよ!!

 見えないパズルのピースを探すように、自分の中にある魔法を手繰る。


 ――見つけた!!


 拳を握りしめる。魔法が……掴めそうで、掴めない。さらに、意識を集中する。

 

 ――その時は、一瞬だった。


 掴んだ瞬間、躊躇なく一気に魔力を解放する。







 目を開けると、燃えさかるような赤が広がっていた。無事に戻ってきたことに、ホッとする。でも、これで……私はアークトゥルスの味方で、人間の敵だと認定されただろう。そんなつもりはないのに。


 手を見ると、かすかに震えている。手先が……冷たい。でも、まだ大丈夫。思ったよりも、魔力は残っている。まだ魔法を紡げる。

 ここからは、時間との勝負。私がアークトゥルス側についたとなれば、きっと魔法を使って私が入れないように結界のようなものをはるはず。私なら、そうする。


 壁に背中を押し付けるようにして座ると、具現化魔法で紙とペンを造り出す。


 今の夏目が私の言葉を信じてくれなくても、夏目なら……夏目なら、必ず読んでくれる。それを信じて、自分の知り得る限りのアークトゥルスことを書き連ねていく。なるべく客観的に、感情的にならないように言葉を選びながら。


 書き終えた時には、どこからか霧が出ていて、周りの景色を消していた。


『僕たちは、親友だよ。だけど、レグルスの言うことを……信じることはできない』


 今、この手紙を夏目の部屋に置いたとして、夏目は読んでくれるだろうか? 


 そばにある小さな水たまりの前まで歩くと、膝をついて、穏やかな水面をのぞきこむ。


 ――使ったことのない魔法。


 いくら魔法チートといえど、うまくいくかはわからない。でも、可能性はゼロじゃない。それに、今の夏目がこの手紙を見つけても、読んでくれる可能性は低い。もしかしたら、読まずに破るかもしれない。最悪、燃やしてしまうことだって考えられる。それだけは、避けたい。

 今は無理でも、夏目なら……きっと少し時間が経てば、手紙を読んでくれる。私の言葉を聞いてくれる。



『神様、僕はセーラを信じたかった。彼女からは、それを知っていますか?』


 知っているよ。夏目が、私を信頼してくれていることも。

 ねぇ、夏目。夏目は私を信じられないかもしれないけど、私は夏目を信じている。夏目と過ごした時間を、夏目と笑い合った時間を。私たちはお互いに恋愛感情を持ったこともなかったし、恋人なったこともない。だけど、友達には友達の絆がある。くだらない話で笑って、些細なことで喧嘩して、二度と口を聞かないと思ったこともある。だけど、私たちは……ずっと親友だった。


 ――私は、夏目を信じる。


 心を決めて、水面に手を入れる。一度、二度、三度目。四度目で、水たまりに波がたったかのように水に映った顔が揺らいだ。そして、水面が鏡のように変わり、もう一人の自分の髪が浮き上がってうねっている。でも、風は吹いていない。


 成功した!

 ドアの入り口が、できている。


 前に夏目とタイムマシンのように過去・未来に行き来できるような“時魔法”を使ってみたいと少しだけ試したことがあった。先に結論を言うと、時魔法を完成させることはできなかった。だけど、全くできなかったと言えば、そうではなかった。過去と未来に繋がったトンネルのようなもの、時空の『どこでもドア』を作る魔法ができた。だけど、そのドアは小さく、人が入ることは不可能な上に、ドアの向こうが必ずしも望んだ時間や場所に繋がるとは限らない。かなり不安定なドアだけど、今はこのドアに賭けるしかない。

 

「夏目に届けて。私の話を聞きたいと思っている、夏目のもとへ」


 どうか、お願い!

 無事、夏目の元に届いて!


 祈りに似た気持ちで、水の中に小さく折った手紙を入れると、もう一人の私がその手紙を受け取る。そして、水の中の私と目が合った瞬間に水面が揺れ……元の水たまりに戻っていた。

 知らぬうちに零したため息が、足元に積もっていくように感じた。……体が重たい、体が冷たい。

 

「セーラ様?」


 背後から声が聞こえ、振り返った。だけど、霧が邪魔して、誰だかわからなかった。


「誰?」


 小さく風が吹いて霧を吹き散らし、視界が晴れると、一人のアークトゥルスが立っていた。

 見上げるほど背が高く、鍛えあげられた大きな体。目は鋭く、頬や首まわりにも全く贅肉がない。そして、このアークトゥルスの大きな特徴は、眉間にある刻印のような傷だ。そして、彼には見覚えがあった。


「……ネカル?」

「やっぱり、セーラ様ですね」


 外見には似合わない丁寧な言葉使いに、ネカルだと確信する。ネカルはオルビタに来た時から、私のそばにいてくれたアークトゥルス。

 

「いま、戻ってきたところよ。セイリオスは、今、どこ?」

「今日は、まだ帰ってきておりません」

「そうなん……」


 ――――魔力を感じた。


 どこかで、魔力が渦を巻いている。それが、肌で感じられる。魔力に絡め取られ、縛られてしまうような……そんな禍々しい魔力。いやな予感がして、ほとんど残っていないはずの魔力がこみあげてきた。それを振り落とすように首を振ってから、魔力感知魔法を操る。

 セイリオスは、私が渡したペンダントをしている。微弱だけぉ、集中すれば見つけられるはず。手のひらに魔法を集める。この禍々しい魔力と同じ場所にいないで欲しいと、願いながら……。


 ――みつけた!


 ほっとしたのは、束の間だった。私は唾を飲み込み、喉から小さく空気を押し出して、声を出した。


「そんな……どうして…………」


 すぐさま、瞬間移動魔法を操る。




 目的地は、私とセイリオスが初めて会った場所。

 ――オルサ。



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