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悲しい物語②


 ――え?


 トリカが何を言ったのか理解できなくて、頭の中で何度も反芻して理解しようとした。 



「みんな、死んだの」

 トリカが、もう一度言った。


 ――どうして?

 ――何があったの?

 ――だって、回復魔法があるのに?

 ――魔法は?


 でも、そんなはずがない。だって、戻って来た時、私はアルゲティを見た。ルクバトも、確かにいた。会ってないのは、シャウラとバラニー、夏目の三人。


 どうして、私に嘘を? トリカは、私が二人に会っているのを知っているのに。


 疑問が多すぎて、続きの言葉が出てこなかった。どの質問からしていいのか、判断ができない。トリカから状況を読み取ろうとしても、トリカの表情は全く変わらない。落ち着こうと深呼吸したけど、出てきた吐息は上ずったように震えていた。それでも、絞り出すように言った。


「……死んだって、どういう意味?」

「そのままの意味よ」

「それは、嘘。私は、アルゲティとルクバトを見た。確かに、二人だった。二人とも生きていた」

「肉体的には、ね」

「……どういう意味?」


 はっきりと答えてくれないトリカに、じれったくて仕方がなかった。私は、負の感情を自分自身から追い出すように、大きく息を吐く。トリカは無表情のまま、ゆっくりと口を開いた。


「オルサの人々の移動がすべて完了して……落ち着き始めた頃、ザニア様が他の人たちも助けてあげてほしいとユーリに頼んだの。それで、他の村の人たちも受け入れることになった。彼らはザニア様の提案を喜んで受け入れ、ここに移り住むことを決めた。だから、私たちは村から洞窟へと移動魔法を使って、次々と避難させていったわ。連日移動魔法を使っていたせいで、少しずつ魔力が弱まってきていたことはみんなが気づいていたけど、誰もやめようとはしなかった。一人でも多くの人を、救ってあげたかったから。……でも、ほっておくべきだったのよ。そうすれば、あの日が訪れることはなかった」 


 トリカは私の手を離し、壁に体を預けた。そして、私の目を捉えていた瞳は、小さな窓から見える青を見つめていた。トリカの瞳は空と同じ澄んだ青で、見ていると中に吸い込まれてしまいそう気がした。逃げるように視線を逸らそうとした瞬間、トリカの瞳がまた私を捕らえた。


「あの日訪れた村は、すでに……アークトゥルスの襲撃を受けていた。本当に、最悪だったわ。着いた瞬間、耳を裂くような叫び声と轟音ごうおんが聞こえてきて、目の前に数え切れない人たちが真っ赤に染まっていて、村の中を沢山の人が逃げまとっていた。そして、アークトゥルスが私にめがけて襲ってきたの。考える暇などなく、体が動いて……気がついたら、みんなとはぐれていた。小さな村に、信じられない数のアークトゥルスいたわ。私たちは、最善を尽くしたと思う。だけど、私たちだけであの数のアークトゥルスを相手にするのは、無理があった。私は、どうにかみんなと合流しようと魔力感知魔法を使った時……シャウラ様の魔力がひどく弱まっていることに気がついた。すぐに、瞬間移動魔法を使った。そこには、ユーリもアルゲティもいて、シャウラ様に回復魔法をかけていた。私も駆けつけようとしたけど、アークトゥルスたちが襲ってきて……助けに行けなかった。アークトゥルスたちをシャウラ様に近づかせないようにすることしかできなかった。そして……」


 次に続くだろう言葉が、怖い。聞きたくない。逃げだしたい。でも、トリカの瞳を逸らすことができない。トリカが言う言葉を私は――聞かなくてはならない。



「シャウラ様は、息を引き取ったの」



 嘘だと叫びたかった、そんなはずがないと。でも、トリカの言葉は、真実だとわかっている。ただ淡々となんでもないことのように話すトリカのその事務的な口調が、真実だと物語っていた。そんなトリカの姿に、泣きそうになった。でも、私が泣いてはいけない。奥歯を強く噛んで涙をこらえた。口を開いたら涙がこぼれてしまいそうで、何も言えなかった。私は、ただ黙って聞いていた。


「悲劇は、それだけでは終わらなかった。その後、すぐにバラニーが体調を崩したの。移動魔法が得意だったから、無理をしたのだと思う。私たちがバラニーの異変に気がついた時には、魔力が完全に枯渇している状態だった。魔力は生命力を削っているのかもしれない、とユーリは言った。その言葉通り、魔力を失ったバラニーの体は……どんどん冷たくなって、ユーリも私も色んな魔法を使ったけど、どれも効果はなかった。バラニーは、最後まで笑っていたわ。私たちに会えて良かったって、魔法を使うことができて良かったって、みんなを助けることができて良かったって、後悔なんてしていないって。話すのが苦手なのに、最後まで私たちを気遣ってくれた。…………ねぇ、セーラ。どうして、すぐに戻ってきてくれなかったの?」


 トリカは睨み殺しでもしそうなほどの視線で、私を見据えていた。それは、まるで青く燃える火の塊のように見えた。


「ごめん、なさい……」


 やっと開いた口から出たのは、小さな囁き声だった。そして、一度口を開いたら、もうダメだった。涙がふがいなく流れて、泣くまいと思ってもせぐりあげる涙をどうすることも出来なかった。


「シャウラ様が死んで、アルゲティは……アークトゥルスを殺すことしか頭になくなった。ルクバトは、死の恐怖に怯えている。ユーリは、部屋から出てこない。全て自分のせいだと責めて、壊れかけている」


 もうトリカを見ていられなかった。涙がどんどん溢れてきて、両手で涙を拭っても視界が晴れることはなかった。


「もう昔の私たちは、どこにもいない。セーラ、みんな……死んだのよ」




・ 



 気がついたら、部屋には私一人だった。


 トリカがその後も何か話していたのは、うっすらと記憶に残っている。でも、あれからどれくらい経ったのか、何を話したのかは全く記憶にない。わかるのは、部屋にあったトリカの気配がなくなっているということだけ。


 突然、津波のようにトリカの言葉が頭の中に溢れ……二人の死を理解した。

 

 もう二度と、二人に会えない。どこを探しても、二人を見つけることはできない。もう二度と、みんなで魔法討論をすることはできない。もう二度と、みんなで笑い合うことはできない。シャウラの明るい笑顔を、見ることはできない。バラニーの優しさに、触れることもできない。


「シャウラ、バラニー」


 名前を呼んだ時、体の中から何かが落下していくのを感じた。もう二人は……いない。この世界のどこを探しても、二人はいない。


「シャウラ、バラニー」


 もう一度、呼んだ。


「シャウラ、バラニー」


 呼んでも返事が返ってこないことは、頭では理解している。それでも、呼ばすにはいられなかった。ドアが開いて、笑いながら二人が顔を出すのではないかとありもしない現実を夢見ずにはいられない。


「シャウラ、バラニー」


 何度呼んでも、返事はない。一緒に過ごした時間が、くだらない話をして笑って、時には夜遅くまで議論した。



 ――そんな現実が戻ることは、二度と……ない。



 何かに、つかまりたかった。でも、つかまるものは何もない。目に浮かぶのは、二人の笑顔だった。


 優しく笑う、二人の明るい笑顔だった。

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