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悲しい物語①


『永遠、一緒にいよう。永遠に一緒にいたとしても、きっと愛し尽くすことはない……』








「話を聞いて! お願いだから……」


 何度叫んでも、私の声が届くことはない。



 どうして、こんなことになったのだろう。明るい未来があるはずだったのに、みんなが幸せになると思えたのに、私の声は……誰にも届かない。私は一人で、部屋に閉じ込められている。

 信じられない気持ちで、窓から見える青い空を見ていた。窓と言っても、小さな穴に鉄格子がはめられただけのもの。そこから見える空は、セイリオスと一緒に見た時と少しも変わらず、青い絵の具一色に染まっていた。二人で見た空は、とてもきれいで優しく見えた。美しく見えた。幸せに色があるなら、この青い空の色だと思った。


 それなのに、今は全く変わってしまった。


 ここには、セイリオスはない。私を抱きしめてくれる、温かさはない。

 心配するセイリオスに「大丈夫だから」と言ってオルビタを出たのに、今の私は孤独と不安の中にいる。床にしゃがみこみ、自分の体を抱きしめようとしたけど、手錠が邪魔してできなかった。冷たい鉄の感触が、身体を冷えきらせる。ううん、鉄ではなくて、手錠についているトルマリンのせいかもしれない。


 こんなことになるなんて、思ってもみなかった。


 瞬間移動で戻った時、オルサの人たちは喜んでくれた。笑顔で迎えてくれた。抱きしめくれた。心配していた、と口々に言ってくれた。でも……その中でトリカの瞳が、噛みつきでもするような異様な光を帯びていた。そして、トリカは言った。 


「レグルス……」


 体温を感じさせない、冷気が含まれている声だった。トリカの言葉の意味も、瞳の光の意味も、分からなかったけど、ひどく嫌な予感がした。何かまずいことが持ちあがろうとしている、と感じた。

 それからは、本当にあっという間だった。みんなの態度が一斉に変わり、誰も私の話を信じてくれなかった。アークトゥルスの話も、オルビタの話も。


 ――全てが真実なのに、誰も。


 それでも、どうにかわかってもらおうとした。だけど、私の話を聞いてくれる人は……いなかった。

 どうして、突然みんなの態度が変わったのか分からなくて、何度聞いてもその答えは返ってこなかった。そして、何もわからないまま、ここに閉じ込められ、手錠をかけられた。


 今も、ずっと混乱している。 


 やらなきゃいけないことはあるのに、何もできずに、何が起きているのかもわからないまま、転がるように時間だけが過ぎていた。オルサに戻れば、すべてが解決すると思っていた。争いのない世界がやってくると思っていたのに、誰も私の話を聞いてくれない。頼みの綱である夏目にも、まだ一度も会えていない。


 夏目なら、きっとわかってくれるはず。私の話を信じてくれるはず。


 だから、どうにかして、夏目に会わないと! そのためにも、夏目が会いに来てくれるのを待っていないで、自分でどうにかしないと……このまま、ここにいるわけにはいかない。


「セーラ」

 静かに、部屋に響く声。


 錠を外す音がして扉がゆっくりと開くと、薄暗い室内にいるトリカの顔が外からの照り返しで浮かび上がった。名前を呼ぼうと口を開いたけど、トリカの完璧な笑顔を見た瞬間、背筋に氷を当てられた気がして、声はどこかに行ってしまっていた。


「どうして、レグルスに?」


 ……レグルス? 


 レグルスの意味が、わからない。だから、質問の意味がわかるはずがない。そう言いたいのに、口が感電したように痺れて言葉が出てこない。


「アークトゥルスは、血に飢えた化け物。赤い瞳、鋭い爪と牙を持った化け物」


 トリカは、笑顔を浮かべたままだった。誰をも魅了するような完璧な笑顔。でも、話している内容には不釣り合いなその笑顔が……怖かった。


「アークトゥルスはオルビタを中核とし、次々と人間を襲う血に飢えた残酷な種族」


 冷たく無機質な声に反射的に距離を取ったが、トリカはその距離をつめてくる。


「なぜ、オルビタに?」

「知り合ったアークトゥルスが暮らす街だったから、一緒に行ったの」

「知り合った……アークトゥルス?」

「信じられない話かもしれないけど、アークトゥルスは全てが悪じゃないの。彼らアークトゥルスは、"アーク"と"トゥルス"の二つに分けられている。"アーク"が街を襲ったアークトゥルスで、オルビタに住んでいるのは"トゥルス"。トゥルスたちは、人を襲ったりしない。明るくて、優しい人たちよ」

「……その話を信じられると思う?」

「私は、嘘は言ってない。今言ったことは、全て本当のことなの。彼らは、トゥルスたちは、化け物なんかじゃない」


 トリカの瞳の奥に、鈍く光るものが見えた。


「アークトゥルスは人間の手足を切り落とし、殺しを楽しむ種族。悪、そのものよ。殺した後も残酷な行為は続いて、死体を自分たちの街にさらすことまでする。その酷い殺戮のせいで、オルビタの街は常に赤く染まっている」


 トリカは私を見ているけど、目の焦点が合っていない。話しているうちにトリカの完璧な笑顔は消えていて、口を閉じた時には表情というものがまるでなかった。


「それが、嘘なの。オルビタは、そんな街なんかじゃない。誰が言ったか知らないけど、それは真実じゃない。オルビタの人たちは、私たちと何も変わらない」

「何も……変わらない? アークトゥルスが、私たちと変わらないって言うの?」


 トリカの口は動いているのに、顔の残りの部分が動いていない。まるで腹話術で使う人形みたいだった。そして、トリカと一度も視線が合わないことに違和感しかなかった。私を見てほしくて、真実だと信じてほしくて、一歩前に出てトリカの腕を取る。


「トリカ、一緒にオルビタに行こう。そしたら、きっと分かると思う」

「……それが、目的?」

「え?」


 思わず手を離すと、今度はトリカが私の手首を掴んだ。


「オルビタに私たちを呼び寄せろと、指示されているの?」

「え? 一体、何の話? トリカ、ちょっと待って。えっと……指示って? 私は、誰の指示も受けてないよ」

「…………セーラがいなくなって、どんなに探してもセーラの魔力が掴めなくて、どれほど心配したと思う?」


 話が色んな方向に飛んで、頭がついていかない。トリカの真意が、わからない。背筋に張りついた冷えが、なかなか引いてくれない。その一方で、掴まれた手首は熱を帯びてざわついている。


「……ごめんなさい。すぐに帰ってきたかったんだけど、魔力を使いすぎて帰れなかったの」

「それは、嘘だよね?」

「え?」

「魔力が戻っても、帰って来なかったよね?」

「それは……」

「オルビタにいた時には、魔力が戻っていたはずよ。ちがう?」

「……どうして?」

「どうして? どうして知っているのって、聞きたいの? ……よくそんなことを言えるわね。ユーリは『セーラは必ず生きている』って、ずっとセーラの魔力を探っていた。もちろん、ユーリだけじゃない。私も、みんなも、そう信じたかった」

「心配かけて……ごめんなさい。すぐに戻ってこなくて、ごめんなさい、だけど……」

「だけど? だけど、何? セーラがいない間、私たちに何があったと思う?」

「…………何が……あったの?」

「……」

「トリカ。お願いだから、話して。一体、何があったの? それに、みんなとも話したい」

「みんな? 誰のこと?」

「みんなって、みんなよ。シャウラに、アルゲティ、ルクバトにバラニー。それに、夏目は?」

 

 そう聞いた時、今まで一度も合うことがなかったトリカの目が、しっかりと私を捕らえた。そして――トリカは、ゆっくり言葉を紡いだ。



「みんな、死んだわ」


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