はじまりの物語⑯
私たちの間には、目に見えない壁があるようだった。
セイリオスは、私に触れられる距離に近づこうともしない。そのくせ、視線だけはずっと私から離れない。夜になって寝ようとなった時も、私から距離を取るように離れたところで横になるセイリオスの姿に、後ろから蹴り飛ばしてやりたい気持ちになった。
でも、実際の私は……セイリオスの隣まで行くと、そのまま抱きついた。そして、セイリオスが何か言う前に「おやすみ!」と言い放つ。何事も、やったもん勝ちなのだ。ここまでしたら、諦めてくれるだろうと思って……私は目を閉じた。だけど、私の考えは甘かったと知ったのは、それから数時間後のことだった。
ふと目が覚めた時、セイリオスは体に力を入れたまま身動きせずにいた。
セイオリスは、眠らないつもりだ。
その態度に我慢の限界がきて文句を言うと、「眠らなくても、大丈夫だ」と無茶苦茶な言葉を返してきた。いくら人間とは違う種族であっても、睡眠が必要ないわけない。それなのに、私が何度説得しても「大丈夫だ」の一点張りで、しまいにはだんまりを決めこんだ。腹が立って「もう知らない!」と言ったけど、それじゃあ何の解決にもならない。セイオリスは、本当に眠らない気でいる。理由は、言われなくても分かる。私を傷つけたくないと言っていた、消えてなくなりそうになりながら。セイリオスは、自分が私を傷つけるのではないかと心配のあまり眠ることさえできずにいるのだ。
「セイリオス」
名前を呼ぶと、セイリオスの体がかわいそうなくらい強張ったのを感じた。私が体を起こすと、セイリオスもゆっくりと起きあがった。怒られるのではないかと怯える子犬のように体を小さくして、下を向いて顔を合わせようともしない。
「私、セイリオスにプレゼントがあるの」
なるべく、優しい声を出そうとした。上手くできたのか、セイリオスが顔を上げる。
「……プレゼント?」
「うん、そう。私からセイリオスへの贈り物」
そう言って、紐を通した石を胸元から取り出した。私の瞳の色によく似た、バイカラーの石が付いたペンダント。作ったはいいけど、自分の瞳と同じ色の石をあげるのは恥ずかしすぎると躊躇して、渡せずにいたもの。
「これは……?」
「ラカイユ滝で拾った石を、ペンダントにしたの。急いで作ったから、石にペンダントヘッドを付けて紐を通しただけの簡易的なものだけど……」
恥ずかしすぎるけど、"今"あげることに意味があると自分に言い聞かす。
実は、この石には魔法をかけてある。
アークトゥルスであるセイリオスには、魔法が効かない。だけど、石の中に閉じ込めた魔法なら効果はあるかもしれない。そう思って、状態異常の魔法をかけてみた。私の中には『内なる獣』がいないから、効果を試すことはできなかったけど、手応えがあった。
「このペンダントは、ただのペンダントじゃないの。この石が、セイリオスを殺戮の本能から守ってくれる」
ペンダントをセイリオスの首にかけると、目の奥が光った気がした。手で目を抑えると、目の奥が熱くなって……思わず、体がぐらっと揺れたが、セイリオスが私の体を支えた。
「セーラ?」
「ごめん、大丈夫だよ。えっと……だから、これは“お守り"なの。このペンダントとは、セイリオスを守ってくれるから。これさえあれば、『内なる獣』なんて怖くないわ」
セイリオスの頬に、手を伸ばす。自分とは、違う温かさを感じる。
「だから、私の手を離そうとしないで」
私は人間で、セイリオスはアークトゥルス。きっと、色々問題はあると思う。それでも、私はセイリオスのそばにいたいと思う。
「私も、セイリオスが好きだよ」
私の言葉にセイリオスは驚いたような表情を見せた後、本当に嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔に、目を奪われた。
こんなに嬉しそうに笑うセイリオスを見るのは初めてで、その笑顔に勇気づけられ、私からそっとキスをした。その時、私は目を開けたままだった。セイリオスもそれに応えるように、目を開けたまま。二人の唇を離れても、お互い目を離さなかった。
セイオリスの手が胸の中央、心臓の上に触れる。温かい体温が伝わってくる。私はその手を振り払うことはせず、セイオリスを見つめたまま、じっとしていた。
「セーラも、俺の胸に触れてほしい。誓いを立てたい」
「……誓い?」
「俺たち、アークトゥルスの誓いだ。番う相手と、永遠を誓い合うんだ」
「……永遠を?」
「これから、共に生きることを。セーラ、永遠に一緒にいよう。永遠に一緒にいたとしても、きっと愛し尽くすことはない」
「私も一緒にいたい。……ずっと」
"永遠に"とは、恥ずかしくて言えなかった。それでも、セイオリスは本当に嬉しそうに笑ってくれた。その笑顔に背中を押されるように、手を伸ばす。
セイオリスの胸に触れると、力強い心臓の鼓動が感じられた。音がどんどん大きくなって、私を包むような気がして、周り閉じる。セイオリスの鼓動が心地良い。
「古の誓いを魂に刻め。星々の輝きを集め結びつけ、二つの魂を永遠に繋ぐ」
言い終えると、セイオリスは胸に置いていた手で、また私の頬をなでる。私もセイオリスに触れていた手を下ろし、ゆっくり目を開ける。セイリオスの顔には、嬉しげな笑みが浮かんでいた。きっと、私も同じ顔をしていると思う。
そして、もう一度――唇を近づけた。
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目を覚ました時、私はセイリオスの胸に寄り添い、その胸にくるまれていた。セイリオスの指が髪をそっと、つまんでいる。私が起きたことに気づくと、軽く唇をよせる。
幸せな気持ちと恥ずかしい気持ちでいっぱいになり、セイリオスの胸に顔を押しつける。すると、いきなりセイリオスが私の体に足をからめてきた。逃げようと体を動かしても、さらに力を入れられて身動きができない。
「俺たちアークトゥルスが番う相手は、ただ一人」
耳元でセイリオスが、甘くささやく。
「俺の番は、セーラだけだ。永遠に……」
セイリオスの言葉を聞きながら、まぶたを閉じた。私もセイリオスだけだよ、と思いながら。
まさか、こんな日が来るとは……思わなかった。
ふいに、夏目との会話が頭に浮かんできた。
「セーラは、運命の赤い糸を信じる?」
「いきなり、どうしたの?」
「運命の相手は、必ずどこかにいると思うんだよね。問題なのは、その相手に会うことができるかどうか。セーラは、考えない?」
「考えたことないわね。でも、そんな相手がいるなら、いつかは会えるんじゃない?」
「気のない返事だね。セーラは、信じてない?」
「今のところは、ね。でも、その相手に出会ったら、変わるかもね」
「きっといるよ。運命の相手は、どこかにいる。だけど、全然見つからないから、僕の相手は、違う世界にいるのかも」
「それは、絶対にないから!」
私は、夏目の言葉に笑った。
ねぇ、夏目。
あの時は笑って、ごめんね。
私は、出会えたみたいだよ。私の想像とは全く違ったけど、夏目なら笑って「良かったね」って言ってくれるよね?




