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はじまりの物語⑫


 セイリオスと出会ってから二日が経っても、魔力は私の中に戻ってきていなかった。移動魔法を使うくらいの魔力ならすぐに回復すると思っていたのに、回復する気配すらない。このまま魔力がないままだったらと、魔力がないせいで体が重たいのに、心まで重たくなる。

 うんざりした気分で息を吐いた時、セイリオスが現れた。足音は全く聞こえなかったので、驚いて飛びのき、距離を取った。そんな私の反応を見て、セイリオスは片方の目を細めた。


「俺は、それほど怖がれているのか?」


 アークトゥルスを恐れない人間なんて、いるはずがないでしょ! と言いたかったが、セイリオスの声が優しくて、それを口にすることは……できなかった。セイリオスを見ると、やっぱりその瞳は温かだった。


「自分の行動を思い返してみて。私が怖がっても、当然でしょ?」

「それは、傷つけないと約束する前のことだ」


 アークトゥルスが、本当に約束を守るのだって怪しい。アークトゥルスは化け物で、見た目に騙されてはダメ。


「セーラ、夜が明けたら行くぞ」

「え? どこに?」

「オルビタだ」

「……オルビタ? って、どこ?」

「俺たちの街だ」


 え? 

 アークトゥルスの、街??


「まさか、私を……そこに連れて行くつもりじゃないよね?」

「連れて行く」

「い、いや! 私は行かない! アークトゥルスの街に連れて行くなんて……セイリオスを信用した私がバカだったわ」

「へぇ、信用してくれていたのか? そうか。セーラは、俺を信じていてくれていたんだな」

「ちがう!! セイリオスのことなんて、信じてない! 言葉のあやよ!」

「言葉のあやって、なんだ?」

「説明が難しいことを聞くないで! とにかく、深い意味はないし、つい口から出ただけ!」


 セイリオスはやっぱり笑っていて、私一人がバカみたいに動揺している。この状況に納得がいかない!!


「セーラも俺と一緒に行く。わかったか?」


 セイリオスに手を出されたが、それを無視した。


「どうして、私が一緒に行かなきゃならないのよ?」

「セーラを、俺の一族に会わせたい」

「だから、どうして? どうして、私がセイリオスの一族に会う必要があるの? ……もしかして、アークトゥルスは人間を食べるの?」

「心配か?」

「当たり前でしょ!」

「どうして、そんなに不安そうなんだ?」

「どうしてって……」

「俺は、セーラを傷つけないと約束した。それに、俺はセーラを傷つけたくない。本当だ。だから、信じてほしい」


 やめてほしい。こんな風に懇願されるように言われると、私が悪いことをしているみたいな気持ちになってくる。


「セーラは、俺が必ず守るから。俺は……ただ、俺の一族に会ってほしいだけだ」


 アークトゥルスは、血に飢えた恐ろしい化け物。……それなのに、セイリオスといるとわからなくなる。セイリオスの瞳は一瞬もゆらぐことなく、私を見る。その瞳は世界でたった一人の相手を見るようで、落ち着かない気持ちにさせる。あまりにも強い視線だから見つめている相手は、自分でなく他の人なのではないかという気がしてくるけど、ここには私とセイリオスしかいない。私を見ているわけじゃない、と言い訳することすらできない。


 そんなことを思っていると、セイリオスがゆっくりと近づいてきていた。気がつくと、目の前にセイリオスの顔が近くにあり、二人の目が間近で絡み合った。目が合った瞬間、なぜか一緒に行かないという選択肢が消えていた。


「……わかった、一緒に行く。だから、もう一度、約束してほしいの。私を傷つけることはしないって」

「あぁ、約束する。セーラは、俺が守る」

「信じてあげてもいい」


 言った瞬間、いきなり腰に手を回され「じゃあ、一緒に眠ろう」と、耳元でささやかれた。


 はぁ?!

 何を言っているのっ?!


「寝るわけないっ!」

「俺は疲れているから眠ろうと思っていたが、他のことを望むなら……」

「望んでないっ!!」


 そう言っているのに、セイリオスは私を抱きしめてくる。嫌だ、放してと何度も拒絶したけど、力で敵うはずもない。


 そして、セイオリスは……本当にしつこい!


 攻防に疲れて、諦めように大人しくすると、セイリオスはきつく抱きしめてきた。私は、また声を出しそうになった。私を痛めつけるために力を入れたと思ったわけじゃないけど、どうして私を抱きしめてくるのかわからないし、ぴったりとくっついていなければ気がすまないという様子に困惑した。


「……ねぇ。どうして、私を殺さないの?」

「殺そうと思ったことはない」

「……私を?」

「人間を」



 ――え?



「殺した……ことは?」

「ない」



 ――え?



 ちょっと、待て。

 ……どういう、こと?


「それなら、どうして?」

「何が?」

「どうして、オルサにいたの?」

「アークが人間を襲っているとわかったから、抑えるためにきたんだ」


 ――え? 

 アーク? 抑えるため?

 どういうこと?


「……アークって?」

「人間は、俺たちを"アークトゥルス"と一括りで呼ぶが、実際は“アーク”と“トゥルス”に分かれているんだ。俺たちは同じ種族で……俺たちアークトゥルスには、呪われた血が流れている」

「呪われた、血?」

「あぁ。アークトゥルスには、殺戮の本能がある。体の中に飢えた生き物を飼っているようなものだ。俺たちは、それを『内なる獣』と呼んでいる。そいつが血を欲し、喉を切り裂きたがる。その本能に任せて行動しているのが、アーク。アークには、殺戮だけしか頭にない。魂の底まで、殺戮の本能に支配されている。アークは、内なる獣に負けた者」

「……セイリオスにも、その本能があるってこと?」


 セイリオスは、私の質問に遠く見た。そして、ゆっくりと頷いた。


「俺にもある。俺たち“トゥルス”は、本能を抑えこんでいる。内なる獣を解き放たないように、自分の中の奥に閉じ込めている」


 アークトゥルスが、ううん。"アーク"がオルサへの攻撃をやめたのは、セイリオスたち"トゥルス"が止めたからだったんだ。もし、あのまま攻撃を続いていたら……もっと酷い被害が出ていたはず。


「私を連れて……ここに、来たのは?」

「あの時、近くに"アーク"がいるのを感じたから」


 急に、申し訳ない気持ちになった。セイリオスは、初めから私を傷つけるつもりなどなかったのだ。


「……ごめん、なさいが

「? なんで、セーラが謝るんだ?」


 セイリオスは、戸惑っているようだった。私がなんで謝っているのか、本当に理解できていないように。


「私の態度が良くなかったから」

「あたり前の反応だ。セーラが、謝る必要なんてない」


 そう言って、セイリオスは笑った。それは、優しさに満ちあふれた笑顔だった。




 どうして、セイオリスは……こんなに美しく笑うことができるのだろうか?


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