長期休暇に入ります
早いもので、入学してから一年が経ちました。
私は一度も早送り機能を発動させることなく、一年を無事に乗り切った。たぶん……いま、攻略できる相手をすべて攻略したと思われる。相変わらず、クローゼットから出ていないので誰と一緒にいるのかは把握していない。……したくもない。
だが、そんな生活も今週まで! 来週からは、待ちに待った長期休暇が始まるのだ! 本当に、長かった!!
signは学園内で恋愛するゲームだからか、夏休みとか冬休みというものがない! あるのは、進級する際の来週からの二ヶ月間の長期休暇のみ。
「来週から、長期休暇だな。エリースに会えなくなると思うと……胸が張り裂けそうだよ」
礼拝堂のような食堂で隣に座った第二王子ジェミナイが、エリースの長い髪を愛おしそうに触りながら言ってくる。
その言葉に、ただ笑顔だけを返す。余計なことは口にしない。
ただ、笑う。
これぞ、夏目スペシャル! 複数人と付き合う時の対処法の一つで、笑顔の意味は自分たちで勝手に決めてねと相手に委ねるのだ。私は、この夏目スペシャルだけで一年を過ごしたと言っても過言ではない。
「エリース……。私と一緒に、避暑地に行かないか?」
そう言ったのは、もう一方の隣の席に座っている第四王子リオ。
一緒に、避暑地に行かないか? その答えは――もちろん、NO!!
ゲームの中では、長期休暇の話はごっそりカットされていた。学園で恋愛するだけのゲームに、長期休暇なんてイベントに用はないのだ。だから、私は長期休暇の存在を入学するまで知らなかった……ということは、私が断っても強制力は働かないであろう。そうであってほしい、という希望的観測ではあるけど、私は自分の仮定に賭けたい!
「ありがとうございます。でも……母の体調が良くなくて、休暇中は母のそばにいたいのです」
悲しそうな声で答える。目には、うっすらと涙がためて。もちろん、この涙も魔法だ。最近、あみ出した涙調整魔法。その名も"困った時の涙くん"
「エリース。……つらいことを聞いて、すまい。君を泣かせるなんて、私はダメだな」
……よし、よし、よ~~~し!! 早送り機能が発動しなかった!
心の中で、ガッツポーズをする。これで、この長期休暇は、のんびり気ままに過ごすことができる。誰がなんと言おうと、自分の時間を満喫するんだから!
私は、たった一年の学園生活で、もうクタクタ。攻略対象者たちは睡眠時間が必要のない超人なのか、毎夜やってきては睡眠時間を削るし、クローゼットの中は狭い。攻略対象者が帰ってから、ベッドで眠ればいいのけど、攻略対象の人数が多すぎて時間が足りたい。それに、最近の攻略対象者たちは見回り後にも部屋に来るようになっていた。
……寝てよ。寝る子は育つんだから、大人しく自分の部屋で寝なさい! とは言えるわけもなく、私は一晩中クローゼットにいることを余儀なくされている。
私の今の望みは手足を伸ばして、ゆっくり眠ること!
……なんて、慎ましい願いなのだろう。こんな小さな願いを、どうして叶えてくれないの? 私をsignに転生させた神様は、見ていないの??
そんな内面の叫びをおくびにも出さずに第二王子を見る。
「ジェミナイ様のお気持ちだけ……いただきます」
もちろん、「嬉しいです」なんて言わない。「ありがとうございます」とも言わない。余計なことは、言わないに限る! もし、その言葉に喜んで迎えにでも来られたら困るからね!!
そして、目に涙をためた状態で笑う。魔法で涙を作っているから、笑った瞬間にたまっていた涙が一筋流れるように調整する。すると、その涙がステンドグラスの光で輝く。二人が、息を呑む音がした。
……完璧すぎる!
これで、この二人はもう誘ってこないはず。
心の中でほくそ笑みながら、涙を指の背でぬぐう。その指に、隣の第四王子が軽くキスをする。
……ねぇ、ここ学園だからね。昼間の食堂だよ? 生徒がたくさんいるからね。はぁ〜、今すぐ”身代わりくん”を発動したい。
最近の私の悩みは、攻略対象者たちから所かまわずされる日中のスキンシップ。
「昼は淑女、夜は娼婦」なエリースを頭に植え付けることに成功した私は、日中は触るなよ! の暗黙の了解を取り付けていたはずなのに……最近は、手や髪にキスをしてくる。長期休暇が、近くなっているからだろうか? 触るな! とハッキリ言いたいが、強制力が怖くてできない。そんな私ができることは、恥ずかしそうに下を向くだけ。
夏目……。
私は、早く帰りたい。
一年間よく頑張った、本当に頑張ったと思う。誰も褒めてくれないから、自分で褒めよう。私は、本当によく耐えた。……だけど、もう限界。学園を卒業するのは、十八歳。そんなに長い間、ここで過ごすなんて無理。できることなら、今すぐにでも逃げ出したい。でも、逃げ出せない。ストーリーから外れれば強制力が働いてしまうと思うと、ストッパーがかかって行動に移せない。
じゃあ、諦める? 諦めて、今の現状を受け入れる??
――もちろん、答えはNO!! 私は、絶対に諦めない!
そこで、私は”身代わりくん”の大幅スキルアップを決意した。
スキルアップに成功したら、この学園から逃げ出すことができる。"身代わりくん”の遠隔操作が可能になれば、早送り機能は発動させることなく、私は自由になれる!
我ながら、ナイスアイデアだと思う。
そのためには、さらなる魔法強化が不可欠。私は、この長期休暇を無駄にはしない!! たっぷり睡眠をとって、魔法強化に力を注ぐ!
――絶対にここから抜け出して、自由を手に入れてみせる!!




