はじまりの物語⑤
夏目に連れられてきたのは、大きな岩山だった。「ここが、新たな僕たちの家だよ」と言われた時は、意味がわからなかった。
こんな岩山で、どうやって暮らすのか? と頭の中には疑問符だらけだったけど、夏目に促され、中に入る。中は、洞窟のような薄暗い通路が半地下に続いていた。
「ここは、『死の洞窟』と呼ばれている場所だよ」
「死の洞窟?」
「うん。この洞窟に入った動物は、次々と息絶えてしまうんだよ」
――え?
「でも、それには秘密があるんだ。この通路には、高濃度の二酸化炭素が地表の亀裂から放出されているんだよ。でも、僕たちは大丈夫な理由は?」
動物と私たちの違いは……そうか! 二足歩行と四足歩行。
「高さ、ね」
「正解。地表近くは、二酸化炭素濃度が高くなる。その結果、死に至る。動物と人間とでは、鼻腔の位置がちがうからね。ここなら……『死の洞窟』の呼ばれるこの場所になら、アークトゥルスも近寄らないはずだよ」
「……こんなところ、よく見つけたね」
「シャウラだよ。シャウラは、この場所を知っていた。だから、移動魔法で来られたんだよ。……セーラ、ごめんね。もっと早く完成させたかったんだけど、遅くなって……本当、ごめん」
「正直、もう限界だった」
「……間に合った?」
間に合ったかは……わからない。私は、死を見過ぎた。でも、生きている人たちがいる。助かった人たちがいる。
「……ギリギリ、ね」
通路を抜けた途端、明るく広い空間が目の前に広がった。岩壁と天井の間には、ガラス窓がはめ込まれていて、そこから陽の光が差し込み、岩の中とは思えないほど明るかった。すでに、人がいた。ホッとした表情で、会話をしている。その様子を見ていると、身体中がほぐれて眠くなり、自然にまぶたが重く瞳にのしかかってきた。
「疲れた……」
思わず出た言葉に、夏目は私の肩を叩いた。
「セーラの部屋に案内するから、休んだ方がいい」
「夏目は?」
「僕は、みんなをここに連れてくるよ。いま、アークトゥルスの攻撃が止まっているってトリカが言っていたから、なるべく早く行動した方がいいからね」
「私も行く」
「セーラは無理だよ」
「大丈夫よ。確かに沢山の人数は無理だけど、数人なら連れて来られるくらいの魔力は残っているから。みんなも移動魔法で、避難作業しているんでしょ?」
「うん。ザニア様たちは、すでに僕がこっちに連れてきている。ルクバトとバラニーは、怪我した人を優先して避難させている。シャウラとアルゲティが、前線にいた人をとりあえず最深部に移動させて、僕がここに連れて来る予定だよ」
「私も……」
「セーラは、休んで! 人数が多いから、移動も時間がかかる。だから、セーラにも手伝ってもらう。でも、今じゃない。セーラの魔力が、もう少し回復してから。回復魔法をずっと使い続けるなんて、無理しすぎだよ。自分の今の状態をちゃんと理解して、最善を選んでほしい」
「……うん、わかった。少し休むわ」
案内された部屋には、一枚毛布が置いてあるだけの空間だった。それでも、その上に横になり、岩の天井を見ていると、心が安らかになる。毛布の感触が柔らかくて、少しも背中が痛くない。遠くで聞こえる穏やかな声が、心地いい。悲痛な声は…………聞こえてこない。
――アークトゥルス。
私は、まだ見たことがない。
――アークトゥルス。
赤い瞳、鋭い爪と牙を持った化け物だという。
――アークトゥルス。
笑いながら、人を殺す化け物だという。
でも、もう大丈夫。
……やっと、終わった。
そう思いながら、目を閉じた。




