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はじまりの物語④

「セーラ!」


 バラニーに呼ばれて振りむくと、全身血だらけの人が運ばれてきた。


「すぐ行く!」



 ――『冷静であれ』

 全てが、血だらけだった。



 ――『冷静であれ』

 私のいる場所は、全てが真っ赤だった。



 ――『冷静であれ』

 私の視界に入るのは、赤一色だけだった。



 ――『冷静であれ』

 …………ずっと、言い聞かせている。

 


 ここに運ばれてくる人たちは、切断された体、激しく損傷した手足、引き裂かれた肌……今まで見たこともなかった種類の外傷を負っている。


 ――『冷静であれ』


 手足切断、何かがぶつかった衝撃による頭部外傷、血管損傷、骨折……と怪我の状態を確認しながら、予想をはるかに上回る人数が押し寄せてくる中で、診察していく。難しいのは、一見しただけではわからない場合。外傷を残さずに、脳、肺、腸などに損傷を与える可能性だってある。私は医者ではない。だけど、ここは私の世界ではない。だから、MRIも画像診断も必要ない。鑑定魔法を使って、症状を診ていく。


「たす……け…………て」 


 腕を掴まれ、縋るような目を向けられる。痛みに歪む顔で、懇願される。助けてあげたい。でも……


「もう少し頑張って」


 ………そう言うしかない。

 運ばれてきた彼は、今すぐ命に関わる重篤な状態ではなかった。場合によって、状態は悪化するかもしれないけど、トレアージをするなら彼は黄(yellow tag)だ。

 トレアージとは、怪我の重症度に基づいて、優先度を決定して選別を行うこと。黒(black tag)は、死亡。赤(red tag)が最優先治療、黄(yellow tag)は待機的治療、緑(green tag) は比較的軽傷の四つに分けて判断していく。だけど、普通のトレアージとは違い、緑(green tag) もかなり酷い状態だ。だから、色に関係なく急に赤(red tag)になることもあるが、今の彼の状態は黄(yellow tag)で、最優先ではない。

 ……まるで命の選別をしているようで、胸が苦しくてたまらない。今まで何度「助けて」「痛い」と訴えられ、ただ「頑張って」「もう少しだから」と励ますしかできなかった場面があっただろう。できることなら、すぐに魔法を使って治してあげたい。だけど、回復魔法は、一人ずつ患部に触れながらでしか使うことができない。しかも、傷の重症度によって治るまで時間も使う魔力量も大きくなる。だから、どうしても順位を決めなければならない。


 これが、現実だなんて信じられない。

 信じたくない。

 でも、やらなきゃならない。


 命に関わる重篤な状態で一刻も早い処置をすべき赤(red tag)の人は、私が最優先で魔法をかける。今すぐ回復魔法をかけなくても命は大丈夫だと判断できる場合の黄(yellow tag)は、普通の治療を施しながら、順番を待ってもらう。

 ルクバドは、赤(red tag)や黄(yellow tag)ではなく、緑(green tag) を中心に回復魔法をかけていく。冷酷に聞こえるかもしれないが、すぐに回復させて、また戦闘の前線で戦えるように送り返さなきければならないからだ。



 ――『冷静であれ』

 どうにか、冷静さを保とうとしていた。



 回復魔法は、どんな傷でも治すことができる。だから、必死で回復魔法を操った。ずっと……ずっと魔法を使い続けている。


 なんの前触れもなく、アークトゥルスが大群で襲ってきたのは、今から三日前。いきなりの襲来だったから、悩んでいる暇もなく、すぐ決断して行動しなければならなかった。

 まずは、人々をオルサの最深部に避難させた。そして、一つ目の城壁部分にあたるアークトゥルスたちとの戦いの最前線にトリカとアルゲティ。二つ目の城壁部分に、私とルクバドの救護班。夏目とシャウラは、オルサの住人を非難先の確保。バラニーは前線との連絡係をしながら、移動魔法で怪我人を私たちのところに運んでくれている。


 なぜ、全員で戦わないのか?


 アークトゥルスに対抗するために、構築した魔法だった。それなのに……アークトゥルスには、魔法が全く効かなかった。魔法さえあれば大丈夫だと高をくくっていた私たちは、完全に意表をつかれた。戦いにおいての力の差は歴然としていて、アークトゥルスとの戦いに勝つのは難しいと判断し、生き残ることにはどうすればいいか考え出した結論がこれだった。


「セーラ様!」


 今度はルクバトに呼ばれて振り向くと、鑑定魔法を使わなくても赤(red tag)だとわかる傷を負った人がいた。すぐに患部に触れ、魔力を集める。



 ――集まらない。



 もう一度!!


 今度は、魔法が少し集まってくる。それを逃がさず、魔法を掴む。そして、ゆっくりと……引っ張って……彼の体が、治癒されていく。


 もう少し。


 だめ……、魔法が手からこぼれ落ちていく。魔法を使いすぎて、魔力が足りなくっている。大きく息を吸って、必死で魔法を掴む。


 ――しっかりして! まだ、できるはずよ。


 そう言い聞かせても、手から魔法が逃げ出そうする。


 お願い、あと少し。

 もう少しだけで、いいから!

 まだ逃げないで! 


 意識を失うギリギリのところで、魔法を捕まえることができてホッとした時、隣にも同じ赤(red tag)の人がいることに気がついて愕然とした。



 …………人数が、多すぎる。



 私たち二人だけの力では、とうてい太刀打ちできないような数だった。どんなに頑張っても、助けることできず消えていく命があった。助けられたはずの命、必要のなかった苦痛がたくさんあった。

 痛みに泣き叫ぶ人、激痛に気を失う人、体を動かすこともできずにじっと座って痛みに耐えている人もいた。痛みを感じなくさせる魔法もあるのに、痛みの緩和のために魔力は使えない。私は、魔法を際限なく使えるほどの魔法量がある魔法チートだと思っていた。だけど、どんなにキャパが大きくても容量というものがあることを知った。


 たぶん、私は限界をとうに超えている。手先が冷たい。寒くて……寒くて、悪寒が止まらない。


 それから、どれくらい経ったのか。もう時間の感覚がなくなっていた。時間が経つのが遅くも感じるし、ものすごく早くも感じる。体は氷で包まれたように寒くて上手く動いてくれず、今にも胃から何かが込み上げてきそうなのを、必死で抑え込んでいた。


「セーラ様、少し休んでください」


 ルクバトの言葉に、無言で首を振る。


 魔法は……もう紡げていなかった。魔法を掴もうとしても、掴めなくなっていた。それでも、ここから離れることはできずに、できる限りの治療していた。命を、なんとか延ばしたい。

 オルサにある薬を集めて、どうにか治療するような状態だった。その薬もどんどんなくなり、治療したくても残っているのは大した効果も期待できないようなものだけ。そんな薬で、重症な傷に対応できるはずもない。効果もなく人が死んでしまう中、死の匂いが充満した部屋で、なんて無力なのだろうと崩れ落ちそうになる心を叱咤していた。


 ――諦めないで! 

 最後まで、諦めちゃだめ。


 何度も、何度も繰り返す。必死で死と向かい合っていると……

 

「セーラ、少し休んで」


 その声に首を振りながら振りむくと、そこに立っていたのは最前線にいるはずのトリカだった。全身血だらけで、憔悴した顔をしていた。目は力を失っていたけど、私と目が合うと笑顔になった。こんな時も、トリカは……美しかった。


「どうして、ここにいるの? トリカ、どこか怪我をしたの? 大丈夫?」

「大丈夫よ、私の血じゃないから。アークトゥルスが……攻撃をやめたの。きっと、また襲撃してくると思うけどね。その時は、バラニーが教えてくれることになっている。セーラこそ、大丈夫? バラニーも、ルクバトも……セーラのことを心配しているわ」

「私? 私は、大丈夫だよ」

「嘘をつかないで」

「嘘なんてついてない。本当に、大丈夫だから。それに、私は戦っていないのよ? どこも怪我していないし、みんなが心配するようなことは何もないから」

「回復魔法は、一番魔力の消費量が多い」

「私は回復魔法が得意だから、消費量は少ない。だから、平気だよ」

「それなら、どうして魔法を使っていないの? どうして、魔法を使わずに治療をしているの?」

「それは…………その、ごめんね。本当、ごめん……。すぐに、魔力を復活させるか……」

「私は、セーラを責めているわけじゃない! セーラが無理しすぎているって、言いたいのよ! ……ルクバドから聞いたわ。一人で、ずっと重傷者の回復をしていたって! しかも、休まないでなんて……信じられない」

「大丈夫だから。それより、トリカの方が……」

「私は平気よ。たしかに疲れているけど、セーラみたいな無茶な魔法の使い方していないもの。それに、アルゲティもいるから」

「……ごめんね」

「どうして、謝るの? 謝るのは、私よ。セーラたちの負担を考えずに、怪我人全員をここに運んで……なかなか怪我人が戻ってこないことに苛立っていたの。早く治療してって、思っていたんだから。まさか……こんな状態になっているなんて、気がつきもしなかった。こんなことになっているなんて…………私こそ、ごめんなさい」


 トリカの声が泣きそうに震えていて、トリカの背中に腕をまわした。背中をとんとんと叩きながら「私は、大丈夫だから」と言った時、後ろから「ユーリ様!」と叫びにも似た大きな声が聞こえて、トリカと二人で振り返った。



 ――そこには、夏目がいた。



「夏目、遅いわよ……」


 私の言葉に、夏目はいつもの柔和な笑顔を見せた。その笑顔に、もう大丈夫だと安堵感が身体中に広がった。

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