はじまりの物語③
完成して、すぐに他の人たちにも魔法を教えることにした。だけど、さすがにオルサの住人全員に教えるのは難しい。そこで、魔法感知を使って、魔力量が多い五人だけに教えることになった。
一人目は、ストロベリーブロンドと紫の瞳を持ったおばあちゃんの孫、シャウラ。育ちの良さがにじみ出ていて、お姫様のような子。だけど、彼女は偉そうな感じが全くしない。みんなから「シャウラ様」と呼ばれているのに、誰に対しても態度を変えることなく、屈託のない笑顔を見せるところがそう感じさせるのだと思う。
二人目は、ゴールデンブロンドに緑の瞳のアルゲティ。少し垂れ気味の目尻が人懐っこい印象を与えるけど、口がなかなか悪い男の子。私がシャウラを呼び捨てにしたら、「おい、言葉に気を付けろ」と舌打ちされた。まぁ、逆にシャウラに「言葉に気を付けるのは、アルゲティよ」と怒られていたけど。
三人目は、サンディブロンドに青い瞳のルクバト。ルクバトは、丁寧で朗らかな性格をしている男の子。でも、黙っていると怒っているような雰囲気がある。初めて会った時は、あまりにも機嫌が悪そうで内心かなり焦っていたのを覚えている。話をしたら……めちゃくちゃいい人で驚いたのよね。人を見かけで判断しちゃだめだと、思い知らされた。
四人目は、アッシュブロンドにグレーの瞳のバラニー。整い過ぎた顔立ちはフランス人形のような印象を与えるけど、ただ口下手なだけ。話すのが苦手なバラニーは存在そのものが静かだけど、いるだけで落ち着く空気感を持っている女の子。まるで観葉植物みたいだと思う。あまり話さないけど、人のことをちゃんと見て気遣っているのがわかる。
ちなみに、顔が整っているのはバラニーだけじゃない。四人とも相当な美形だ。私たちは、ミスター&ミスコンテストを開こうと思っていたのかと勘違いしてしまいそうなほどに全員が美少年&美少女だ。そして、彼らは偶然にも全員が十六歳だった。
おっと、忘れてはいけない最後の五人目は……ナヴィガトリカ。プラチナブロンドに青い瞳の女の子。ルクバトも同じ青だが、ルクバトが海のような深い青に対して、ナヴィガトリカは空のように澄んだ青。グロスでもつけたのかというほどにトゥルンとした赤い唇。きめ細かで白く青みがかった肌に、頬はうっすらピンクに色づいている。そして、すべてのパーツが完璧な配置で収まっている顔立ち。夏目もびっくりするほどの圧倒的な美が、そこにはあった。ナヴィガトリカ微笑みは、呼吸することさえ忘れてしまいそうなほどの美しさを持っていた。そして、ナヴィガトリカは五人の中で飛びぬけて魔力量が多かった。
ちなみに、ナヴィガトリカの次がシャウラ。次が、バラニー、ルクバト、アルゲティと続く。だけど、ナヴィガトリカとシャウラの間にはかなりの差があり、またシャウラと他三人の差も大きい。バラニー、ルクバト、アルゲティは、それほどの差はない。こんな風に言うと、三人の魔力量が少ないと思うかもしれないけど、この三人も他のオルサの人たちと比べると魔力量はずば抜けている。魔力感知魔法を使って、すぐにこの五人の居場所がわかったくらいで、私たちは相談することもなく、この五人に魔法を教えようと決めたくらいなのだから。
彼らを集めると、すぐに魔法を教え始めた。五人との時間は、楽しかった。教える側と教わる側というような関係ではなく、一緒に学ぶ仲間だった。毎日七人で魔法について語り、時には意見を言い合い、一日を過ごすごとに絆が深くなっていく気がした。そして、話し合いの中で新たな魔法を編み出したりもした。
その中で一番便利なのが、瞬間移動魔法だった。一度行ったところにしか移動することができないけど、行ったことさえあれば距離に関係なく、瞬時に移動すること可能。この魔法に関しては、知らない間に夏目が完成させていた。そういうところが、相変わらずの夏目で……本当に夏目らしいと思う。夏目には、不可能という文字はないのだろうか?
それ以外にも、魔法について色々な発見があった。使う魔法によって、必要となる魔力量がちがうこと。また、同じ魔法でも使い方によっても魔力量がちがってくること。例えば、移動魔法だったら、距離や一緒に運ぶ人数など、条件により魔力量が変わってくる。それと、人によって得意分野の魔法があることもわかった。私は回復魔法、シャウラは具現化魔法、アルゲティは肉体強化魔法、バラニーは移動魔法、ルクバトは鑑定魔法。トリカ(ナヴィガトリカは長いからという理由で、トリカと呼ぶことにした)は、魔力感知魔法。そして、夏目は、オールマイティだった。
……魔法の才能さえも、夏目を贔屓しているの? ずるくない?
「セーラ様」
本当、どの世界に行っても……
「セーラ様!」
夏目は……
「セーラ様!!」
「うわぁ! ルクバト?! どうしたの、いきなり大きな声で」
「いきなり、ではありません。何度も呼びました」
「え? 本当? ごめんね。えっと、何かな?」
「セーラ様の言われた通りです。人によって、使える魔法は限られますね」
「やっぱり」
――人によって、使える魔法は限られる。
ここにいる五人全員が、全ての魔法を使える。それに間違いはないのだけど、使える魔法と使えない魔法がある。ううん、人によって威力がちがうと言った方が、分かりやすいかもしれない。魔力量が多い私と夏目はレベル五の魔法を使えるけど、トリカはレベル四まで、シャウラはレベル三まで、他の三人はレベル二までという感じ。
回復魔法で説明すると、軽い怪我なら誰でも問題なく治すことができるけど、命の危機になるような大きな怪我を負った人を治すことができるのは、私と夏目、トリカの三人だけ。
「アークトゥルス……その化け物と戦うことになるのは、いつ頃になるのかな?」
「まだアークトゥルスが、この近くに来ていると報告はないみたい。お祖母様が言っていたから」
私の質問に、シャウラが答えた。
「おばあちゃんが? それなら、まだ大丈……」
「おばあちゃんじゃない! ザニア様だ。言葉に気を付けろと、何度言えば気が済む? お前には、学習能力がないのか?」
私の言葉を奪うだけでなく、私の背中を軽く叩いてアルゲティが言った。
「アルゲティ、私も同じ言葉を言わせてもらうわ。セーラは『星の子』よ。アルゲティこそ、言葉に気をつけなさい」
シャウラがアルゲティの肩に頭をのせて、揶揄うような笑みを浮かべている。私は『そうだ、そうだ』というようにアルゲティに視線を送ると、また軽く背中を叩かれた。
「ははっ、わかったわよ。ザニア様と呼ぶように、気をつけます。それで、いいでしょ?」
「ですが、アークトゥルスは……いつ……」
ルクバトの言葉は、最後まで続かなかった。声に出すことはないけど、不安がオルサの街には漂っている。それを隠して、皆は明るく過ごしている。
――アークトゥルス。
一体、どんな化け物なのだろう?
「……みんなはさ、アークトゥルスを実際に見たことがある?」
聞くと、ルクバトは首を振り、バラニーは一点を見つめて動きを止め、アルゲティは肩を軽く上げた。
「戦いに行くのは十八歳になってからだから、見たことがある人は……ここにいないわ」
シャウラが、静かに言った。
「だけど……ナヴィガトリカなら、見たことがあるかもしれないわ」
「トリカが?」
「えぇ。ナヴィガトリカは、オルサ生まれではなくて、外で保護されたの。だから、アークトゥルスを見たことがあるかもしれないわ」
部屋の隅で、夏目と話しているトリカを見る。
「トリカ!」と呼ぶと、私に笑顔を向けながら、何? と尋ねるように首を傾けた。
やばい!
美の暴力が、やば過ぎる!!
夏目の顔に慣れているのに、毎日トリカに会っているのに、危なくぶっ倒れるかと思ったわ。キラキラし過ぎていて目が潰れそう。そんな内心の動揺を隠して、トリカに目を向ける。
「トリカは、アークトゥルスを見たことある? どんな……」
アークトゥルスと言った瞬間、トリカの目が見開き、青い瞳が大げさなほど揺れた。その後、すぐに動揺に耐えるように目を閉じる。そんなトリカの反応に私が言おうとした言葉は、トリカの目の奥に一緒にしまわれてしまった。
「…………赤い瞳をした……化け物」
少しの沈黙のあとに言ったトリカの声は、遠いところから聞こえてくるようだった。
だけど……
その声は小さく弱々しいのに、なぜか……とても鋭かった。




