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岩の神殿

「……よく、こんな本を持っていたね。さすが、シェラタン家」

 屋敷から持ってきた本を見ながら、リブラが言った。


「どういうこと?」

「これ、かなり貴重な本よ。見て! この図面によると、ステラ・マリス神殿は地下三階になっている。だけど、私が知っている限り……ステラ・マリス神殿に地下三階なんてない」

「え? 地下三階は、存在していない?」

「うん、存在しない。ステラ・マリス神殿は、地下二階よ」


 リブラが、私を見る。

 ――私たちの行く場所は、ここだね。


 私が、リブラを見る。

 ――えぇ、決まりね。



「でも、なんでシェラタン家に置いてあったのかな?」

「え? エリースは、知らないの? シェラタン家は、もともと聖職者の一族だったのよ」

「え? ……聖職者?」


 そういえば、公爵位を得たのはリゲルがいたからだと、お父様は言っていた。


 それまでは、神殿にいた? もしかして……ステラ・マリスに仕えていた?


「えぇ。シェラタン家は、魔力に秀でていたから祭事にかかせない一族だったと聞いているわ。『聖職者は独身でなくてはならない』というのは今のしきたりで、昔は聖職者も結婚して子供をもうけることが普通だったのよ。それが、ベテルギウスの時代に聖職者の妻帯が禁止され、やがて厳禁となったの。シェラタン家は、リゲルがベテルギウスの妃になった時に公爵位を得て、そのまま聖職から離れたのよ」


 また、ベテルギウスの時代。

 ――リゲルだ。


 一体、彼女は何を隠しているの? 魔法も、神殿も……リゲルは、何を隠したかったの? 

 もし、私がリゲルなら、アークトゥルスを憎んでいたなら……私は、何を隠す?


 ――アークトゥルスを解放する方法?


 だとしたら、あのサイコは……何がしたいの? サイコの目的は、なに? どうして、私の名前を知っていたの?



 ――ナヴィガトリア。



 やっぱり、ナヴィガトリアが気になる。ステラ・マリスが渡したとされる、トルマリン。盲目の人が言ってた、知られてはならない相手。


 きっと……ステラ・マリス神殿の地下三階に、ナヴィガトリアがある。



 そして、それが――すべての謎を解く鍵となるはず。




 そう……思っていた。


 でも、まさかナヴィガトリアを探しに行って、夏目に会うことになるなんて、この時の私は思ってもいなかった。






『久しぶり、セーラ』

 

 声には、聞き覚えがあった。懐かしい声。よく知る声。


「夏目……? 本当に、夏目なの? 一体、何がどうなっているの?」


 手が鏡から、伸びてきた。


『セーラ、一緒に来て』 

「説明が、先よ」

『真実を知る覚悟がある?』

「そういう質問の仕方は、好きじゃない」

『それなら、質問を変えるよ。セーラ、すべての真実を知りたい?』


 答えは、決まっている。


「あぁ、知りたい」


 頷くと、鏡から差し出された手を取った。空間移動の魔法が発動し、しんと静まり返った霧に包まれた世界にいた。


 本当に、夏目なの?


 早くも迷いが生じた。あのサイコが、何かしていることも大いに考えられる。


『セーラ』


 私のよく知る夏目が、立っていた。


「本当に……夏目なの?」

『正真正銘、僕だよ。でも、それを信じるかどうかはセーラ次第だけどね』


 その言い方に、なぜか安堵を覚えた。


「夏目が、私をsignの世界に連れてきたの? それに……ここは、どこなの? ここは、signの世界じゃないみたいだけど?」


 周りを見回すと、あたり一面霧だけだった。他には、何もない。


『説明が難しいんだけど、僕の記憶……かな? いや、僕の意識の中の方が近いかもしれないね』

「どっちでもいいけど、もっと明るい空間にしてよ。不気味すぎる」

『ははっ、セーラが好きに装飾していいよ』

「有難い申し出だけど、今はゆっくりしてられないの。みんなが心配しているから、ヴィーたちのところに戻らないと」

『しばらくは、ここにいなくちゃダメだよ』

「え?」

『ここなら、トリカの魔法も届かないからね』

「……トリカ?」


 夏目は、頷いた。


『こっちに来て』


 夏目に言われたけど、足が動かなかった。急に不安が、胸に突き刺さってきた。この空間からは、古の魔法を感じる。体が痺れるような感覚になる。


『セーラ、見て』


 夏目が鏡の前に手をかざすと、鏡の表面が波立ち……メサルティムが見えた。その美しい顔を苦痛でゆがめていた。

 

「メサルティム?」

『違う。彼女の名前は、ナヴィガトリカ』

「ナヴィガトリカ? ナヴィガトリアじゃなくて??」

『言葉は、変わっていくものだよ。彼女が、ナヴィガトリカ。セーラは、もうトリカと話しているよ』

「話しているって……まさか、あのサイコ!?」

『そう、彼女がトリカ』

「あいつ、頭が完全にいかれているわよ! 性格が、ひん曲がってるから!!」

『そんなことない。トリカは……可哀想な子なんだよ』

「……かわいそう? あのサイコが? かわいそうなのは、お父様よ!」

『そうかもしれないね』

「そうかもじゃなくて、そうなの! あのサイコがお父様に何をしたと思う? 彼女は、最低なんだから」

『セーラは、トリカが嫌い?』

「嫌い!」

『どうして?』

「好きになる要素が、一つもないから!」

『セーラらしいね。さぁ、準備はいい?』

「は? 何の準備?」


 鏡から手が伸びてきた時、思わず逃げ出そうとしたが、手のひらに私の瞳と同じ色のバイカラーのトルマリンがのっているのを見て、動けなくなった。


『触って』

「ねぇ、夏目。これを触って、本当に……大丈夫?」

『全ての真実に、連れて行ってあげる』

「私の質問に、答えてないわよ」

『大丈夫だよ。ただ、はじまりの物語を教えてあげるだけ』

「はじまり?」

『そう。セーラとセイリオスの物語』

「セイリオス? セイリオスって、誰?」

『焼き焦がす者』

「はぁ?」

『セーラが愛した……アークトゥルス』

「え?」

『そして、今も変わらずに愛しているアークトゥルス』


 ーーえ?


「どういう……意味? あのサイコは、アークトゥルスが奴隷扱いされている条件の世界だから、私ヴィーを選んだって言っていた。同じ人間でも最初の条件が違っていたら、行動も考えも変わってくるって。それは、私が前は違うことしたって意味なんじゃないの? 私が……リゲルだったんじゃないの?」

『違うよ。リゲルは、セーラじゃない』

「でも、夢を見たの。あれは、リゲルだった時の夢でしょ?」

『どんな夢?』

「……人が殺される夢。家族や友達、周りの人……みんながアークトゥルスに殺されて、必死で逃げる夢」

『その夢は、リゲルじゃない。……トリカだよ、トリカの過去の記憶』

「トリカの? なんで?? どうして、私がサイコの過去を夢に見ていたの?」

『その体が、トリカのクローンだから』

「でも……クローンは、ただ遺伝子情報が同じだけだろ? 記憶まで植え付けるなんて、不可能でしょ?」

『僕たちの世界ではね。でも、この世界には魔法がある。トリカが、どうやったかはわからないけど……セーラの潜在意識にアークトゥルスを憎むようにしたかかったから、自分の記憶をその体に刻みこんだんだと思う』

「どうして、そんなことを? そんなことをして、一体……何の意味がある?」

『トリカは、セーラがアークトゥルスを選ばない世界を見たかったんだと思う。闘犬を楽しむセーラを、見たかったんだろうね。……ごめんね、セーラ』

「なんで、夏目が謝るの?」

 

 夏目は、柔和な笑顔を見せた。だけど、その笑顔は今まで見たことないほど悲しそうで……。


「夏目、大丈夫?」

『セーラ、ごめんね。僕が……』

「夏目?」

『何でもない。さぁ、行こう。






……はじまりの世界へ』


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