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時を遡ろう


 ――時を遡ろう。






「えっ!? ヴィー、今なんて言ったの!?」


 あまりの衝撃に、勢いよくベッドから立ち上がった。そんな私の様子を気にするでもなく、ヴィーは笑顔を浮かべていた。


 レグルスのこと、従属の証のこと、私の発作のこと、アークトゥルスのこと。ヴィーと話したいことは、たくさんあった。離れていた間に、色々知ったことをちゃんと話し合っておきたかった。

 だから、秘密のお茶会に誘った。真実だけの話し合いをしたかった。真実を聞くのが怖い、と会話を避けようとは思わなかった。


 私は、ヴィーを信じている。

 ヴィーの言葉を、怖いとは思わない。

 

 だから、ベッドの上でシーツを被り、秘密のお茶会を開催したのだけど…………ヴィーが放った言葉は、私の想像とは違っていた。私は内心、ヴィーは知らないのでないかと思っていた。もし知っていたとしても、従属の証が私についていたとしても……つけるつもりなどなくて、だと思っていた。


 なのに、ヴィーは迷いなく言った。


「証? うん、つけた」


 申し訳なさそうにすることもなく、『当たり前だろ? 何を言っているんだ?』と、私がおかしなことを聞いているみたいなテンションで言葉を返された。


 私の……この気持ちをわかってくれるだろうか?


 『開いた口が塞がらない』とはまさに、今の私にピッタリの言葉だと思う。私は、そのまま四秒か五秒くらい呆然としていた。

 そしたら、固まっている私に……ヴィーがなんて言ったと思う? 「胸を触りたい」って、すでに胸を触りながら言ってきたのよ! 思いっきり、ぶん殴ったよね! 

 どうして、この状況で私の胸を触れるの?! それが、証を刻む行為なんじゃないの?!


「セーラ? 何を怒っているんだ?」

「私が…………なんで、怒っていると思う?」

「セーラ、好きだよ」

「……よくこの状況で、愛を語れるわね?」

「俺は、いつでもセーラに愛を語れる」

「私は、怒ってるのよ!!」

「怒っているセーラも可愛い」

「はぁ!?」

「照れるなよ」

「照れてないわよ! 本心よ!! いま、現在進行形で怒っているの!」

「だから、何に怒っているんだ?」

「はぁ~。なんで、わからないの?! ヴィー、わざとやってるのっ!?」

「いや、本当にわからない……」

「どうして、従属の証を私につけたのよ?!」

「……は?」


 ん? 既視感デジャブ

 ヴィーが少し前の私と同じように、口を開けたまま固まっている。


「ヴィー?」

「……従属の証って、なんだ?」


 …………これは、話が食い違っているわね、うん。


「その前に、ヴィーが言っている証のことを教えて。一体、何の証を私につけたの?」

つがいの証だよ」

「えぇぇぇえ!?」


 番の証!?

 また想像の斜め上の返答が来たけど!!


「俺たちは人間と違って、一生でただ一人の相手とだけ番う。だから、初めて交尾する時には必ず番の証をつける。その証によって、誰かの番だとわかるようになるんだ。そして、俺たちは誰かの証がついた者に、手を出すことはない。それは――絶対の掟」

 

 ヴィーは私を抱き寄せると、額を撫でる。


「だから、俺は気に入っている。証を見ていると、セーラは俺のものだと実感がもてる。俺はセーラを……独り占めにしたい」


 顔に、熱が集まっていくのがわかる。さっきまでの怒りが消えていき、ただただ顔が熱い。たぶん、私の顔は真っ赤になっているに違いない。


「え〜とさ、うん。確認なんだけど、ヴィーには今も証が見えている?」

「あぁ、見えているよ。……セーラは、見えていないのか?」

「うん。私は、一度しか見たことない」


 そう、一度だけ……あの発作の時だけ。


「証は怒っていたり、興奮していたり、感情が昂っている時に、濃く現れるんだ。セーラは人間だから、証が濃くなっている時にしか見えないのかもしれない」


 本の内容と、全然違う。たぶん……犬と人間とでは、見解の相違があるのかも。まぁ、わざと隠したって可能性も捨てられないけどね。なにせsignの世界の本は、嘘ばかりだから。

 

「セーラは、番の証をつけたことを怒ってるいるのか? ごめん、悪かったよ。俺にとっては普通のことでも、セーラにとっては違うってこと、頭になかった」

「……怒ってない。でも、少し気になることがある」

「気になること?」

「胸を触ることは、番の証と関係ないの?」

「番になるための儀式で、唯一の相手への誓いだ。その儀式をしてから、番の証を刻むんだ」

 

 結婚式の誓いのキスと同じ意味があるのだろう……って、なんか恥ずかしい! 照れてる場合じゃない。まだ聞きたいことがあるんだから。


「もう一つ、教えて。私の持っている本に『金瞳に魅せられた人間は、彼を主人として崇拝し、仕えて愛するようになる。望みは、主人のそばにいることだけ。そして、金瞳に魅了された者の体には、従属の証が刻まれる。そばを離れると激痛が襲い、酷い苦しみが待っている。放っておくと何度も発作を起こし、最後には死に至る。従属の証を刻まれた人間は、レグルスと呼ばれていた』と書いてあったの。そして……本に書かれていた発作が、私にもあった」

「……え? 俺は……そんな話、聞いたことない。そんなこと……」


 金瞳がヴィーの動揺を表すように、うろうろ動いている。


「落ち着いて、大丈夫。今は、発作は起きてないから」

「でも、起きたんだろ? それは、いつ? いつ、起きたんだ? どれくらいの頻度で、発作が起きている? 本当に、今は起きていないのか?」

「えっと……初めて発作が起きたのは、王宮に行って少し経ってから。最初は二〜三日に一回くらいだったけど、間隔がどんどん狭まって隔日になって……その後は、ほぼ毎日に起こしていた。でも、今は全く起きてない」


 二人で数秒見つめ合った後、ヴィーが口を開いた。


「番になると、離れることはない。俺たちにとって、番は一人だけ」

「私がヴィーのそばを離れたから? 『そばを離れると激痛が襲い、酷い苦しみが待っている』は、真実ってこと? ヴィーにも番の証がついているの?」

「あぁ、俺にもついている。証は交尾をすることで、同時に同じマークが刻まれる。そのマークは、番によって少しずつ違っていて、その違いで誰の番かわかるようになっているんだ」

「それなら、ヴィーも発作が起きていたの?」

「いや、俺には何も起きなかった。……その理由も、セーラが人間だからなのかもしれない。俺たちは、同族以外を番にすることは……ほとんどないんだ」

「ほとんど?」

「……俺は、聞いたことがない。もし、本当に……」


 ヴィーが言うだろうことがわかったから、手で口を押さえる。不安そうに怯えるように揺れる瞳が、瞬きもせずに私を見つめていた。金瞳の奥に、今までなかった後悔の色が見えた。ヴィーの額に眉間からうっすらと影が走った。口から手を離し、その影を優しくなぞる。


「ヴィー、私と一緒にいてくれる?」


 私の口から出た声は、穏やかだった。私の心も、その声と同じくらいに穏やかだった。


「……あぁ、ずっと一緒にいる。セーラのそばから離れない」


 キスをせがむように顔を上げると、すぐに望んだキスをくれた。熱くて……激しくて……何も考えられず、ただヴィーを受け入れることしかできないようなキスだった。


「愛している」

 ヴィーが唇と唇をつけたまま、言った。

「……どうにか、なりそうなほどに」

 


 私もどうにかなりそうなほど……愛している。



 不安に思うことは何もない。

 だって、私たちは……ずっと一緒なんだから。


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