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強くなりたい


 お父様に、なんて声をかけていいのかわからないまま、時間だけが過ぎた。やっとお父様と会話ができたのはオービットに行く、別れ際だった。


「エリース。すまないが、少し時間が欲しい。聞きたいこともあるだろう。だが、今は……冷静に話せそうもない。許しておくれ」


 絞り出すように言葉を紡ぐお父様の目には、深い悲しみの色があった。


「お父様が謝ることなんて……何もありません。私こそ……ごめんなさい、本当に……」

 

 お父様の顔は見ていられなくて視線を逸らそうとする自分を叱咤し、お父様を見ながら言った。


「エリース、自分を責めてはいけない。責める必要もない。私は、お前を責めてなどいない。わかっているね?」


 お父様の声は、変わらず優しかった。その言葉に嘘はない、と教えてくれた。


「……はい、お父様」

「落ち着いたら、話そう。私は、エリースの味方だよ。お前たちの幸せを願っている。……もう行きなさい、ヴィーと一緒に」


 それ以上の会話は、必要なかった。ただ、私は精一杯お父様を抱きしめ、お父様も私を強く抱きかえしてくれた。


 ……お父様は、とても傷ついている。それがわかっているのに、慰めてあげる方法がわからない。お父様に聞きたいこともあるけど、どの質問もお父様を傷つけてしまう気がして、何も聞くことができなかった。お父様の傷を開いてまで、聞くことではない。それに、その傷をつけたのは……私だから。 


 でも……

 だからこそ、強くなりたい。


 悩んでいたって、後悔していたって、何もならない。後ろばかり振り向いて“今”を頑張らないで、どうするの? “今”を全力で精一杯頑張ることくらいしか、私にはできない。謝っているだけじゃ、変わらない。


 ――私は、お父様が愛したお母様を取り戻す! 

 

 あの人は、人形に感情などないと言った。でも、そうじゃないと思う。あの人は……真実だけを語っていたわけじゃない。真実の中に嘘を混ぜていた、真実に近い嘘を。まるでリゲルが書いた魔法書のように、肝心なことをわざと隠している。そんな気がする。

 寮で王子に押し倒されていた人形は、泣いていた。涙は光の加減だったかもしれないけど、助けて欲しいと私に訴えていた。あの時感じた、手を刺すような痛みを今も覚えている。あの痛みは、お母様が私に助けを求めていたからなのではないだろうか?


 お父様の愛する、メサルティムは存在する。


 正直、この仮定があたっていたら……自分がしたことが、人形を使ったことが、心に重くのしかかる。でも、お父様にお母様を返してあげられることができるなら、耐えられる。


 私も、優しく笑うお母様に会いたい。

 きっとお母様も、お父様のそばに帰りたいと思っているはず。



 私は、やる! 絶対に!!

 私なら、できる! 絶対に!!

 私は、やればできる女なんだから!



 よし! 今後の目標は、決まった!

 ……だけど、その前に"今"起きている問題を解決しなくてはならない。そう、“今”の問題。


 それは、私にへばりついているヴィーのこと。


 私たちは、深呼吸したくなるような木の匂いに包まれた部屋で、文字通りに二人きり。屋敷のように私の世話をしてくれる人は、誰一人いない。私はヴィーの足のあいだに座り、後ろから羽交い締め状態で身動きができずにいる。


「ヴィー。顔が見えないから、少し離れて」

「やだ」

「やだって……少し体を動かすだけだよ。これじゃ、ヴィーの顔が見えない。顔を見て、話したいの」

「……何の話?」

「ヴィーが、私に聞きたい話。気になっていることが、あるんでしょ? 聞いていいよ」

「ナツメユーリって、誰だ?」

「私の親友」

「シンユウって、なに?」

「親しい友達。一番仲がいい友達」

「一番?」

「ちがうから。ヴィーが考えているような、一番じゃない。友達の中での、一番ってこと。夏目とは、付き合いが長いの。二歳の時から、ずっと一緒にいたから」


 顔は見えないけど腕の力が強まったから、やっぱりヴィーは勘違いしている。


「だから、ちがうって。私にとって夏目は、一番仲のいい友達で、親友。でも、リブラもキャプリコーンも私の親友。全員が、一位なの」

「全員、一位?」

「そう、みんな一位。友達の中で、三人が私の一番。だから、三人に何かあったら、全力で助けてあげたいと思う。でも、抱きしめたいとは思わない。キスしたいとも思わない。いつも一緒にいたいとも思わない。私が抱きしめたいと思うのも、キスしたいと思うのも、いつも一緒にいたいと思うのも、ヴィーだけだよ。私が愛しているのは、ヴィーだけ。だから、何も不安に思うことなんてない。私は、ヴィーのそばにいる。一緒に行こうって、最初に行ったのは私だよ? 忘れた?」

「忘れてない」

「私がヴィーと一緒にいたい、と思ったの」

「……セラユーリ、って? 『セーラ』は、本当の名前じゃないのか?」


 あぁ、そういうこと。私が本当の名前を教えてないと思って、不貞腐れているわけね。


「『瀬良 優梨』は、私の本名だよ。『瀬良』は苗字で、『優梨』が私の名前。でも、私を『優梨』って呼ぶ人はいなかったの。さっき話した夏目の名前も、私と同じ『ゆうり』で、私の周りの皆が夏目のことを『ゆうり』って呼んでいた。だから、『ゆうり』は私の名前だけど、自分の名前って感じがしないの。私の両親も……前にいた世界のね。親も私のことを『セーラ』って呼んでいたし、私の本名じゃないけど、私にとって『セーラ』が私の名前って気がする。だから、あの時も……ヴィーに名前を教えた時、私は『セーラ』と言ったの。はじめは、ヴィーにも『エリース』と名乗るつもりだった。この世界での私は、エリースだから。でも、ヴィーには……私の本当の名前で呼んでほしいと思った。この世界で、私のことを『セーラ』と呼ぶのはヴィーだけ。私が『セーラ』と呼ばれていたことを知っているのも、ヴィーだけだよ」


 ヴィーの腕の力が少し弱まったのを感じて、後ろを振り向く。そして、ゆっくり手を伸ばしヴィーの頬に触れ、キスをした。まずは軽く。それだけで唇を離すと、ヴィーを見る。ヴィーは身動きもせず、怯えたような、そのくせひどく淋しげな表情を浮かべて瞬きもせず、私を見つめていた。


「私が誰か一人を選べと言われたら、それはヴィーだよ」


 さっき言えなかった答えを告げる。ヴィーは、このことも気にしているはず。


「すぐに答えられなかったのは、別に悩んでいたとかじゃない。選べないと思ったわけじゃない。ただ、質問の意図がわからなくて、困惑していただけ」


 話しながら、目はヴィーの瞳から離さない。真実だよと訴えかける。


「ヴィーが不安になることなんて、何もない」


 知りたいことは、たくさんある。やるべきことも、たくさんある。考えなきゃいけないことも、たくさんある。レグルスのことも、マークのことも、発作のことも、ヴィーと話さないといけない。でも、今はヴィーの気持ちに寄り添いたい。


「私は、ヴィーが好きだよ」

 ――ヴィーの不安を、拭いたい。


「俺も、セーラが好きだ」

 ――私の不安も、消し去りたい。


 そして、もっと強くなりたい。不安な心に、負けないように。

 愛されるのも、愛するのも、勇気が必要なんだと思う。思い切って飛んで、それにすべてかける勇気が。


 私は、ヴィーを愛している。


 ヴィーが、ヴィーだから好きなの。アークトゥルスが、血と殺戮の一族? 私には、そんなの関係ない。

 

 地球と金星は、双子星。

 私たちは、ずっと一緒だよ。

 二人で笑っていよう、手を繋いでいよう。



 だから、不安にならないで。

 私は、ヴィーの手を離さないから。






 何があっても……。


 






【 第二章 完 】



 第二章完結です。ここまで読んでくださり、ありがとうございました。ブクマ・評価・いいねをしてくださった方、本当にありがとうございます。とても嬉しいです。まだの方は、ポチッとしていただけると励みになります。


 そして、今回で二章完結です。次は番外編として、ヴィー視点のお話を一話投稿します(^^)その後、三章へと続きます。最後までお付き合い、よろしくお願いします。

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