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メサルティム


「そろそろ、動揺してもいい頃よ」


 そう言うメサルティムの目は、空のような澄んだ青で……陽の光を浴びてキラキラと輝いていた。


 ――何を言っているの? 


 私は、すでに動揺しまくっている。心臓はおかしいくらい早く鼓動しているし、握りしめている手は汗でびっしょりだ。



 彼女が言っているユーリは、誰?

 ――ユーリって、夏目のこと?



「正解よ、セラユーリさん」



 ――え?

 なんで? 私の名前を知っている?



「私が教えたのよ、ハヌルにね。どうして、ハヌルが知っているのかを聞きたかったのでしょう? はい、無事に解決できたわね。次は、私からの質問よ。あなたは……誰を選ぶのかしら?」



 ――え?

 …………誰を……選ぶ?



「二人のうち、一人よ」


 メサルティムは、面白そうに私を見た。


「わからない? だいぶ、ヒントを出してあげていると思うのだけど? 簡単な二択問題よ。その金瞳か、――ナツメユーリか。……あなたは、どちらを選ぶ? どちらの手を取る? はい、答えていいわよ」


「一体、……何を言っているの?」


 やっぱり、夏目は……この世界にいるの?


「セラユーリさんは、すぐには選べないって。金瞳さんとセラユーリさんとでは、愛の大きさが違うみたいね。かわいそうな、金瞳さん。あなたはセラユーリさん以外は、いらないと思っているのに……殺したいと思っているのに」

「?! ヴィーは、そんなこと思っていない!」

「どうして?」

「どうしてって……当たり前でしょ! ヴィーが、そんなこと思うはずがない!」

「殺すわよ」


 あまりに早い切り返しに、息を飲んだ。それでも、言い返さなきゃと言葉を掴む。


「そんなことしない。ヴィーが、そんなことをするわけがない」

「そんなことをするわけがない? ふふ、そう。するわけがない、ね。でも、金瞳さんは殺すわ。そして、一度味わったら忘れることなんて……できない」


 メサルティムは床を軽く蹴って舞いあがり、腰をかがませてヴィーの耳もとに顔を近づけた。


「金瞳さんは、わかっているのでしょう? それが怖くて、必死で抑えこんでいるのだから」


 メサルティムはヴィーの顔を覗きこむようにして、顔を近づけていた。


「補足をしてあげる。セラユーリさんに、きちんと理解して欲しいから。この場合の『怖くて』は人を殺すのが『怖くて』ではなくて、セラユーリさんに本当の自分を知られるのが『怖くて』よ」


 ヴィーが、唇を噛んだ。

 メサルティムは、ヴィーの脈拍を確認するように指で喉に軽く触れた。そして、ヴィーの瞳をとらえて言葉を続けた。


「いつまでも、隠すことはできないわよ。……いえ、いつまでも我慢なんてできない、が正しいかしら? ね? 金瞳さん」


 メサルティムの目は、ヴィーを探るように見ると、視線を私の方へと動かした。そして、まるで飲んだばかりのワインを味わうかのように舌を下唇の上に走らせた。そして、今度は私に向けて口を開いた。


「ねぇ、セラユーリさん。そうなったら、あなたはどうする? 金瞳が人を殺したら……それでも、愛していられる? この化け物のそばにいられる? あっ、でも、もうレグルスなのよね? ははっ。本当に、あなたたちは最高よ。きっと、これから……もっと面白くなるわ」

 

 メサルティムは楽しそうに言いながら、こっちに向かって近寄ってくる。


「あなたは、オルサ王の妃にもなれたのよ。王子にも愛されて、二代に渡って寵愛されることができた。それなのに、あなたは……金瞳を選んだ。たくさんある選択肢の中で、この化け物を選んだのよ」


 その声には、笑いを含まれていた。


「血は皮膚の下にあって、見ることはできない。では、愛は?」

「何が言いたいのか、わからない」

「ふふ。それでは、金瞳さん。セラユーリさんは、本当にあなたを愛してくれていると思う? ……縛られているわけではなくて」


 手が震えているのを感じた。彼女を殴ってしまいたい衝動にかられていた。


「いいかげんにして! ヴィー、こんな頭のおかしい人の言うことなんて気にすることないからね!」


 すぐに言い返した。しかし、メサルティムの目が針のように鋭くなっているのを見て、恐怖を感じた。


「私に見せてくれる?」

「え……?」

「マークよ、セラユーリさん」


 メサルティムは、微笑んだ。

 


 ――どうして、知っているの?

 さっきから、一体……なんなの……?



 メサルティムは手を伸ばして、私の髪をあげ、額をむき出しにした。そして、消えて見えないはずのマークをなぞった。


「……私の罪は、重くて負いきれません」

「え?」

「ステラ・マリスは言った。『私の罪は、重くて負いきれません』と」



 どうして、いきなりステラ・マリスが出てきたの? 彼女は、一体何が言いたいの? さっぱり、わからない。わかることは、彼女の頭がおかしいってこと。完全にイカれてる。



「ふふふ、そうかもしれないわね。私は気が狂うほどに、愛に飢えているのよ。ハヌルと違って、人形を愛するなんてことができないからね。……人形を愛した愚かなお兄様に、お礼をしてあげるって言ったのを覚えている? 私は約束を守るから、お兄様の愛するメサルティムのことを教えてあげる」


 メサルティムの目が、お父様を捕らえた。その瞳は、理性的で冷たい、悪魔的にも見える強い光を放っていた。

 

「『私は、メサルティムのために生きている。だから、私のために笑ってほしい』ハヌルが言った言葉よ。覚えている? ふふっ、感動的な言葉よね。私もこの言葉を聞いた時は、泣きそうになってしまったわ。ハヌルの愛するメサルティムは、ここにいる。この部屋にね。……どこだと思う? ヒント①正確には、この部屋にはいない」


 ゆっくりと、お父様に近寄っていく。


「ヒント②いつも、セラユーリさんのそばにある。ヒント③君のメサルティムは……人形よ」



 ――ここにいるけど、ここにいない?

 ――私のそばにある?

 ――メサルティムは、人形?



 ――――人形?




「嘘でしょ?」


 考えついた答えに、背中に氷を当てられたような気がした。


「そんなはず……ない」



 どうしたらいい?

 ……まさか、こんなことって……そんな……。



「セラユーリさん、正解よ。わかりやすいヒントだったでしょう? そう、答えは……エリースの持っている”身代わりくん”人形。あの人形が、ハヌルの愛するメサルティム。私が……ハヌル、あなたからエリースに渡してほしいとお願いした人形。うふふ、気がつかなかったでしょ?」



 

 ――それ以上、話さないで!




「お兄様の愛するメサルティムは、お兄様が大事に守っているエリースによって他の男たちに差し出されていたのよ。何度も、何度も」


 

 ――最悪だ。

 彼女は、わざと相手が一番傷つくだろう言葉を選んでいる。




「何度も他の男に愛を語り、何度も他の男を受け入れ、何度も『もっと』と愛をせがんでいたわ。ハヌルの愛するメサルティムは、いつだって喜んで……」




 ――それ以上、言わせない!!

 



 左手で魔法を操り、疾風をメサルティムに向けて放とうとした瞬間、操っている風が抑え込まれる。底力のこもった重い空気が、音もなく重苦しく私にのしかかってくる。


「ふふふ、私に怒るのは筋が違うわよ。よく考えて、セラユーリさん。私が、したわけではない。――あなたが、したのよ」


 空気が、さらに重くなる。すくむのをこらえ、ぐっと両足を踏ん張る。だけど、体が重みに耐えきれずに、足下がふらつく。それでも、彼女に負けたくなくて、押し返すように風を操る。

 

「思い出して、ごらんなさい。あなたが自分で選んで、自分の意思で、ハヌルの愛するメサルティムに男たちの相手をさせたのよ」


 空気が濃く重くドロリと液体化して、生温かい糊のようにねばねばと皮膚にまとわりついてくるようだった。メサルティムは、笑顔だった。


「私は、ただ人形を渡してほしいとお願いしただけ。その人形を渡す判断をしたのはハヌルで、その人形を使ったのはエリース。……セラユーリさん、あなたなのだから」


 一気に、空気が軽くなる。私の周りの風が、霧散する。そのまま座りこみそうなった私を、ヴィーが抱きとめた。私は、ヴィーの腕にすがりついた。メサルティムの言葉を受け止めきれずに……。


 ――――私は……総愛され主人公に、なりたくなかっただけ。


 ただ……それだけ。

 私は、誰かを傷つけるつもりなんてなかった。



「はははっ、そんなに気にしなくて大丈夫よ。ただの人形なのだから。人形に、感情なんてないわ。あなたも王子たちに、完璧な理想像をみせてあげていたでしょう? 相手が望む、完璧な相手をね。そして、人形はあなたの指示通りに従ってくれていたでしょう? 何度でも」


 私は、ヴィーの胸に顔を寄せた。ヴィーの鼓動を聞きながら、ヴィーの温かい体温にすがりついていた。ヴィーは、そんな私を抱きしめる。 


「ハヌル、あなたには感謝しているわ。こんな素晴らしい二人を、見せてくれたのだから。だけど……あなたは、私の言いつけを守らなかった。それは、とても良くないことよ」


 お父様は、何も言わなかった。私からは、表情すらも見えなかった。


「……はじめから、そのつもりだったんでしょ?」


 声が、微かに震えていた。感情が涙になって、あふれ出た。まばたきをすると、しずくがヴィーの胸を伝って流れていく。


「何のこと? 私がわかっていたって言いたいの? さすがに、私だって未来を見ることはできないわ。ただ……そうなったら、面白いなと思っていたことは認める。だけど、ハヌルが私の言うことをきちんと聞いていれば、真実を告げるつもりはなかったのよ。言ったわよね? 私は優しい、って」


 メサルティムは、晴れやかに笑っていた。


「それじゃあ、そろそろ行くわ。私の目的は、達成したからね。また会える日を楽しみにしているわ、セラユーリさん」


 その言葉と共にメサルティムの体は崩れるように倒れたが、お父様がしっかりとその体を抱き止めていた。



 それから――部屋には、沈黙だけだった。

 穏やかで温かな沈黙ではなく、切なく悲しい沈黙だった。一言も口がきけず、胸が切なさで硬直していた。



『あなたには、神の御加護がある。幸運を祈るわ、セラユーリさん』


 メサルティムの声だけが、頭に響いていた。あの時と同じように、自分の奥深くから……。


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