私たちは、ずっと一緒だよ
部屋には陽が差し込んでいて、ヴィーの姿がはっきり見えた。ヴィーは、部屋の片隅に座っていた。身動きもせず、じっとうずくまっている。手荒くあつかえば砕け散ってしまいそうなほど弱っている姿に、胸が締め付けられた。
「ヴィー」
精一杯、冷静に言ったつもりだったのに、声はかすかに震えて、早くも視界は滲み始めていた。
「ヴィー」
もう一度呼んだ。でも、ヴィーは私を見てくれない。
「ヴィー」
何度呼んでもヴィーの目は閉じたまま、体はピクリとも動かない。ヴィーのそばまで歩いて行くと、膝をついて抱きしめた。そして、ヴィーの額に自分の額をくっつける。
「ヴィー、私だよ。戻ってきたんだ」
――答えは、なかった。
ヴィーの顔をなでる。
――なんの反応もない。
ヴィーを軽く揺さぶる。
「ヴィー、お願いだから……目を開けてくれ」
そう懇願すると、ヴィーのまぶたがゆっくりと開いた。私の好きな金瞳がのぞく。その金瞳が……私を捕らえた。目が合った瞬間、二人の呼吸が同調したような一体感に襲われた。
ヴィーは私の後頭部に手を添えて、強く抱きしめてきた。あまりの強さに逃げようとする体を無視して、あやすようにヴィーの背中をなでる。
「セーラ。俺は……どうしたらいいのか、ずっと考えていたんだ」
少し震えたような小さな声で、ヴィーは呟いた。
「俺は、何もできない。セーラに何かあったのかもしれないのに……もしかしたら、セーラが危ない目にあっているかもしれないのに」
消えてしまいそうなくらい、弱く、儚い声だった。
「ヴィー、心配をかけてごめんね。でも、もう大丈夫だよ」
髪を優しく撫でながら、言った。少しでもヴィーが安心できるように。でも、ヴィーは私を抱きしめたまま、何も答えなかった。
「ヴィー、本当にごめん」
ヴィーの顔を見ようとしたが、ヴィーの腕がきつくなり、私は動いてはならないのだと悟った。私は動かず、黙って待った。
やがて、ヴィーがとても静かに話し出した。
「俺は、何もできない。セーラがこの部屋に戻って来るまで、何もわからない。もし……俺が人間なら、ここから出て探しに行くこともできただろう。でも、俺ができるのは……ただ待つことだけ」
「ごめん、ほんとに」
「俺は……怖かった。もうセーラが戻ってこないかもしれないと、怖くてたまらなかった。檻の中にいた時、一度もこんな気持ちになったことはなかった。死にそうになった時も、こんな気持ちにはならなかった。俺は……。セーラ、俺は……怖くてたまらなかったんだ」
ヴィーが、泣いている気がした。微かに震えていて、その震えが私にも伝わってきて……私は両腕をヴィーにまわし、ぎゅっと抱きしめた。
温かい体温を感じながら、ヴィーと初めて会ったアルドラでの数日を思い出していた。
――檻の中で、丸まって眠っていた姿を。
――悲しみに揺れていた、金瞳を。
――背中を撫でてくれた、温かい手を。
――笑いかけてくれた、優しい笑顔を。
当時の感情が戻ってくる。
私は、あの時、すでにヴィーを好きになっていたのだと思う。だって、ヴィーをもっと知りたいと思った。また会いたいと思った。悲しい顔を見たくないと思った。一人じゃないと慰めてあげたいと思った。
――私は、金瞳に魅了されたわけじゃない。ヴィーの優しさに、心の強さに、惹かれたの。
太陽が沈んで、夜になると輝きだす星の中で“一番星”と呼ばれる特別な星。夜になって最初に輝きだす、とても美しくきれいな星。それが、金星。ヴィーの瞳のように金色に輝く星。まるで、ヴィーのような星だと思った。
私にとって……ヴィーは、出会った時から特別な存在だった。
やっぱり、あの本は真実ではない。もちろん、少しの真実はあると思う。だけど、すべてが真実なわけじゃない。
アークトゥルスがどんな種族なのか、私はちゃんと理解していないかもしれない。でも、そんなことなんて、どうでもいい。
――私は、ヴィーを信じる。
「ヴィー、私たちはずっと一緒だよ。もう離れない、絶対に」
They lived happily ever after. : それから私たちは、ずっと幸せに暮らしました。
と……なったらいいけど、現実はお伽話と違って『ever after』では終わらない。この後、私はアルフェラッツに死ぬほど怒られた。
それは、そうだよね。魔法を使い過ぎて魔力が枯渇して倒れたくせに、魔法を使って屋敷に戻ったのだから。
でも、無意識に魔法を使ってたんだよ! 気がついたら、部屋だったんだ!! ……なんて、もちろん言えるわけもなく「ごめんなさい」とひたすら謝り続けた。
そして、切々と説教を受けている間、ヴィーは私の後ろから張り付くようにくっついており……それが、またアルフェラッツの機嫌を悪くしていた。ヴィーに向かって「離れなさい」と穢らわしい虫でも振り払うような声で言っても、ヴィーは言葉がわからない振りで徹底的に無視を決めこんでいた。
アルフェラッツが私にヴィーに離れるように言いなさいと目で言ってきたけど、まるで捨てられた犬のような表情をするヴィーにそんなとが言えるわけもなく、アルフェラッツに曖昧な笑顔を向けることしかできなかった。
そんな私の反応が、またアルフェラッツの逆鱗に触れて……まるでループのような時間を過ごす羽目になったのは言うまでもない。
無限ループの攻防に疲れ切った私がお父様と話せたのは、アルフェラッツから解放されてから数時間後のことだった。メサルティムが眠る部屋で。
そして、その部屋で……
私は、
――――思いもしない人に会った。




