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え? いま、なんて言ったの?


「ねぇ、夏目。クローンで、同じ人間ができると思う?」

「できない」

「答えるのが、速すぎる! 少しは、考えてよ!」

「答えを知っているんだから、考える時間なんて必要ないよ。人間の能力や性格は、遺伝子が三割程度。残りの七割は、育った環境による後天的なものの影響によって形成される。オリジナルと全く同じ環境で育てることなんて不可能だから、たとえ同じ遺伝子情報を持っていても全く同じ人間になんて、なり得ない。どんなに、外見が似ていてもね」

「だよね」

「どうして、いきなりクローンの話?」

「昨日、本で読んだの。恋人を失って、その恋人に会いたい一心でクローンを作る話。現実的には、できるのかなって」

「本は、フィクションだからね。現実問題として外見だけでなく、性格や行動までもオリジナルと同じものを求めるとしたら、それは無理な話だよ。いくら遺伝子情報が同じでも、全く同じ人間を作ることはできない。オリジナルの遺伝子情報を持った別の人だよ」



 私は、夢を見ている。断片的な夢を次々と……昔の私の世界にいた時の夢。



「セーラは、“自分を好きな相手”と“自分が好きな相手”をどちらかを選ばなくてはならないとしたら、どうする?」

「その二択で? うーん、……どちらかしか選べないなら、“自分を好きな相手”がいいかな。やっぱり好きだと言ってもらえたら嬉しいし、その人を私も好きになれるかもしれないし」

「セーラらしくない答え」

「どういう意味?」

「『必ずうまくいくに違いないと信じるからこそ、結果がついてくる。私は、自分を信じている。諦めさえしなければ、きっと夢が叶うと信じたい。私は、諦めたくない!』って言っていたのは、誰だっけ?」

「……夏目の記憶力が、凄すぎるんだけど。それ……受験の時に私が言った言葉でしょ? でもね、受験と恋愛はちがうと思う」

「『すべてのことに、当てはまる!』とも言っていたと思うけど?」

「……さすがに、怖いから」

「安心していいよ。僕だって、全部の言葉を覚えているわけじゃない。ただ、あの時、セーラのことをカッコいいと思ったんだよ」

「夏目が、私を?」

「そう。それに、セーラらしいなって思ったんだ。セーラの、そういう考え方がいいなって」

「…………今回の私の答えがご期待に添えなくて、申し訳ありませんね。それで、夏目の答えは? “自分を好きな相手”と“自分が好きな相手”の、どっちを選ぶ?」

「僕? 僕は“自分が好きな相手”だよ。片想いでも、愛する人と一緒にいたいからね。その方が幸せだし、その相手もいつか僕を愛してくれるかもしれない。たとえ短い時間でも、好きな人といられる幸せを選ぶよ。まぁ、僕の問題は、その愛する人に出会えないことだけどね」

「次々と付き合っているくせに……どの口が言ってるの?」

「付き合ってはいないよ。ただ、試しているだけ」

「……夏目って、案外最低だよね」

「そうかな? でも、それでもいいと言ってくれているよ」

「はいはい。じゃあ、これからも頑張って探し続けてください。もし、見つかったら紹介してね」

「もちろん。セーラには、一番に紹介するよ」

「夏目がどんな相手を選ぶのか、楽しみにしているよ」





「セーラ、起きて」

 ……夏目? 私は、起きたくない。まだ、眠っていたい。



「セーラ、起きて。もう少し、頑張って」

 ……もう結構、頑張ったよ。少し疲れたから、休ませてよ。



「セーラ、起きて。お願いだから」

 どうしたのよ? そんな切羽詰まったを出して。夏目らしくない。



「セーラ、お願いだから……」

 わかった、わかったわよ。起きるから…………



 夏目の声に反応するように、目を開けた。


 目の前にある顔が誰なのか、わからなかった。その人物は、瞬きもせずに私を見つめてくる。頭の半分は、まだ温かい湯船に浸かっているような気分で、はっきりとしない。でも、記憶はすぐに頭の中に帰ってきた。


 ――そうだ、ここはsignの世界。

 目の前の人物は……


 

「エリース様!」


 そう、この人は……アルフェラッツ。そして、ここは……ここは、どこ? シェラタン家の屋敷じゃない。今いる部屋からは、板張りの壁と天井に囲まれた木のぬくもりを感じる。部屋全体から木の香りが漂う、思わず深呼吸をしたくなるような……signの世界では、初めての木の部屋。

 

「アルフェラッツ、ここは……どこ?」

「ここは、オービットです」


 オービット? 


 オービットって、どこだっけ?? 聞いたことがあるような気がするけど……。オービット……オービット……オービット……。


「わかりませんか? オルサ国は、ミーティア、フィックフト、オービットの三国に挟まれています」


 ――そうだ!!

 資源豊かな国、オービット!


 思わず起き上がると、頭に鈍い痛みが走った。顔をしかめて、嫌そうな声を上げる。


「まだ、横になっていてください。エリース様は、自分の容量以上の魔法を使ったために、魔力が枯渇して倒れていたのです。自分がどんな状態だったか、わかりますか? 魔法を使い過ぎて限界を超えれば、肉体が損傷するということもあるのは、ご存じですよね? そのまま、死に至ることもあります。もう目が覚めないかもしれないと、旦那様がどれほど心配されていたか……」


 その声は、アルフェラッツらしくない怒気をはらんでいた。旦那様がと言っているけど、アルフェラッツ自身も心配してくれていたのが、痛いほどわかる。


『ジェミナイが何をするか分からなかったし、手錠のせいで魔法も使えないし、頭もはっきりしなかった。あの場所に長く居れば居るほど、状況が悪化すると思った』


 そんな言い訳を言おうとしたけれど、言えるわけがなかった。


「ごめんなさい」

 言えたのは、この一言だけ。


「エリース様を見つけたのは、旦那様です。それから、すぐに治療を開始して…………本当に、ご無事で何よりです。どこか具合が悪いところは、ありませんか?」

「大丈夫。すこし頭がぼんやりとしていたけど、今は平気」

「本当に、ご無事で何よりです。旦那様が心配していますので、エリース様が目覚めたことを連絡してきます。しばらく……」

「アルフェラッツ、ちょっと待って!! さきに、どうして、私たちがオービットにいるのか教えて! なんで、オービットに?」

「あぁ、申し訳ありません。何も説明していませんでしたね。『体調を崩していたエリース様は、リブラ様に誘拐されたことで、さらに体調が悪化。そして、それが原因の一因となり、シェラタン家の奇病を発病した』ということになっております。そのため、エリース様が二人いるわけにはいきませんので、オルサ国を離れ、オービットにいるわけです」


 さすが、お父様! 行動力が凄い! まさか、眠っている間にすべてが終わっているとは思わなかった。


 さすが、お父様! 用意周到! まさか、知らない間にオルサ国を出ているとは。


 ……あれ? でも、そうなると”身代わりくん”は、誰が?


「お父様が”身代わりくん”魔法を使っているの?」

「いえ。旦那様は、その魔法を使うことはできません」

「じゃあ、誰が?」

「答えるのが難しいのですが、メサルティム様がというべきでしょうか……」


 ――メサルティム!?


「お母様が、帰って来ているってこと!?」

「いえ、そういうことではありません。そうではなくて、メサルティム様をエリース様だと偽っているだけです」

「……え? ……………それって……よくバレなかったね」

「メサルティム様とエリース様は、よく似ています。ですから、眠っている状態でエリース様ではないと見抜くことは、難しいでしょう」


 ……たしかにメサルティムとエリースは、生き写しのようによく似ている。それに、メサルティムは年を全くとっていない。もし、そのことをオルサ王が知らなければ、疑うことすらしないだろう。


「それで、陛下は……納得してくれたの?」

「いくらオルサ王といえども、実際に発病したエリース様をご覧になれば……まぁ、色々ありましたが、最終的に側室の件は、白紙に戻ることになりました」


 色々ね……うん、聞かない方がいいよね。とにかく、お父様! 本当に、ありがとう!!


「では、失礼します」

「ちょっと、待って!!」

「まだ何か気になることが、ありますか?」

「ヴィーは? ヴィーは、どうしている? 屋敷を出てから、だいぶ経っているけど、ヴィーにも説明してくれている?」

「…………エリース様。前にも言いましたが、犬にあまり心酔しすぎませんように」

「小言はいいから、ヴィーに早く……」

「小言では、ありません。いいですか、エリース様。あれは、犬です。犬は犬であって、人間ではありません。犬に何を説明するのですか? 説明する必要などありません」


 アルフェラッツが、私の言葉をさえぎって言った。そんなことは初めてだった。

 

「……アルフェラッツ。ヴィーは、犬じゃないよ」


 アルフェラッツは私から視線を外すと、顔をふせた。そして、呟くように言った。


「エリース様は、本当の犬のことをご存じではありません」

「そんなことない。私は、知っている。それにらアルフェラッツ。私はね、……エリースじゃないんだよ」


 もう自分を偽るのは、おしまい。エリースではなく、本当の自分でいたい。私にとって大切な人たちには、真実を伝えたい。


「エリース様ですよ」

「たしかに見た目は、そうかもしれない。だけど……」

「エリース様は、エリース様です」

「だから、そうじゃなくて……私はさ」


「セラユーリだから、と言いたいのですか?」




 ――――え?

 今、なんて……言ったの?



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