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ゲームの主人公にはなりません

 

「エリース、素晴らしいよ。一緒に……」


 エリースと一緒にいる攻略対象者が誰なのか、私にはわからない。何をしているのかも知らない。知りたくもない。

 攻略対象者は、朝昼夜と時間を気にすることなく訪れるため、部屋に戻るとそのままクローゼットに直行し、人形をソファに置く。そして、ドアに魔法をかけて……本を読んだり、仮眠をとったりしている。

 私の生み出した”身代わりくん”は、ドアが開くと同時に発動する。発動と同時に、自分の中の魔法が動き出すのを感じる。その魔法の流れを丁寧に操り、攻略対象者が見たいエリースの姿を見せる。その間、私は絶対にクローゼットを開けない! 


 ――何も見たくない!

 相手が誰かなんて、どうでもいい!!


 このsignのコンセプトである『どの星座と恋に落ちますか?』からわかるように、攻略対象者は全部で十二人。アリース、トーラス、ジェミナイ、キャンサー、リオ、ヴァーゴ、リブラ、スコーピオ、サジタリアス 、キャプリコーン、アクエリアス、パイシース。

 

 ……多すぎるでしょ?


 普通、恋愛ゲームの攻略対象者が二桁なんてことはない。ちなみに、二番目のトーラスから八番目スコーピオまでが、第一王子から第七王子(正確には、第一・第二・第四・第五・第七が王子。第三・第六は王女)である。この時点で、制作者の投げやりっぷりが浮き彫りになっていると思う。

 学園は、十四歳から十八歳までの生徒が通う。たった五年間なのに、攻略対象者の王子と王女の七人全員が学園に通っている。

 王妃様の他に数人の側室がいたとしても、密すぎるでしょ! ……と、つっこまずにはいられない。しかも、この王子・王女たちは全員がストロベリーブロンドと紫の瞳をしている。

 ストロベリーブロンドとは暗いところで見ると普通の金髪のように見えるけど、太陽の下では、ほんのりとピンク色に見える金髪のこと。王子・王女たちの髪はピンク髪に加えて、太陽の光に反応して天使の輪ができる。この天使の輪が、王族の血を引く証でもある。紫の瞳も王族にのみに、現れる色彩であるらしい。そのため、紫は最高位の色とされて、禁色扱い(禁色とは、王族以外が身につけることを禁止している色のこと)になっている。

 紫を身につけることは、王族の証。だから、王族たちは皆、紫色の宝石を身につけている。ちなみに、七人の王子・王女たちは全員ピアスをしている。

 

 一番年上である十八歳の第一王子、トーラス。彼は、透明感がある鮮やかな紫色のアメジストのピアスを身につけている。


 十七歳の第二王子、ジェミナイ。彼のピアスは、見る角度によって青や紫色へと変化するタンザナイト。


 十六歳の第三王女、キャンサー。彼女のピアスは、青紫色のバイオレットサファイア。


 同じく十六歳の第四王子、リオ。ピアスは、淡い紫色を持つバイオレットモルガナイト。 


 十五歳の第五王子、ヴァーゴ。彼のピアスは、深い紫色のスピネル。


 そして、エリースと同じ十四歳の第六王女、リブラ。ピアスは、赤紫色のロードライトガーネット。


 最後が、同じく十四歳の第七王子、スコーピオ。ピアスは、クリーミーな薄い紫色のラベンダー翡翠。


 ちなみに、見た目では王子・王女たちの見分けがつかない。ゲームのイラストでさえ、この五人と二人を描きわけられていなかった。その状態が、signでも起きている。第一なのか第二なのか、第三なのか第六なのか、全く区別がつかない。

 だけど、私は恋愛をしている設定なので、彼らの名前を間違えるわけにはいかない。そこで、魔法チートである私はピアスを調べる選別魔法をあみ出し、誰だかを分かるようになった。


 さすが、私! 

 不可能を可能にするなんて!


 ……だけど、どうせ魔法が使えるならもっとちがう魔法を使いたかった。エリースは魔法チート設定だというのに、私が使っているのは人形を自分の身代わりにする”身代わりくん”魔法。攻略対象者がいた部屋を元通りにする浄化魔法とドアを開けただけで”身代わりくん”魔法を発動させる自動発動魔法。そして、王子を見分けるための選別魔法。


 ……もっと、心躍るような魔法を使いたい。

 

 だけど、私にはこの四つの魔法に磨きをかけることが大事! それが、この学園にいるために必至! 

 そう毎日言い聞かせて、自分の魔法と向き合ってきた。その努力が身を結び、今の私は四つの魔法がかなり上達した。


 まずは、”身代わりくん”魔法。

 学園に来るまでは半径ニメートル以内にいないと発動が難しかったけど、今ではある程度の距離があっても魔法操作することが可能になった。なおかつ、少しでも早く満足して帰ってほしいという切なる願いから相手の妄想を完璧に具現化することができるようになった。もちろん、私は部屋で何をしているかは知らない。何を話しているのかも知らない。


 クローゼットから出ないからね! 

 私は、何も見ない! 何も聞かない!


 改善点としては、攻略対象者の声すら聞きたくないので防音魔法が必要だと思っている。


 ――頑張れ、私!!


 二つ目の浄化魔法は、魚座の『浄化』魔法。攻略対象者は半分以上が王子と王女、残りは貴族である。彼らは、掃除や後片付けというものを知らない。歯の浮くような愛の言葉を囁き、見回り時間の十二時前に帰っていく。出て行った後の惨状は……私を憂鬱な気持ちにさせる。だけど、私が開発した浄化魔法を唱えるだけで……すべてが元通り!


 ――素晴らしい!


 この浄化魔法も磨きをかけ、初めのうちはクローゼットから出て惨状を見ながらでないと魔法をかけられなかったが、今は相手が帰った瞬間にクローゼット内から魔法をかけることができるようになった。


 ――すごいよ、私!!


 ドアを開けただけで、魔法を発動させることできる自動発動魔法。この魔法は乙女座『快適性』魔法と山羊座『助言』魔法を組み合わせたもので、これさえあれば攻略対象者がいつ来るのかと心配する必要も怯える必要もない。


 ――さすが、私!!


 そして、最後の選別魔法。これは、どうでもいい情報を覚える必要がなくなり、ストレスフリーで過ごせる便利魔法。牡牛座『研ぎ澄まされた五感』魔法と山羊座『助言』魔法を組み合わせものである。

 最近、この選別魔法に磨きをかけてピアスを調べるだけで、名前が頭に浮かぶ魔法へとスキルアップした。……なんて無駄な魔法の使い方をしているのだろうと自分でも虚しくなる時もあるけど、この魔法たちが私にとっての生命線である。


 攻略対象者は、七人の王子と王女だけではない。他に、あと五人いる。まずは、特殊な一番上のアリースから説明しよう。 


 アリースは、エリース本人である。『What’s your sign?(あなたの星座は、何ですか?』のゲームには○○ルートがないと言っていたが、唯一『アリースルート』というのが存在する。

 このアリースルートは闇堕ちと呼ばれており、エリースはギリシャ神話のナルシスのようになる。ナルシスとは、水に映った自分の姿に恋をして、そのまま水の中の少年から離れることができなくなり、やせ細って死んでしまったというギリシャ神話に出てくる美少年である。

 このルートのエリースは、自分を愛し、自分だけの世界で生きることになる。鏡に映る自分の姿を見て過ごしていたが、人は誰しも年をとる。しかし、このルートのエリースは鏡に映る自分の老いを受け入れることができなかった。老いの恐怖に心が壊れ……完全に狂ってしまう。そして、最後は領民に殺される、というダークな展開が用意されている。


 ……うん、これも回避したい。


 残りの四人の攻略対象者だけど、十四歳時点で攻略できるのはサジタリアスとキャプリコーン。


 サジタリアスは、ゾディアック学園の教師である。アッシュブロンドにグレーの瞳。整い過ぎた顔立ちは、彫刻した人形のような印象を与えるが、恋愛に発展するとツンデレになる。


 もう一人のキャプリコーンは、明るいムードメーカー的な性格で、友達から恋愛に発展するクラスメイト。ゴールデンブロンドに、緑の瞳の伯爵家の次男坊である。もちろん、キャプリコーンも美形だ。少し垂れ気味の目が、人懐っこい印象を与える。


 七人の王子・王女もだけど、攻略対象者は全員が美形である。signには、美形以外は登場しない。そんな美の大洪水状態の世界にいても、私の心は少しも揺らぐことはない。夏目の美の顔面暴力に長年耐えてきたおかげで、美形揃いに愛の言葉を囁かれても動揺すらしないでいられる。


 ――ありがとう、夏目。

 

 夏目に感謝の意を唱えたところで、リップ音が聞こえてきた。



「……エリース、愛しているよ」


 ……まだ、いたの?

 早く、帰ってよ。


「エリース、君は本当に美しい。どんな風にしていても、どんな時でも美しい。そして……可憐だ」


 だから、早く帰って……。


 誰だかわからない攻略対象者が甘い声で囁くのを聞きながら、私は早急に防音魔法をあみ出そうと決意した。

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