お父様、それは……
私は、必死で考えた。一睡もすることなく、考えて、考えて、考えまくった。
だけど…………
大した案は、出てこなかった。
どうにか絞り出した案は、『誰か一人を選ぶことなどできません』と言って逃げる。『こんな事態になってしまった自分を悔い改めるために、ひっそりどこかで暮らしていきます』と言って逃げる。
一晩寝ずに考えた結果が、これなのが情けない。こうなれば、もう精神論でどうにかするしかない。
どうにか、なる!
どうにか、してみせる!
――私なら、絶対にできる!
頑張れ、私!!
そして、王に謁見する前にお父様と話さなければ。私の考えたことを話したい。この方法で逃げようと思う、と伝えておきたい。これ以上、お父様に迷惑をかけることは避けたい。
そのことをアルフェラッツに伝えたら、お父様が時間を作ってくれると言ってくれた。
お父様は、やっぱりいい人だと思う。
お父様なら、きっと助けてくれる……そう思ってしまう。
空を見上げると、青空が広がっていた。雲一つない青。その青を見ていると、根拠のない自信が湧いてくる。
――きっと、大丈夫!
馬車に乗りこむ前に、屋敷を振り返る。ヴィーに会えないまま、王宮に行かなければならない。
ヴィーは、大丈夫だろうか?
左手で「風」を呼ぶ。すると、すぐに暖かな風が左手をなでてくる。大丈夫? と心配してくれるように。
その優しい風に『ヴィーを守って』と伝えて、地下牢に向けて放つ。風が私の周りをクルクルと旋回してから、ヴィーの元へ向かって行った。
「エリース様」
アルフェラッツに呼ばれて、馬車に乗りこむ……と、そこにはお父様がいた。
時間を作ってくれることになっていたが、まさか移動中だとは思っていなかった私は動揺して、馬車から落ちそうになった。どうしていいかわからず、その体勢で固まっていると、お父様が視線だけで座りなさいと言ってくれた。
馬車が動きだしても、二人の間は沈黙だけだった。厚い壁のように手で触れられそうな沈黙が、二人の間に立っていた。
どれくらい沈黙が続いただろう。
沈黙に耐え切れなくて、「お父様」と声をかけた。黙ったままでは、不安や妄想が頭に溢れ返ってしまいそうで我慢できなかった。
「今回の件、本当に申し訳ありませんでした。私の考えが足りなかったと、反省しています。ですが、王子との結婚は考えられません。そこで……」
「シェラタン家が最高爵位である公爵を賜ったのは、リゲルがいたからだ」
………………ん?
全く私の言葉を無視したお父様の言葉に、何を言ったのか理解するのに時間がかかった。
いま、リゲルって言った?
どうして、リゲル?
シェラタン家に、何の関係が?
「エリースは、リゲルを知っているか?」
「……はい、ベテルギウスの寵愛を受けていたと。そして、魔法の基礎を作った人だと聞いています」
お父様は満足したように頷くと、言葉を続ける。
「元々シェラタン家は魔法に秀でた一族だったが、その中でもリゲルは別格だった。エリースが見つけた『黄道十二星座』は、シェラタン家に代々受け継いできたもので、お前が十八になったら、渡すつもりでいた」
……え?
「あの本から、魔法を覚えたと言っただろう? お前が魔法を使っていることは、前から知っていたよ。学園から移動魔法を使って、帰ってきていることも」
……え??
「私もシェラタン家の者だから、魔法を使える。でも、お前が人形を操っていることは……わからなかった」
「本当に、申し訳ありません。私の考えが足らなかったと思っています。お父様にも、王子様たちにも」
「わかっている。昨日は自分と重ねてしまって、感情的になりすぎた」
……自分と、重ねる?
「お父様。それは、どういう意味ですか?」
「その話は、今回の件が落ち着いてからにしよう。とりあえず王子の件は、私に任せなさい。お前は心配しなくても、大丈夫だから」
「……ありがとうございます。お父様に、お任せします」
「メサルティムは、お前の心配をしていた」
お父様は手を伸ばし、私の頬に触れた。
「……お父様?」
「メサルティムは、強い人だった。私とは、ちがって」
また沈黙が、訪れた。馬車が揺れる音が、耳にこだましていた。
「これだけは、忘れないでほしい」
お父様の声は、柔らかった。
「私は……私たちは、お前の味方だよ」
お父様は手を引っ込めたけど、その目は温かった。
「エリース。これから話すことを、よく聞きなさい。まず一つ。王宮内では、魔法を使わないこと」
「え?」
「絶対とは言わない。どうしても使わなければならない時は、迷わず使いなさい。だけど、むやみやたらに使ってはいけない。いいね?」
「……はい、わかりました」
「そして、もう一つ。王宮内では、言動に気をつけること。どこにいても、すべて聞かれていると思っていい」
「……はい、気をつけます」
「そして、最後の一つ。王子と結婚することになったとしても、きちんとお受けすること」
――⁉︎
「お父様! それは、できません! 私は……」
「落ち着きなさい。いいかい、エリース。シェラタン家には、代々奇病がある。その奇病にメサルティムも患い、今も眠ったままだ」
……え?
「でも、お母様はシェラタン家の人間ではないですよね? シェラタン家の奇病というのなら、シェラタンの血筋の人にしか発病しないのではないですか?」
「エリース、何を言っている? メサルティムは、私の妹だ」
――――はぁ⁉︎⁉︎
いま、初めて知りました。お父様とお母様は、兄妹だったんですね。全く似てないですね。
そうかぁ。
二人は、兄妹だったんですね。
……さすが、signの世界。この世界には、近親相姦という言葉はないのだろうか? まぁ、歴史を見てみれば、ハプスブルク家なんて近親交配を続けて権力を持ち続けていたし、それ以前に子どもはトルマリンの力で産まれるというぶっ飛んでいる世界だから、別に兄妹でも驚くことではない。うん、すごいびっくりしたけど。
えっと、なんの話をしてたっけ?
衝撃が大きすぎて……そうだ、病気だ!!
「ですが、その奇病と今回の結婚話がどう繋がるのですか?」
「わからないかい? シェラタン家の奇病の正体は、エリースがすでに使っている魔法なんだよ」
――すでに、使っている?
まさか…………
「眠っているのはお母様ではなく、人形ということですか?」
「メサルティムは少し特殊だが、屋敷で眠っているのは…………たしかに人形だよ」
「では、本当のお母様は、どこかにいるということですか?」
「…………そういうことだ」
「王子との結婚をお受けして、その後……私はシェラタン家の奇病になるということですね?」
「あぁ、そういうことだ」
お父様は、悪そうな笑みを見せた。私も解決策が見つかって、緊張が解けて笑みが漏れた。
「それと、ヴィーは地下牢には入れてないから、安心しなさい。今もお前の部屋にいる。お前の帰りを待っているはずだ。お前がヴィーを信じるのなら、私もヴィーを信じよう。エリース、信じると決めた相手は最後まで信じなさい。そして、一度繋いだ手を決して離してはいけない。何があっても……」
私は、signの世界が嫌い。でも、このsignの世界にも、私の好きな人たちがいる。私を好きだと、言ってくれる人たちがいる。
夏目、signの世界も悪くないよ。私は、優しい人たちに囲ませれている。私には、信頼できる人たちがいる。
「お父様、ありがとうございます」




