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お父様、話を聞いてください!


「エリース、どういうことかな?」

 

 目の前には、お父様。

 その質問に、答えられない私。


「……結婚は、したくありません」

「エリース、相手は王族だ。こちらから断ることができると思うかい? それは、お前もわかっているだろう?」

「……でも、私はまだ十七です」

「もうすぐ、十八になる。十八になったら、すぐに婚姻を結びたいと言ってきている。第一王子のトーラス様と第二王子のジェミナイ様と第四王子のリオ様と第五王子のヴァーゴ様と第七王子のスコーピオ様から、申し入れがあった。そして、全員がエリースと付き合っているそうだ。……エリース、どういうことなのか説明しておくれ」


 ……どういうことって言われても、説明が難しい。「付き合っていません」とは、言えない。私としては一度たりとも付き合った覚えはないが、王子たちからすれば付き合っていたことに間違いはないのだから。


「それは……その、結婚とは別の話で……」

「王子たちが言っていることは、間違いではない?」

「……その、間違いではないのですが………」


 私じゃなくて”身代わりくん”だけど、王子たちの中ではエリースであることに間違いない。でも……結婚なんて、できるはずがない。待っていてくれると、王子たちは皆言ってくれていたのに。どうして、話を進めようとするのよ!


「お父様。私は、誰とも結婚するつもりはありません」

「エリース、そんなことが通じると思っているのか? それに、私は『なぜ、五人の王子と付き合っているのか』を聞いているんだよ。その説明に、なっていない」


 説明と言われても……ただ『総愛され主人公になりたくなかった』という理由しかない。でも、どうやって説明すればいい? すべてを話す? 


「エリース。お前は、事の大きさを理解しているか?」

「……申し訳ありません。ですが、私は結婚するつもりは全くないのです」

「お前が結婚したくないというのは、わかった。私は『なぜ、結婚をする気もないのに付き合っているのか』と聞いている。どうして複数の……しかも、王子五人となんて…………お前は、一体何を考えているんだ? 今日は、もういい。また明日話そう。それと……ヴィーをどうするかも、考えておきさい」

「え? それは、どういう……意味ですか?」

「王子との結婚が決まれば、愛玩犬を連れていくことはできない」

「お父様! ヴィーは、愛玩犬ではありません!」

「私も、そう思っていたよ」

「お父様! 待ってください。説明しますから! 私は……ちがうんです。…………王子様たちとは、お付き合いをしていません」


 お父様は、一瞬考えるように視線を上にあげたが、「話を聞こう」と言ってくれた。


 どこまで話していいのか整理できていなかったけど、それでも一つ一つ言葉を選びながら話した。さすがに、自分がエリースではないとは言えなかった。だから、違う世界から来たとも言えず……リブラたちに話したように夢として話した。そして、早送り機能の話や魔法書を頼りに独自で勉強し、魔法を使えるようになったこと、その魔法を使っていたこと、話せる範囲で全て話した。


 お父様は、最後まで聞いてくれた。何も言わずに、ただ静かに。途中から目を閉じ、私の言葉を一つも漏らさないというように集中して聞いてくれているように見えた。その姿に、安堵した。


 お父様なら、きっとわかってくれる!


 ――いつも「エリースの望み通りに」と言ってくれたお父様なら、助けてくれる。

 ――犬であるヴィーを受け入れてくれたお父様なら、理解してくれる。



 そう思っていた。

 でも、お父様が言った言葉は……





 「愛玩犬を処分する」





「お父様?!」

「エリース、もう話は終わりだ」

「お父様! 待ってください! どうして……どうして、そうなるのですか?!」

「エリース。……私を失望させるな」

「私の考えが足りなかったと思っています。ですが、ヴィーは、何も関係ありません! お願いですから、考え直してください!」

「明日の午後に、王宮に行くことになっている。お前は陛下に、なんと言うつもりだ? まさかその場で結婚するつもりもなく、王子たちと遊んでいたとでも言うつもりか? それとも魔法を使って、王子たちを謀ったと?」

「それは……」

「オルサ国は絶対王政であり、王族が絶対的な権力を持っている。エリース……なぜ、もっと慎重に行動しなかった?」


 ――何も言い返せなかった。


 私は、何も考えていなかった。……ただ安易に、総愛され主人公になりたくないと思っていただけ。signの世界をわかっていると思い込んで、ただ卒業まで逃げればいいと考えいただけ。


 ここは、ゲームの世界じゃない。


 犬と呼ばれる彼らに会って、そう実感していたのに……その後、何もしようとしなかった。変えたことといえば”身代わりくん”に笑顔で逃げろと指示するようになったことくらい。リブラが何度も言ってくれていたのに、真剣にとらえていなかった。なんだかんだで、どうにかなるって軽く考えていた。


 これから、どうにかしようと思っていた。

 どうにかなると思っていた。

 考えが甘かった行動に起こすのが、遅すぎたのだ。


 でも……



「エリース、もう下がりなさい」



 でも……



「お父様!!」



 でも……諦めるわけには、いかない!



「お願いです。もう一度、考え直してください! 私は、ヴィーが好きなんです。ヴィーが……ヴィーを心から……」


 お父様は、私を見ていなかった。見たくないというに、視線を合わせようともしてくれない。


「お願いです。どうか……ヴィーを処分するなんて言わないでください」

「エリース。あれは犬だ、人間ではない」

「ちがいます! ただ髪の色や肌の色が違うだけで、私たちと変わらない。お父様。犬と呼ばれる彼らと私たちは、同じです」

「お前は、犬の本質を理解していない。犬は……闘うことが本能の生き物だ」

「ちがいます!! お父様も知っているでしょう? ヴィーは、闘うことを嫌がっていた! 犬は闘うことが、好きなわけではないのです! 彼らの気持ちも考えてあげるべきだと思います」

「……では、王子は?」


 え? 王子?


「お前を心から愛している王子は? 自分が愛を語っている相手が、人形だと知らずにいる王子は? 互いに思い合っていると信じている王子に対して、お前は……何も思わないのか? 犬の気持ちを考えるより前に、どうして同じ人間の気持ちを考えてあげられない? エリース……私は、お前は優しい子だと思っていた。人の気持ちがわかる子だと」



 ……王子の、気持ち。


 いま、言われるまで王子の気持ちなんて考えてもいなかった。彼らの言葉を、ちゃんと聞いたことさえなかった。早く帰ってほしい、また何か言っている、そんな風に思っていた。ただ攻略対象者だからって。


 ――――頭から、冷水をかけられた気分だった。


 

「私はお前が愛した相手なら、誰でもいいと思っていた。どんな相手でも構わないと思っていた。たとえ、その相手が………犬であったとしても受け入れようと思っていた。お前が幸せに笑っていてくれるなら、それでいいと思っていたんだ。それなのに、お前は……」


 お父様は片手で頭を押さえ、顎が胸につくほど項垂れていた。



 お父様ら、いつも「エリースの望み通りに」と言ってくれていた。どんな時も私を信用してくれた。私の望みを叶えてくれた。時には、何も言わなくても……私の気持ちを、考えを、常に汲んでくれていた。

 ヴィーが欲しいと言った時も、一人でアルドラに行きたいと言った時も、ヴィーと同じ部屋で過したいと言った時も、わざわざ塔を増築してくれた時も、ヴィーを犬扱いしないように屋敷のみんなに言ってくれた時も……いつだって、私のことを思ってくれていた。



 そのお父様を……私は傷つけている。

 悲しませている。失望させている。


 私は……どうすれば、良かったのだろう? どこで選択を間違えたのだろう? いつだって、最善と思う道を選んだつもりだった。誰かを傷つけるつもりなんてなかった。ただ、総愛され主人公になりたくなかっただけ。


 他にどうすれば、良かったの?

 


「アルフェラッツ、エリースを泉の間へ」



 ――ダメ!



「お父様! 待ってください!! これから、もっと考えて行動します。お父様の意見をちゃんと聞きます。約束しますから! ……だから、ヴィーを処分することは考え直してください。お願いします。どうか……」



 お父様が鋭い目で、私を見た。目が笑っていないたぐいの鋭さではなくて、私の奥の奥を見ようとしているような目だった。だから、私も目を逸らさずにお父様を見返した。

 



 お父様は、無音のため息をついた。




「……アルフェラッツ、犬を…………地下牢へ」



 

 その言葉で、少し緊張がほぐれた。 




「エリース、お前は明日王宮に行くまで泉の間から出ることは許さない。約束を守れるな?」



「……約束します、お父様。ヴィーのこと……ありがとうございます」



 お父様は私を見ることなく、片手で下がるように指示を出した。

 



 …………ごめんなさい、お父様。



 

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