突然の出来事に驚いています
何があったのだろうと思いながら、クローゼットの中から様子を窺おう。何やら怒号のような声と地に響くような重い物音がこもって聞こえてくる。
その音に、身をすくめた。
それくらい物騒な気配がして、クローゼットからすぐに出ることができなかった。音の出どころは、この部屋じゃない。たぶん、バスルームだろう。
私の寮の部屋は、この部屋とバスルームのみ。キャプリコーンの部屋より広いが、部屋数が多いわけではない。
右手の痛みが……さらに、強くなる。
その痛みに意を決して、クローゼットから静かに出ると、バスルームへゆっくりと近づく。
近づくにつれ、声がはっきりと聞こえてきた。
「エリース! どうして俺を拒む⁉︎ どうして、まだ時間が必要なんだ⁉︎」
王族を意味するストロベリーブロンドの髪が、人形を押さえ込んでいた。その姿は、まるで獣が獲物に襲いかかっているように見えた。
「愛しているんだ。……エリース、君だけを!」
『愛している』と言っているのに、その声は怒りと苛立ちを含んでいた。その声に怯えるように、右手に針を刺すような痛みが強くなる。
そして、”身代わりくん”が泣いていた。人形なのに……泣いていた。
人形が涙を流すわけない。朝の光を受け、こぼれ出た一筋の涙のように見えるだけ。……だけど、その涙を見た瞬間、人形に襲いかかっている王子の背中に空気の塊を放っていた。
――ドン!
思ったより、大きな音がした。
王子は、いきなりの不意打ちに前に倒れこんだ。その瞬間を見逃さずに人形を奪い取り、そのままバスルームのドアを閉める。ドアノブを押さえこんで座りこんだが、王子は気絶したらしく、ドアノブが回されることはなかった。
ホッとして息を吐くと、ドアに寄りかかり、人形を見る。
ブロンドの髪、磁器の顔と濡れたように光る青の瞳を持つ、精巧なつくりの人形。その青い瞳に……涙は、なかった。やはり、光の加減で涙に見えただけだったのだろう。でも、”身代わりくん”をもう使いたくないと思った。
「ごめんね」
人形の髪をなでる。ブロンドの髪は、本当に髪のようにサラサラしていている。こんな風に人形に触れるのは、初めてだった。いつも、私の代わりに頑張ってくれていたのに。
――トン、トン、トン。
規則正しく間をおいて、三度ドアをノックする音が聞こえた。
人形を異空間ペンダントにしまうと立ち上がり、ドアの前へと向かう。ドアを開けると、そこに立っていたのは予想外の人物だった。
「お久しぶりです、エリース様。お元気でしたか?」
アルフェラッツが両手を前に重ねて、うやうやしく頭を下げた。
「アルフェラッツ。何か、あったの?」
「エリース様をお迎えにあがりました。旦那様が、すぐに帰ってくるようにと仰っています」
「お父様が? どうして?」
「エリース様に、縁談のお話が来ています」
――え?
「縁談? 誰から?」
「……思い当たる方は、いらっしゃいませんか?」
思い当たる人は、たくさんいる。だけど、王子たちは皆「エリースの心が決まるまで、いつまでも待つよ」と言ってくれた。バスルームで倒れている、一人を除いて。
……あそこに倒れている王子?
あの王子は、誰?
何番目の王子だろうか?
「えっと、だいたいの検討はついたけど……王子様だよね?」
何番目かは、わからないけど……。
アルフェラッツは、じっと私を見た後、大きなため息を吐いた。
「第一王子であらされるトーラス様、第ニ王子であらされるジェミナイ様、第四王子であらされるリオ様、第五王子であらされるヴァーゴ様、第六王子であらされるスコーピオ様の計五名様からの同時の縁談に、旦那様がとても驚いておいでです。エリース様から、ぜひお話が聞きたいとの仰せですので、至急お屋敷にお戻りください。先生方にはすでに連絡済みですので、エリース様の支度が終わりましたら、すぐに出発いたします」
――えっっ?!
どうして……? 時間が欲しいと言ったら、みんな納得してくれていたじゃない! 十八才まで待ってくれると言ってくれたじゃない! なのに、なんで縁談の話をするのよ!!
……ひどく嫌な予感がした。何かまずいことが、持ちあがろうとしている。
そんな気がした。




