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本当の意味


「待って! 本当に、違うから! ヴィーは誤解している! 私は、何もしてないから! したこともないから!! 触り合いをしているのは、私じゃなくて、ヴィー! キャプリコーンが、そう言ったんだから!」

「は? アイツがセーラに、嘘を言ったのか?」


 ヴィーの動きが止まり、顔には強い怒りの色があらわれたのを見て、急いで言い直す。


「違う、違う! “ヴィーが”とは、言ってない! キャプリコーンが言ったのは、ヴィー個人のことじゃなくて……なんていうか、その……犬全体というか、その『犬には発情期があるから』って、そんな噂があるって。そう言っただけで。だから、キャプリコーンは“ヴィーが”なんて言ってないの! キャプリコーンが言ったのは、犬は性に奔放だからって……そういうことで……」

「セーラは、その噂を信じたのか?」

「信じたっていうか……」

「俺に聞きもしないで?」

「聞こうと思ったよ。その結果が、今のこの状況なわけで……」

「あぁ。それで、ちょっとした触れ合い?」

「……そう」


 穴があったら、入りたかった。この気まずさを繕うために何か言葉を続けようと思ったけど、何を言っても墓穴を掘るような気がして、黙って下を向いた。その時、ヴィーがおかしそうに笑った気がした。


「なぁ、セーラ」


 含みあるヴィーの言い方に、嫌な予感がした。

 これからヴィーが発するであろう言葉から逃げよう、と判断するのにかかった時間は、わずか数秒。このままだんまりを決めこみ、逃げようと腰を上げた……が、ヴィーの手が先に私を掴んだ。


「セーラ」


 もう一度名前を呼ばれ、顔を上げる……と、ヴィーの顔は目の前にあり、声も出さずに悲鳴を上げた。その近い距離に我慢できなくて、両手でヴィーの胸を押す。すると、ヴィーは簡単に離れていった。だけど、ヴィーの瞳は見上げるように私の目を捕らえたままだった。その瞳に、私はあげていた腰を下ろした。

 

「セーラ、質問に答えて。どうして、そんな話になった? なんで、そんな話をアイツとしたんだ? アイツと、どんな話をしていたのか……教えてよ」


 ヴィーなら、聞いてくると思った。絶対に、面白がっている!


「ヴィーが思っているようなことは、話してない。キャプリコーンが噂話を思い出して、私に教えてくれただけ」


 全部、間違いだったみたいだけどね! キャプリコーン、あとで思いっきり蹴飛ばしてやるから!


「ふーん、アイツが噂話を思い出して教えてくれた……ね」

「そうよ」

「ふーん」

「本当だからねっ!!」

「犬に発情期があって、変身する? どんな話をしたら、そんな話になるんだろうなぁ」

「だから、私は犬の発情期につながる話なんかしてないから!」

「ふーん」

「嘘じゃない!」

「へぇ〜」

「なによ、その反応! 秘密のお茶会では、嘘はなし。私が言ったんだから、私が嘘をつくはずがないでしょ!」

「わかった、わかった」

「返事は、一回!」

「わかったよ」


「それで、ヴィーがしたいことは?」

 少しでも話を変えたくて、言った。


「ん?」

「さっき、言っていたでしょ? 他にしたいことがあるって。それをしようよ」

「……いいのか?」

「? うん、いいよ」

「後で、やっぱり嫌って言わない?」

「……ヴィーは、私が嫌がることがしたいの?」

「…………」

「なんで、何も答えないの?」

「…………」

「ねぇ、何がしたいの?」

「してくれるか?」

「"何をするか"による」

「……嘘つき」

「嘘なんてついてない!」

「しようって、言った。いいよって、言った。セーラは、嘘つきだ」

「……わかったわよ。するわよ、すればいいんでしょ。で、何がしたいの?」

「胸を触りたい」


 言うと同時に、またヴィーの手が伸びてくる。その手を制して「却下!!」と叫ぶ。


「触ってもいいと、言っただろ?」

「言ってない!」

「俺のしたいことをしていいって、言った」

「していいとは言ったけど、胸を触ってもいいとは言ってない!」

「セーラの嘘つき」


 何が、嘘つきよ! 

 私が悪いみたいに言わないでよ!


「他にしたいことがないの?! なんで、いつも『胸が触りたい』なのよ! 他に言うことがあるでしょ!!」

「嘘偽りなく、何ひとつ隠しだてせず。セーラが言ったんだ」

「だからって……」

「『胸を触る』は、俺たちにとっての誓いなんだ」

「……え?」

「誓いを胸に刻み、閉じこめる。互いの胸に、心臓に、手を置いて、唯一と決めた相手とする誓い』



 じゃあ、初めてヴィーが言った言葉は……

 何度も、ヴィーが言っていた意味は……



「どうして、もっと早くに教えてくれなかったの?」


 思わず、口調を強くなってしまった。すると、ヴィーは悪びれることもなく、私の方に身を乗り出し、頬と頬をよせるように耳元でささやいた。


「セーラの反応が、可愛くて」


 ――?!


 私はパッと体を離し、顔を真っ赤にして、とにかく何か言わなければと言葉を探した。でも、こんな時はいつも言葉が見つからないのだ。


「セーラ」


 呼ばれて、ヴィーを見る。ヴィーの金瞳は、一瞬も揺らぐことなく私を見つめていた。その瞳は、世界でたった一人の相手を見るようで、落ち着かない気持ちにさせる。あまりにも強い視線だから見つめている相手は、自分でなく他の誰かなのではないかという気がしてくるけど、この部屋には私たちしかいない。自分を見ているわけじゃない、と言い訳することすらできない。

 そんなことを思っていると、目の前にヴィーの顔が近くにあり、二人の視線が間近で絡み合った。そして、ヴィーは私のおでこにキスをした。優しく、そっと。

 

「愛している」


 ヴィーの声は甘く、私の体に響き、その振動が伝わったのかのように体が震えた。ヴィーが手をそっとあげて、指の背で頬を撫でた。


「セーラ……」



 ヴィーが、言葉を待っていると思った。

 ――言葉より、大きなものを待っている。



 私は覚悟を決めて、ヴィーの手を制していた手を離す。その手が、微かに震えている。


「私も、愛している」

 

 ヴィーの手が胸の中央、心臓の上に触れる。温かい体温が伝わってくる。私もヴィーの胸に触れる。目を閉じて、耳に意識を集中する。すると、ヴィーの心臓の鼓動が感じられた。鼓動が、どんどん大きくなって、私を包むような気がしてくる。ヴィーの鼓動が、心地良い。

 

いにしえの誓いを魂に刻め。星々の輝きを集め結びつけ、二つの魂を永遠に繋ぐ」


 言い終えると、ヴィーは胸に置いていた手で、また私の頬をなでる。私もヴィーに触れていた手を下ろし、ゆっくり目を開ける。ヴィーの金瞳が、じっと私を見つめていた。そして、ヴィーの唇が挑発的な笑みをかたどり、その笑みに私の息が一瞬、止まった。







 目を覚ました時、私はヴィーの胸に寄り添い、その胸にくるまれていた。そして、ヴィーの指が俺の髪をそっとつまんでいる。私が起きたことに気づくと、ヴィーが軽く唇をよせる。

 

 恥ずかしい……。死ぬほど、恥ずかしい。恥ずかしくて、今日もヴィーの顔が見られない。でも、恥ずかしくてたまらないのに、ヴィーの顔を見たい。相反する気持ちが、私の中で戦っている。

 だけど、やっぱりヴィーを見ていたいという気持ちの方が大きい。少しでも長く目を離していると落ち着かなくなってしまったみたいに。これまで感じたことのない思いが溢れてきて、引き寄せられるようにヴィーの頬に触れる。ヴィーは、そんな私の様子を見つめ、耳元で甘く囁く。


「セーラは、俺のものだ」


 私は、もう一度、目をを閉じた。

 ――ヴィーも私のものだよ、と思いながら。


 こんな日が来るとは、signの世界に来た時は思ってもいなかった。signの世界に来て良かったと、思う日がくるなんて。


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