秘密の話
「ヴィー、なんの話をする?」
「なんでもいいのか?」
「うん、なんでもいいよ。でも、秘密のお茶会では真実を話すこと」
「真実?」
「そう。嘘偽りなく、なにひとつ隠しだてせず」
「わかった。それなら、俺はセーラの"番のお試し"の話を詳しく聞きたい」
「え?」
「話して」
「えっと、特に話すようなことは……ないんだけど」
「どんなヤツだった?」
「……彼は、私と同じ年の物静かな人だった。ねぇ、この話を続けないとダメ?」
「知りたい」
「“番のお試し”って言葉がよくなかったんだと思うけど、本当に短い間だったの。彼は私を好きだと言ってくれたけど、私は彼を好きになれなかった。だから、別れた。はい、この話は終わり! 私も……ヴィーに聞きたいことがあるの。私のことより、ヴィーは?」
キャプリコーンの言葉が、頭の中から消えてくれない。ずっと頭にあるわけではないけど、ふと思い出しては、胸にモヤモヤを残すのだ。
「俺?」
「えっと……その、あのさ。ヴィーって、変身したりする?」
ヴィーが怪訝そうな顔をしたのを見て、言い直した。
「だから……なんか、こう。……例えば、全身に毛が生えるとか、二倍くらいに体が大きくなったりするとか、そういう風に変わったりしないのかなって……」
「なんで、俺に毛が生えるんだ? 二倍に大きくなる? どこから、そんな話になる?」
ヴィーは戸惑っているようだった。まるで私が何を言っているのか理解できないように。
「ちょっと、風の噂で……聞いただけで」
「犬が変身するって?」
「……うん」
「しないよ。だけど、闘う時には爪が伸びたり、牙が鋭くなったりはする。俺たちは、その戦闘状態を『内なる獣を解放する』というけど、毛が生えることも体が大きくなることもない」
「……ごめん、変な質問をして」
「気にしてないよ。他に、俺に聞きたいことはある?」
――ある。
実は……次の質問が本命なんだけど、聞きたくないと思う私もいるわけで……。聞きたくないけど、聞かないと胸のモヤモヤが晴れることはない。
うん! やっぱり、聞かずにはいられない。
「えっと、あのさ……ヴィーは、誰かと番うのは初めて?」
「初めてだ」
「本当に? 一度もない?」
「あるわけがない」
「本当?」
「なんで、疑うんだ? 嘘偽りなく、なにひとつ隠しだてせず、だろ?」
「あぁ。うん、えっと……そうだよね、うん。……じゃあ、あのさ……ヴィーは、私以外の相手とちょっとした触れ合いとかは……したことある?」
「ちょっとした触れ合い? たとえば?」
「え? たとえば? えっと、たとえば……キスとか、お互いで触り合うとか色々あるでしょ?」
「……ないけど」
「え? ないの?」
「ないよ」
「本当に? え? 一度も、ないの? 本当に?? 誰ともしたことない?」
「……俺は…………したことない」
……したこと、ない?
キャプリコーン! あの噂は、本当じゃなかったよ! 私以外の相手が、ヴィーにいなくて……本当に良かった。何が、変身よ。何が、性に奔放よ。嘘ばっかりじゃない! 本だけじゃなく、噂もなんて――さすがsignの世界ね。まったく、もう! 無駄にドキドキさせないでよ!!
「セーラ」
名前を呼ばれてヴィーを見ると、ヴィーの視線はわかりやすく揺れていた。
「? どうし……」
「セーラにとって、キスは……ちょっとした触れ合いなのか?」
――ん?
「お互いに触り合うことが、ちょっとした触れ合いなのか?」
――え?!
ち、ちょっと、これは……もしかして?
「セーラが過去に何をしてきたかは知らないけど、俺は……したことない」
ヴィーは、むっとした顔で私を見ていた。
――嘘でしょ!?
これは、完全に誤解している!!
「ち、ちがうっ!! わ、私だって……そ、そんなことしてないよ!」
焦って発した声はかなり動揺していて、まるで言い訳しているように聞こえた。ヴィーも明らかに信じていない顔で、私を見ている。
……な、なんで、こんなことに?
ヴィーの顔をそれ以上見ていることができずに、握り締めた拳を見つめた。
「俺とも、そのちょっとした触れ合いをしようよ」
耳を疑うような言葉に顔を上げると、ヴィーは感情をむき出しにしたような目を向けていた。
「ちょっ……ヴィー…………ちょっと、待て」
ベッドの端まで、追いやられていた。背中には壁があり、もう逃げ場がない。
「なんでだ? ……なんで、逃げる? 俺に触れられるのが、嫌なのか?」
ヴィーは、身を乗り出していた。
「嫌なわけない! 嫌じゃないんだけど……本当に嫌では、ないんだけど……。ちょっと、落ち着いて話をしよう」
「やだ、聞きたくない」
――完全に、目がいってる!!
「ちょ、ちょっと待って! 絶対に話をするべきだから! 落ち着いて、話をしよう。ね?」
「……わかった。ちょっとした触れ合いをしながら、話を聞くよ」
――全然、わかってないじゃない!!
距離をつめてくるヴィーに待ったをかけるが、全く聞く気のないヴィーの手が伸びてくる。ヴィーの手から逃げながら、情けない声を上げる。
「まっ、待って! 待って!」
お願いだから、待って! 本当に、ちがうんだって! キャプリコーンのせいだからね! キャプリコーンが、犬は性に奔放だって言っていたのよ!
――キャプリコーン!
この状況をどうしてくれるのよっ!!




