もう一冊の「黄道十二星座」
「これは……?」
「魔法書の原典といわれている『黄道十二星座』よ」
「魔法書の原典? この本が?」
「そう。エリースから借りた魔法書と同じ名前の、この本がね。名前だけじゃなくて、中身もよく似ている。だけど、全くの別物よ」
「似ているのに、別物……?」
「読んでみて」
渡された本を開くと、私のよく知る魔法書と同じ作りだった。この魔法書も大きさの違う紙で六段落に分けられていて、六つの章からなっている。
最初の段落には、魔法の要素の説明。そして、その後は三つずつの星座の魔法能力がまとめられている。そこまでは同じ。でも、書かれている内容が違う。相違点より共通点の方が多いけど、肝心なところが抜けている。魔法の核となるものが、曖昧になっている。まるで、わざと隠しているように。
「これを書いたのは、誰なの?」
「リゲルよ」
「リゲル? リゲルって、円形闘技場の名前の由来の? たしか……ベテルギウスの奥さんだよね?」
「正確には、側室よ。ベテルギウスには、他に正妃がいたから。だけど、ベテルギウスはリゲルを得てから、他の者たちには見向きもしなかったと言われている。それほど、リゲルに傾慕していたの。だから、書物には『后』と書かれていることもよくあった。だから、彼女を正妃だと勘違いしている人も多いのよ」
「そのリゲルが、この魔法書を書いたの?」
「そう。リゲルは稀有な美貌だけが注目されることが多いけど、彼女は外見だけの人ではなかったの。とても頭がよくて、人の心理を見抜き、人の気持ちを汲む人だったと言われている。さらに魔法の知識も深く、卓越した魔法の才能もあり、今の魔法の基礎を作ったのよ」
「でも、リゲルが魔法の基礎を作ったなんて、授業で習わらなかった」
「それは……」
「それは?」
「リゲルがベテルギウスに出会ったのは、十七歳の時。その時、ベテルギウスは四十歳を過ぎていて、すでに正妃も子どもたちもいたの。もともとリゲルは、ベテルギウスの息子の妃として推薦されていた人だったのよ」
「それって、息子の相手を父親が奪ったってこと?」
「そういうこと」
「でも、それとリゲルが魔法の基礎を確立したことを隠す理由が、どう関係しているの? 別に息子の相手を取ったからって、それが理由になんてならないでしょ?」
「実は……この話には、まだ続きがあってね。ベテルギウスの息子もリゲルの事が好きで、彼女を妃にしたいと思っていたのよ」
……今後の展開が、わかった気がする。
「当時、ベテルギウスは王として絶大な力を持っていたの。一方で、息子であるベラトリクスは第二王子で力がなかった。それでも、ベラトリクスはリゲルを諦めきれなくて、どうにかリゲルを手に入れようと画策していた。事実かどうかはわからないけど、リゲルもベラトリクスに想いを寄せていたらしいわ。それで、二人は……ベテルギウスと兄を亡き者にした。そして、ベラトリクスがオルサ国の王となった。リゲルは、歴史上ベテルギウスと共に死んだの。でも、実際は全くの別人となって、ベラトリクスの妃の座を手にした」
平和な世界sign。
でも……全然、平和じゃない。
内情は、かなりドロドロだ。
「その後、リゲルは?」
「表舞台から姿を消してしまって、わからないのよ。顔を見られるのを避けて、王宮に閉じこもっていたとも言われるし、若くして亡くなったとも言われている。リゲルのことはタブー扱いだから、その後は語られることも文献に書かれることもなかった。ベラトリクスの妃になったことも、私たち直系の王族しか知らないことよ。だから、この原典の作者はリゲルだけど、リゲルではないの。この本が書かれた時に、彼女は存在しない人だったから。それに……これが、この本が、初めて書かれた魔法書のはずなの。それなのに、エリースの持っている魔法書の方が、明らかに古い。似すぎているから、リゲルがエリースの持っている魔法書を参考にしたのは間違いないと思う」
リゲルは、魔法に詳しかった。その彼女が『黄道十二星座』をわざわざ書き直したのは、どうして?
リゲルは、どうして……こんな魔法書を書いたの? ……本当の、魔法を隠すため?
――それしか、考えられない。
「ねぇ、リブラ。リゲルのことを、もう少し調べることはできる? あと、オルサ国のことも調べてほしいんだけど」
「オルサ国のこと? 何を知りたいの?」
「もっと詳しく、オルサ国のことを知りたい」
「エリース。それ、どういう意味?」
「オルサ国は、ミーティア、フィックフト、オービットの三国に挟まれている。二人は三国のことを、どれくらい知っている?」
「どれくらいって。ミーティアは、緑溢れる国。フィックフトは、海と密接な国。オービットは、資源豊かな国。常識だろ?」
今まで黙って聞いていたキャプリコーンが、口を開いた。
「……何が言いたいの?」
リブラは、質問で返してくる。
「三国は幾度となく争いをしてきたけど、オルサ国は長い歴史の中で、いかなる争いにも参加することはなかった」
「はぁ?」
「エリース、何の話をしているの? 三国の間に争いなんて、起きたことはないわよ」
「歴史の授業では、ね」
「お前、何が言いたいんだ?」
「でも、そんな話……聞いたことない」
「ねぇ、おかしいと思わない? 一度も争いがないなんて」
「別に、おかしくないだろ?」
「……どういうこと?」
「オルサ国の街は、外壁で守られている。それは、どうして? オルビタの街と同じ理由で、何かの魔法がかかっている?」
「おい! 無視か!?」
「それは、ないと思う。そんなことは、聞いたことがない。でも…………私は見たことはないけど、三国とオルサ国の間には、オルビタよりもさらに高い外壁が建っているらしいわ」
「三国はオルサ国の従属国であり、常にオルサ国を守ってきた」
「いい加減にしろよ! 俺の話を無視するな!」
「キャプリコーン、うるさい。……エリース、その話は聞いたことがある」
「え?」
「三国は、オルサ国を守るためにあるって。たしか……オルサ国には、ナヴィガトリアがあるからって」
――ナヴィガトリア!!
「ナヴィガトリア? いま、ナヴィガトリアって言った?! リブラ! ナヴィガトリアって、何のことなの?!」
「それが……かなり前のことだから、はっきり覚えていないの」
えぇぇえええ?!
「そんなぁ。……じゃあ、いつ? どこで、知ったの? それとも、誰かに聞いた?」
「……どうだったかな?」
「リブラ! お願い、思い出してっ!」
――ナヴィガトリアに、知られてはならない。
――ナヴィガトリアが、あるから。
人では、ないの?
「すぐには、無理よ。今は、思い出せない。思い出したら、すぐにエリースに言うから。それと、明日も王宮に行って、もっと色々調べてくるわ」
「……ありがとう、リブラ」
「気にしないで、私も気になるしね。それで、今日はどうだった?」
ん? ……今日は、どうだった? なんのことだっけ? 今日、何かしたっけ??
「お兄様たちとスコーピオに、少し考える時間がほしいと伝えたんでしょ? 早送り機能は、大丈夫だったの?」
――そうだった!!
ヴィーとの事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた!
朝から次々とやって来る王子たちに「これからのことをちゃんと考えたいから、時間がほしい」と告げていた。そして……なんと!! 王子たちを拒否したのに、早送り機能が作動しなかったのよ! 神様、ありがとうっ!
「発動しなかったのよ! 全く、全然、これっぽちもっ!!」
「はぁ〜、しっかりしてよね。こっちは、心配していたんだから! でも、どうして、そんな大事なことを忘れていたのよ。エリース、何かあったの?」
「リブラ! その話を振るな!!」
「え?」
「ねぇ、リブラ。人は、どうしてキスをするのかな?」
「……またかよ。…………もう、勘弁してくれよ」




