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一緒に行こう


 彼は丸まって、まるで猫のように柵の近くで眠っていた。気になっていた手の火傷は、大丈夫そうで少し安心した。


 移動魔法は、厳密に行った場所にしか行けない。柵の中に移動するには、実際に柵の中に入らなければならない。だから、いま、私と彼の間には柵があり、隣に行くことはできない。それでも少しでも彼のそばに近づこうと足が勝手に動き出す、ゆっくり静かに。


 その時、盲目の人が座っていた場所に誰もいないことに気がついた。薄暗い部屋の中を見回しても、あの人の姿が、どこにも……なかった。




 その意味を、瞬時に理解した。




 あの時、回復魔法を彼にかけることができていたら、あの人はここで眠っていたはずだ。……間に合ったのに。回復魔法が彼に……でも、回復魔法で……どこまで治せたのだろうか? 


 あの目に、もう一度光を宿してあげられたのだろうか? 

 あの耳を元の形に戻すことは、できたのだろうか? 

 あの体中にあったすべての傷を、消してあげることはできたのだろうか? 

 たとえ、あの人の命を一時的に救えたとして……それが、あの人のためになったのだろうか? 



 わからない。



 その答えは、私にはわからない。でも、それでも…………私は、あの人を助けたかった。助けられるチャンスが、あの時の私にはあったのに……。



 誰かの気配に、はっとした。



 美しい金色の瞳が、私を見ていた。その瞳は……深い悲しみに満ちていた。その瞳をじっと見返すと、彼は物悲しげに微笑んだ。


 ――彼を抱きしめたい、と思った。


 柵の隙間から手を入れて、彼の頬に触った。本当は、彼を抱きしめてあげたかった。でも、私と彼の間には、柵があって……それができない。


 彼が頬に触れていた私の手に、自分の手を重ねた。


 何か言ってあげたいと思うのに、何を言えばいいのかわからない。言葉がみつからない。でも、一人じゃないと伝えたくて、頬を指先で優しく撫でる。触れている指先から、温かい彼の体温が伝わってきて、まるで私の方が慰められているような気がした。



『会いたかった』



 そう言ったのは、どっちだろう?

 声に出すことなく……彼か、私か、どちらかの瞳が語った。



 ううん、ちがう。どちらかじゃない。

 ……きっと、二人同時だった。





「私と、一緒に行こう」

 自然と声が出た。


 その言葉に彼は少し驚いたように目を揺らした後、微笑んだ。目に浮かんでいた悲しみの影が少し薄くなったような気がしたのは、きっと気のせいではないはず。


「私の瞳、不思議な色をしているでしょ? “アースアイ”って、言うの。青と黄色、オレンジの色が混ざっていて、地球が……海と陸が、瞳の中にあるって意味」


 この世界には、存在しない地球。きっと、彼にはわからない。それでも、話を続ける。


「そして、その地球によく似た星があるの。地球の双子星とも言われる星。それが……金星。あなたの瞳と同じ、金色に輝いて見える星。とても、きれいな星だよ」


 太陽が沈んで、夜になると輝きだす星の中で“一番星”と呼ばれる特別な星。夜になって最初に輝きだす、とても美しくきれいな星。


「その金星は、ヴィーナスって言うの。だから、あなたのことを……ヴィーって呼んでもいい?」


 犬には名前がない、という。それなら、彼に理由ある名前を贈りたかった。


 ――あなたは、特別な存在だと。



 彼は軽く頷いて…………そして、嬉しそうに笑ってくれた。







 一緒に、行こう。

 ――ヴィー、私と一緒に。

   

 








【 第一章 完 】




ここまで読んでいただき、ありがとうございます。まだ続きますが、これで第一章が完結となります。面白かった、気に入ったと思っていただけましたら、ブックマークや評価をよろしくお願いします。

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