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“変態公爵令嬢”になりました

 

 私はエリース・シェラタン、十五歳。

 未成年なのに、“変態公爵令嬢”になりました。でも、物は考えようです。私は、このまま“変態公爵令嬢”として生きていこうと思っています。人生とは開き直りが大事ですから、もう誰にどう思われても構いません。

 “変態公爵令嬢”なので、愛玩犬という名の性奴隷を購入します。闘犬用の犬は連れて帰ることができませんが、愛玩犬は別です。自分の屋敷に連れて帰ることができるのです。連れて帰って、卑猥なことをすることが目的ですから。

 これも後で知ったことですが、成犬になっていない犬を購入することは、とても稀なことらしいです。特に、闘犬大会用に購入する場合は体が出来上がっている犬を選ぶそうで、成犬になっていない犬が欲しいと言った時点で、私は“変態公爵令嬢”となっていたのです、はい。

 でも、“変態公爵令嬢”になったおかげで、成犬ではない犬を購入しても何も問題はありません。もちろん、書類上では、成犬の闘犬購入をしたことになります。なぜ、そんな偽造工作をするかと言いますと、成犬ではない犬の購入は原則禁止とされているからです。だから、成犬ではない犬を買うことは稀なことなのです。


 なぜ、禁止されているのに買うことができたのか? 


 理由は簡単です。金と権力さえあれば、何も問題ありません。そして、その秘密報酬として多額の寄付が檻に入ります。たぶん、プロキオンの私腹を肥やす手伝いをしているのでしょう。はい、腐っています。でも、私は“変態公爵令嬢”なので、気にしません。

 


「エリース様、どうかされましたか?」

「……いま、自分を見つめ直していたところよ」

「それは、とてもいいことだと思います。自分を見つめ直すことによって、自分を深く知ることができます。それは、自分自身を理解することに繋がり、自分自身を理解すれば、自ずと自分の歩む道が見えてきます。旦那様も、そんなエリース様の成長を喜んでくださることでしょう」

「…………そうね」


 お父様の中で、完全に“変態公爵令嬢”になっているけどね! この状態からの成長って、どこに向かっていくのだろう。

 お父様。何も言わずに愛玩犬の購入を許してくれて、ありがとう。“変態公爵令嬢”を受け入れてくれて、ありがとう。多額の寄付をポーンと払ってくれて、ありがとう。感謝の気持ちでいっぱいですが……「誤解です」と言えないために、顔を見ることができません。上手く感謝の言葉も伝えられませんでした。すいません。


 はぁ〜〜〜、やっぱり、私は“変態公爵令嬢”には、なりきれないよ。



「それで、犬の名前は決まりましたか?」

「うん、決まったけど……」

「けど?」

「気に入ってくれるかな?」

「……エリース様。それは、犬がエリース様の付けた名前を気に入るかどうかを心配されている、という意味ではありませんよね?」


 アルフェラッツが言いたい気持ちは、わかる。でも、彼は私と変わらない。あの本に書いてあるのが、嘘なんだ。彼らは知能も低くないし、感情だってある。それなのに……彼らには、名前すらないという。ただ番号で呼ぶだけだ、と。

 それを知って、アルフェラッツに「どんな名前がいいかな?」と聞いたら、変な顔をされ「犬に名前をつけるのですか?」と心底不思議そうに聞かれた。それが、signにおいての犬の存在なのだ。購入した貴族も犬に名前を付けることはしない。彼らは犬で、人間ではない。


 ――名前を付ける必要も…………ない。

   

 また泣きそうになった。最近、涙腺が壊れてきてしまっている。これも、全部signのせいだ! 私は、signの世界が嫌いだ。……でも、今までみたいに嫌いだと言うだけでは済ませられない。気になることがありすぎる。


 もっと、犬について知りたい。

 そう思って、今日は朝から図書館に行ってきた。


 明日は犬の受け渡し日で、手続きが終わり次第、屋敷に帰ることになっている。そのため、今日は図書館で闘犬に関する本を片っ端から読んできた。……が、想像通りと言うべきか、期待外れと言うべきか、どの本も人間側から見たものばかりで真実なのか疑わしいものばかり。真実だろうと思うのは、闘犬の歴史くらいだった。

 闘犬の歴史は古く、かなり前まで遡る。昔は、闘犬同士以外にも他の凶暴な動物とも戦わせていた。それを、闘犬専用のリゲル円形闘技場を建設したオルサ王ベテルギウスによって、闘犬のルールが制定された。

 まず、他の動物との闘いを禁止し、犬同士の闘いのみとした。また、大会の優勝者が誰にでもプロポーズできるというシステムを作ったのも、ベテルギウスだと書かれている。そして、ベテルギウスによって作られたルールが、現在の闘犬の基盤となっている。ちなみに、リゲル円形闘技場のリゲルはベテルギウスの奥さんの名前で、『至宝の輝き』とまで謳われるほどの美貌を持っていたらしい。

 その他は、流し読みで読んでいても憂鬱な気分になるだけの内容で、役立つ情報は何もなかった。


 ひどいのは、犬の生態についてだった。どの本も総じて、『犬は知能が低く、感情が希薄で、闘うことしか頭にない』と書いてある。

 ――彼の笑顔が、彼の金瞳が、彼の手の温かさが……この本に書いてあることは、嘘だと私に教えてくれる。本を読みながら『嘘だ』と頭の中で叫び続けていた。そんな頭の中での攻防に疲れ、もう諦めて帰ろうとした時に……一冊の本を見つけた。本棚の隙間に隠れるようにあったその本は、よく知る薄く黄を帯びたクリーム色をしていた。



 ……同じ、だ。



 シェラタン家にあった魔法書『黄道十二星座』と同じ皮張りで作られており、その本の表紙も歪んでいた。中を開くと、私のよく知る形状をしていた。目次がなく、紙の大きさによって段落に分かれている。




 ――この本に、答えがある。




 そう、確信めいたものを感じた。感じたのに……なぜか、すぐに読むことができなかった。私は迷うことなく、その本を異空間ペンダントに入れると図書館を後にした。必ず返しに来ますと、心の中で謝りながら。そして、今もその本を読むことができずに、異空間ペンダントの中にある。


「エリース様。あまり犬に心酔しすぎないよう、お気をつけください」

「……わかっている」

「本当ですか?」

「…………たぶん」


 普通に人扱いしただけで心酔していると言われるのなら、難しい気がする。だって、私は彼を犬として扱うなんて、できない。

 

 アルフェラッツが私を疑うような表情で見ていたが、何も言うことなく一礼して部屋を出て行った。



 彼は……彼らは、私たちと変わらない。そう言えば、信じてくれるだろうか? 伝えるべきなのか、判断ができない。わかるのは、購入手続きが終わるまでは余計なことは言わない方がいいだろう、ということ。


 大きく深呼吸をして、窓際にあるソファに座ると、異空間ペンダントから二冊の本を取り出す。


 この二冊の本は、同じ人物が作成したものだろう。……今まで気にしたことがなかったけど、『黄道十二星座』の作者は、誰なのだろう? 本のどこにも作者名は、記載されていない。図書館の本の方にも、作者の記載はない。それに、この本は魔法書とは違い、表紙に何も書かれていない。


 なぜか、読むのが怖い気持ちになる。この中に書かれているであろう、真実が……怖い。


 震える手を叱咤し、図書館の本を開く。黄ばんだ最初のページをめくると、魔法書と同じ独特のバニラの匂いが鼻腔をくすぐった。



 中は、……闘犬についての内容じゃない。

 オルサ国の、歴史?



 オルサ国は、ミーティア、フィックフト、オービットの三国に挟まれている。



 ――うん、知っている。



 隣接している三国は、幾度となく争いをしてきたが、オルサ国は長い歴史の中で、いかなる争いにも参加することはなかった。



 ――初めて、知った。



 現在、三国は争いなんてしていない。学園でも争いがあったなんて、習ったことがない。ただ、平和な世界。……それが、sign。

 それを知った時、多少の違和感があったけど「signだし、恋愛するだけのゲームだから、争いをしている場合じゃないわよね」と深く考えたことがなかった。だけど、普通に考えれば有り得ないことだ。

 争いの原因は、色々あるだろう。最初に思いつくのは、資源の争い。たとえば、魔法具を作るのに必要なトルマリン。このトルマリンがたくさん取れる場所を手に入れたい、独占したいと争いが始まる。

 他にも、国によって考え方も違うはずだ。その違いから、争いを起こることもあるだろう。あとは……宗教問題や領土問題。争いが起こる理由は、たくさんある。それなのに、長い歴史の中で一度も争いがないなんて、その方が不自然すぎる。


 この本によると、三国はオルサ国に攻撃をしかけてくることはない、と書かれている。

  


 ――なぜ?



 隣接する三国が争っているのに、オルサ国だけが平和?  



 ――なぜ?



 三国はオルサ国の従属国であり、常にオルサ国を守ってきた。



 ――なぜ?



 もし、それが本当なら……どうして、オルサ国の街には外壁があるの? どうして『当主と後継者が、一緒の馬車に乗らない』というしきたりが、今も根付いているの? 書いてある内容に、違和感を覚えずにはいられない。この本に書かれていることと、私の知っているsignの世界が違いすぎる。

 


 『アークトゥルス』

 文字が、目に飛び込んできた。



 初めて見る言葉なのに……何かを感じた。それが、何なのかは分からない。ただ、自分の心がざわざわと波立つのを感じた。この文字が何を意味するのか……読むべきだと思うのに、読みたくない。気持ちが落ち着かない。その感覚から逃げるように、本を閉じてペンダントにしまう。


 新鮮な空気を求めて窓を開けると、外の冷気が微かな風になって部屋の中に流れ込んでくる。その風が心地よくて、目を閉じる。風が、顔をなでる。


 ……その風が、私を呼んでいる気がした。


 目を開けると、自然と視線がアルドラの方に向いた。そして、自分でも気が付かないうちに移動魔法を右手で操っていた。

 移動魔法は、一度行った場所に一瞬で移動することができる。学園に戻った時に、攻略対象者が寮の部屋にやって来たら、シェラタン家の自室へ、誰も入ってこられない自分だけの部屋へ、逃げようと思って習得した。


 それなのに……いま、その魔法を使って、この部屋から移動しようとしている。




 ――彼のいる場所へ。 

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