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誤解です


「えぇっ?! ちょっと、待って! 今、なんて言った?」

「ですから、エリース様は”ハイパーセント”を性奴隷として購入したいと……」


「言ってない! そんなこと、一言も言ってない!!」

 アルフェラッツが言い終わる前に、言葉を奪った。


 私が、いつ……そんなことを言った?

 昨日の自分の言動を思い起こしてみる。……うん、絶対に言ってない!!


 ――はっ?!

 

 まさか……あの早送り機能が、勝手に作動していたの? とうとう私は、作動したことすら分からなくなったの? それとも……”身代わりくん”が余計なことを言ったの?


「ちがいますよ」

「何が?!」

「エリース様が、考えていることです」

「……え?」

「プロキオンに”ハイパーセント”を闘犬大会に出さない、と言いましたよね?」

「うん、言ったけど……」

「闘犬をさせるつもりはない、とも言いましたよね?」

「うん、たしかに言った」

「あの犬が気に入ったから欲しい、と言いましたよね?」

「間違いなく、言った」

「犬を買う、という意味をご存じですか?」

「……闘犬大会に出す、ため?」

「正解です。では、もう一つ質問です。闘犬以外で犬を購入するとは、どういう意味があると思いますか?」

「え? 闘犬以外で? どういう意味って……他にも、意味があるの?」

「犬は貴族の間で、愛玩犬として飼われています」

「愛玩犬?」

「実際は、性奴隷です」

「はぁ?!」


 愛玩犬が、性奴隷の意味なの? 闘犬じゃなくて、買いたいって……そういう意味なの?


 ――えええぇぇぇっ?!


 ちょ、ちょっと、待って!!  そんな意味があるなら、私はみんなの前で『性奴隷が欲しい』と宣言したってこと? だから、みんなが驚いていたの? いきなり欲しい、と言ったからじゃなくて? 私が愛玩犬として、欲しがったから??

 ……まだ成人年齢になってないのに、そんなこと言いだすなんて、完全にやばい人でしょ!! しかも、恥ずかしげもなく堂々と宣言しちゃったよ、私! だって、そんな意味があるって知らなかったんだから! 絶対、変態公爵令嬢だと思われているよ! 次会う時、どんな顔して会えばいいの??


「彼らも慣れていますから、大丈夫ですよ。犬をそういう目的で飼うことは、公然の秘密ですから」


『そっかぁ~。公然の秘密なら、いっかぁ~』なんて、なるわけがないでしょっ!! それに……

 

「みんな、驚いていたよね? 慣れているとは思えないけど」

「たしかに、驚いていましたね」

「アルフェラッツ!!」

「嘘は、言っていません。貴族が犬を愛玩犬にとして飼うことは、珍しくはありません。それは、本当です。ですが、アダラの犬をそういう目的で購入することは珍しいですね」

「……どういうこと?」

「オルビタにはミルザム、ムリフェイン、ウェズン、アダラの四棟の檻があるとお話をしましたよね?」

「うん。アダラは一番大きくて、爵位が上の貴族が買いに行く檻だって」

「はい、そうです。檻には、それぞれ特徴があります。アダラとウェズンは闘犬目的の犬を扱っています。アダラが上位の貴族たち専用の檻、ウェズンは誰でも購入することができる檻となっています。そして、ミルザムでは愛玩犬としての犬を販売しています。もちろん、表向きは闘犬用の犬扱いですが」

「ムリフェインは?」

「子犬たちを育てる檻になります。黒髪、赤い瞳、浅黒い肌というのが犬の特徴ですが、犬にも色々個性があります。体が大きく闘いに向いている犬、容姿が整った犬。ある程度の年齢になったらムリフェインから、その犬に合った檻に移動されるのです。そして、購入希望者は、自分たちの購入目的に合った檻を訪れます。そのため、アダラのプロキオンたちが驚いたというわけです。もちろん、エリース様の年齢も驚いた要因の一つであることは確かですが……大丈夫です、ご安心ください。今までも似たようなことはあったでしょうから、問題ありません」

「全然、大丈夫じゃない!! 私は、そんなつもりで言ったわけじゃない!」

「ですが、そう思われても当然のことをエリース様が言ったことは確かです。お言葉には、十分お気をつけください」

「お父様は? お父様も、そう思っている?」

「旦那様が、どのように思われたかは私には分かりかねます」


 ……分かりかねるって、嘘でしょ? 口角が上がっているけど?


 あの時、お父様は笑っていた。あれは、どんな意味の笑いだったのだろう? 思春期の娘の乱心? それとも、総愛され令嬢の父親だから自分も昔は遊んでいたとか?


 お父様、全部誤解だから! 


 あなたの娘は『清く、正しく、美しく』生きています! それに、誤解しているのは、お父様だけじゃない。プロキオンたちも誤解しているって、ことだよね?


 ――はっ?! 

 もしかして…… 


「あの時、プロキオンが必死に購入を止めていたのは……私が……その、愛玩犬として買おうとしていると思ったから?」


 そりゃ、性奴隷として買おうとしている貴族がいたら止めるわ! だとしたら、私が悪いの? 意外と、いい人だったの? 


「止めていた理由は、別だと思います」

「別の理由?」

「あの”ハイパーセント”を繁殖犬にするつもりだったと思われます」



 ――はっ?!

 は……は、繁殖犬?

 また、すごいワードが出てきたんだけどっ!



「エリース様。繁殖の意味は、わかりますか? 繁殖というのは……」

「大丈夫! その説明は、いらないから!! それより、どういうことなの?」

「”ハイパーセント”は、希少な犬です。ですから、プロキオンたちが、あの犬から新たな”ハイパーセント”を生み出したいと考えていた可能性は、かなり高いでしょう」

「”ハイパーセント”からは、必ず”ハイパーセント”が生まれるの?」

「それは、分かりません。”ハイパーセント”が生まれること自体が稀なことですから。しかし、確率は高いのではないかと言われています。それに、たとえ”ハイパーセント”が生まれなかったとしても、あの犬は見栄えがしますから、繁殖犬としての価値は高い。成犬になったらすぐに繁殖させて、生まれた犬を愛玩犬として売るつもりだったのでしょう」

「そんな……」

「アルドラは、”かませ犬”を収容する場所です。あの場所に、なぜ”ハイパーセント”がいたと思いますか?」

「……闘わないから?」

「もちろん、それもあります。”ハイパーセント”ですから、闘犬として育てようとアダラに連れてきたのでしょう。だが、実際は闘犬としての価値がなかった」

「それで、なんでアルドラに?」

「貴族たちが、絶対に来ない場所だからです」

「……成犬になって繁殖させるまでは、隠しておきたかった?」


 軽く頷いたあと、アルフェラッツは言葉を続ける。


「今回、エリース様が購入すると言い出したのは、プロキオンにとって誤算だったと思われます。もちろん、すべて私の憶測ですが」


 前言撤回! アイツらは、最低だ!!


 許せない! 繁殖犬って、何よ! 愛玩犬って、何よ! いつか全員をぶん殴ってやる! それに、買う貴族もそうだ! 闘犬を見て喜ぶ人間も!!



 ――やっぱり、signの世界は頭がおかしい! 

 


「私には、犬を買う人の気持ちがわからない」

「……犬を欲しいと宣言したのは、エリース様ですが?」

「違う! 私は、そういう意味で欲しいと言ったわけじゃない。私は、ただ……模擬闘犬をさせたくなかったから」

「それは、なぜですか?」

「なぜって……」

「犬にとって闘うことは喜びです、と本にも書いてあります」

「この本は、信用できない!」


 アダラからホテルに戻って、すぐに闘犬についての本を読んだ。だが、薄いその本には、私が知りたいことは書かれていなかった。リミッターのことも、服従の印のことも、かませ犬のことも……何も書いてなかった。

 

 ――何も、だ。


 書いてあるのは、優勝者のプロポーズの成功率や闘犬をより楽しむための座席の選び方、闘技場の近くにあるデートスポット。そんな……どうでもいいことばかり。

 知りたかった闘犬のルールは、勝敗のことくらいしか記載されていない。躾の話もこないだ読んだところに少し書いてあるだけだった。それも、誰も興味がないと言うように小さな文字で、端の方に書かれているだけ。


 それだけじゃない。

 この本には、嘘ばかりが書かれていた。


『犬は知能が低く、人間の言葉を理解することはできません。簡単な命令には応えることができますが、会話はできません。犬にとっての会話は、闘いです。私たち人間が会話を楽しむように、犬は闘うのです』


 ――嘘ばっかりだ。

 彼は、言葉を理解していた。話せないと教えてくれた。闘うのが嫌だと抗っていた。



『犬は、人間のような感情を持っていません。多少の喜怒哀楽の感情があるという見解もありますが、自分の感情が変化したことに気づかない程度のものです』


 ――嘘ばっかりだ。

 彼は笑っていた。あの温かい手を持っている彼に感情がないなんて……そんなこと絶対にない!


 この本は、全く当てにならない。自分たちの良いように、捻じ曲げられている。どうして、こんなに嘘ばかり書けるの? 同じ人間だと思いたくないから? 彼らにも感情があると思いたくないから? こんな風に嘘ばかりを並べて、闘犬は犬の“喜び”だからと言って、彼らを闘わせている。本当は、無理やり闘争本能を解放させて闘わせているのに!


 リミッターを外す? 

 服従の印? 


 なによ、それ?! どうして、そんなことができるのよ! どんな神経してんのよ!!


 ……でも、この二つは魔法なのだろうか? 犬と呼ばれる彼に魔法が効かなかったのは、この二つが関係している? この魔法が強力だったから、私の魔法が弾かれた? 


 だとしたら、そんな強い魔法を誰が?


 signの魔法は、学園で教えている魔法は、全く役に立たないものばかり。生徒たちは、生活魔法しか使えない。それなのに、誰がこんなに強い魔法をかけることができる?

 一体、どんな魔法なのだろう? 鑑定魔法で、どんな魔法がかけられているのを調べる? ……ううん、無理だと思う。きっと、魔法が弾かれる。


 いくら考えたところで、答えが出てくるはずがない。私は犬について知らなすぎる。答えを導きだすには、情報が少なすぎる。アダラに行ったら、プロキオンたちに聞いてみよう。だけど、彼らが本当のことを話すだろうか? あの冊子のような、嘘ばかりしか言わない気がする。というか、言わない気しかしない。一番信頼できる情報を手に入れるには……よし! オルビタの図書館に行ってみよう。街の図書館なら、ちゃんとした本があるはず。嘘ばかりの中にも、きっと真実はある。


 私は、絶対に諦めない女!

 こうなったら、とことん調べてやる!! 


「おっと、私としたことが忘れておりました。旦那様より、エリース様への伝言です。明後日が犬の受け渡しとなりますが、成人年齢になるまでは性的接触はお控えください、と」



 ――がっちり、誤解しているじゃないっ!!

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