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どうにか、阻止しないと!


 私の意見は『模擬闘犬だから、大丈夫』の言葉で消されてしまい、今は体育館くらいの大きさの競技場の二階席に座っている。

 

 本当に、大丈夫なの? 


「闘犬の勝敗は、戦意喪失をした時って書いてあったけど……戦意喪失って、詳しくはどんなことを指すの?」

 後ろに控えているアルフェラッツに、小声で質問する。


「戦意喪失したと認められるのは、一つだけです。犬が悲鳴をあげた場合のみ、戦意喪失したと認められます」


「良かった……」

 声が漏れた。


 アルフェラッツに聞かせるつもりで言ったわけではなかった。ただ、最悪のことが免れたことに安堵して……。そんな私の呟きをアルフェラッツが拾い、返事をくれた。


「闘犬は痛さを我慢するように躾けられていますから、痛くても悲鳴などあげません」



 ――え……?



 それって……。え? …………まさか、そんな……え? …………どういう意味?


「……じゃあ、模擬闘犬の…………勝敗は?」

「悲鳴ではなく、声を出した時です」


 ……声を出した時?


「…………声は、出せるんだよね?」

「真偽はわかりませんが、”かませ犬”は声を出せないように声帯を切っていると聞いたことがあります」



 ――え……?



 ちょっと、待って……声帯を切る?? それって……もしかして、声を出させないために? そんなことしたら……いや、いくらなんでも…………そんなことしないよね?


 そんなことしたら…………

 だって……



 ……………………でも、もし本当だったら?

 


 犬と呼ばれる人たちは、首輪を付けていているから声帯が切られているかを確認することができない。もし……あの首輪も、傷痕を隠すためのだとしたら? 


「……お父様は、知っているの?」

「旦那様は、ご存知ではないと思われます。メサルティム様が闘犬をお好きではなかったため、旦那様も闘犬を見ることは、ほとんどありませんでしたから」



 …………私のせいだ! 



 私が闘犬のことをよく調べもしないで、あんなこと言ったから……。


 ――どうにかしないと! 


 なんで昨日、ちゃんとあの本を熟読しなかったのよ、私は!! 


 ……落ち着くのよ、私。冷静になって、考えるの。今さら後悔しても、仕方ない。本は帰ったら、じっくり読もう。そんなことより、大事なのは今! 今をどう乗り切るか、を考えないと。


 …………どうすればいい?

 ……どうすれば?  


 何も思いつかない。私に何ができるの? ……大丈夫、諦めちゃダメ。何か、いい方法があるはず。きっと、あるから考えるの!



 ――カーン、カーン、カーン。

 音が引きずるように尾を引く鐘の音が、三回鳴り響く。


 不意に鳴ったその音にびっくりして体を震わすと同時に、競技場の両端の扉がゆっくりと開いていく。

 左側には、金瞳の少年。体つきは細くて、全体に子供っぽさが残っている。対して、右側には筋肉を念入りに鍛え上げられた大柄な人が立っている。


 明らかに、体格差がありすぎる!


 さっきまでのアルフェラッツとの会話が、頭の中でぐるぐると回る。




 ――どうにかしないと!!




 …………実は、思いついた魔法がある。でも、一度も使ったことがない。上手く操れるだろうか?  ううん! 今は、悩んでいる場合じゃない!! やるしかない!



 ――――自分を信じるの!!



 左手で、左目を押さえる。まぶたの内側に、水瓶座の天球図が見えた。


 ――大丈夫!

 「風」の魔法は、ちゃんと私の中にある。


 周りに気がつかれないように左手を背中に回してから、握りしめる。すると、手の周りに風が音もなく集まってくる。どう吹こうか? と聞いてくるように、風が左手の中でうごめく。

 しっかりと方向を定め、左手の人さし指だけのばす。風が静かに目標に向かって動き出す。ゆっくり、静かに、二階席の隅まで移動させる。人さし指をくるくると円を描くように回すと、風も同じように大きく円を描くように回転していく。のばしていた人さし指を曲げる。風が下から上へ引き伸ばされて、回転スピードが上がる。そのころになると、周りにいるフルドたちが騒めき立つ。風の勢いが大きくなる。


 「つむじ風だ!」

 誰かが、叫んだ。



 ――正解! 

 竜巻よりも小さな風だけと、人くらいなら軽々飛ばせるほどの風量はある。左手をもう一度握って、こっちに引っ張るように動かすと風がこちらに向かってくる。


「シェラタン様、避難を!」

 プロキオンが、慌てた声で言った。


 フルドたちが、私たちを守るように前に出る。風がフルドたちにぶつかり、私たちに届く風が小さくなる。

 最後に念押しとばかりに、風の勢いを強める。髪が風でたなびく。耳元で、吠えるような風の音が唸る。

 

 風の唸りを聞きながら、誰にも気がつかれないように笑った。

 



 

 ――その時、視線を感じた。




 視線の先をたぐると、金色の瞳がまっすぐ私を見ていた。距離があるのに、視線が絡みついて時間が止まり、周りが透明になっていく。騒がしい声も音も消えて、たくさんいる人たちも消えて……まるで二人だけになったような気がした。


 少年の金色の瞳が、太陽の光に受けて赤く光る。


 昨日は気がつかなかったけど、少年は美しかった。片目に腫れが残っていても……それでもなお、人の心をかき乱すような種類の美しい顔立ちをしていた。

 少年は髪を風になびかせながら、静かに私を見ていた。口元には、この場所には不釣り合いな、優しい微笑みが浮かんでいた。



 そして、太陽の光を受けた瞳が……鮮やかに光っていた。


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