表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/102

私にできること


 アルフェラッツが部屋から出て行くのを確認すると、異空間ペンダントから魔法書を取り出す。


 明日までに、習得しなければならない魔法がある。

 ――それは、回復魔法。

 

 簡単なものじゃない。かなり強力な、効果の強い回復魔法が必要だ。そして、なにかしらの理由をつけて、あの場所にもう一度行く。

 移転魔法で移動することも可能だけど、初めて使う魔法な上に、私が使おうと思っている回復魔法は強力な魔法だ。魔力量もかなりのものになると思う。だから、魔法を使った後の自分の状態が予測できない。

 魔法チートだから大丈夫だとは思うけど、移転魔法を使ってあの場所に飛んで、もし動けなくなった場合の言い訳が思いつかない。となると、正攻法で行った方がいい。それに、ゲームのストーリーとは関係ないから、早送り機能は発動しないはず。

 この件に関しては、私の意思で行動できる。今の私にできることは、これしか思いつかない。少しでも、彼らの苦痛を取り除いてあげたい。

 …………根本的な問題解決になってないのは、わかっている。きっと、治しても……彼らは、また傷を負う。そして、治療もされずに、あの場所に戻される。私が帰ったあとも、ずっと変わることなく続くのだろう。でも、他にどうすれば? 私に、一体……何ができる? 今の私には、これくらいしか思いつかない。

 

 ……ねぇ、夏目。

 夏目なら、どうする?

 

 このsignの世界は、悲しい世界だと思う。ゲームは、貴族だけが集まる学園内だけの話だった。ただ登場人物が、恋愛をしているだけ。ゲームには、闘犬大会なんて出てこなかった。そんな話はなかった。それが、余計に貴族にとって犬の存在など大したことないと言っているようで……悲しくて、切なくて、心にのしかかってくる。


 signの世界は、身分制社会。大きく分けると、王族、貴族、平民。そして、signでは外見を見ただけで、身分がはっきりと分かる。 


 ――髪と、瞳の色。


 王族は、ピンクブロンドに紫の瞳。貴族は、色の違いはあるが皆ブロンドに青や緑の鮮やかな色の瞳である。平民は、ブルネットに茶系の瞳。


 ――外見だけで、身分がわかる世界。

 それが、signの世界。


 服を変えても、立派な家に住んでも、頑張って働いても、お金持ちになっても、どんなに努力しても……髪と瞳の色だけで、優越が決められる世界。


 なんて、非情な世界なのだろう。

 生まれた時に優劣が決まり、自分ではどうすることもできない世界。

 

 どうして、生徒全員がブロンドなのか?

 ――全員が、貴族だから。


 どうして、生徒全員が長髪なのか?

 ――髪の色が階級を表すから、自分の身分を誇示するため。


 そして…………短髪は、犬の証だから。




 

 今ならわかる、その残酷さが。





 学園にいる時も、学園で働く人たちを見ていたのに。彼らに対する生徒たちの反応を見ていたのに。私は、身分制社会を……ちゃんと理解していなかった。犬と呼ばれる彼らと私たちの違いなんて、髪と瞳と肌の色。ただ、それだけなのに。

 

 全身で大きくため息をつくと、右手の指先でしばらくこめかみを押さえた。気持ちを落ち着かせないと。しっかりしなさい、しっかりしなさい、しっかりしなさい……自分に言い聞かすように、何度も繰り返す。

 今は、回復魔法のことだけを考えればいい。今の私が、できることをするしかないのだから。

 

 もう一度、魔法書に向き合う。


 長ったらしい文字の羅列を、蜘蛛の巣みたいに頭の中に張り巡らす。いつになく、集中している。

 回復魔法は、蠍座『癒やし』魔法。使うのは、一つの魔法だけで他の魔法と組み合わせる必要がない。だから、大丈夫。必ず、明日までには、上手く使えるようになれる。


 大丈夫、私ならできる。大丈夫、私ならできる。大丈夫、私ならできる。


 呪文のように、何度も何度も唱える。



 ――私なら、できる! 

 絶対に、やってやる!! 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ