終わりの物語⑬
「……どういうこと?」
『セーラは、セイリオスが生まれ変わったから、この時代に転生した。セイリオスと同じで、みんなも生まれ変わったんだよ。さぁ、考えて。ハヌル・シェラタンは、誰の生まれ変わりだと思う?』
お父様は、灰色と茶色が混じったようなサンディブロンドに青い瞳。その特徴に合う人は……
「お父様は……ルクバト?」
『正解』
「でも、どうして? ルクバトがお父様だから、トリカはメサルティムを作った。その理由が、イマイチ理解できないんだけど?」
『……気が付ついてなかったの?』
「何を?」
『さすが、セーラ。ちょっと、驚いたよ』
「だから、何よ?」
『セーラとセイリオス。僕とトリカ。ルクバトと?』
「……?」
『うん、僕が悪かったよ。この手のことは、本当に苦手だよね。ルクバトは、バラニーが好きだった。そして、バラニーもルクバトが好きだった』
ルクバトはバラニーが好きで、バラニーがルクバトが好き……? え? えぇええええ!!
「そうだったの?! 初めて知ったけど!!」
『うん。そのことを僕も今、知ったところだよ。あれだけ見つめ合っている二人に気がつかないのは、セーラだけだと思うよ』
「なんで、教えてくれないのよ?!」
『暗黙の了解って、言葉を知らない?』
……し、知らなかった。いや、暗黙の了解は知っている。だけど、ルクバトとバラニーがなんて……お似合いじゃない!! 二人は生まれ変わって、また出会って、恋に落ちたのね! 素敵なじゃな……ん? また、出会って恋に落ちる?
「ちょっと、確認してもいい?」
『何かな?』
「みんなも生まれ変わったって、言ったよね?」
『うん、言ったね』
「みんなって、みんな?」
『正確には、みんなじゃないね。だけど、セーラもセイオリスも、アルゲティもシャウラも、ルク……』
「ストップ! アルゲティとシャウラは、キャプリコーンとリブラだよね? 二人も……そういうこと?」
『……セーラ、二人のことも気が付いてなかったの?本当に?』
……き、気が付きませんでした。あの二人も、両想いだったのね。ということは……夏目とトリカ、ルクバトとバラニー、アルゲティとシャウラ。
私以外、カップルだったんじゃない!!
『ははは、本当に最高だね。セーラは』
風の勢いが強くなり、髪が音を立ててたなびく。私は、髪を抑えながら「うるさい!」と叫ぶ。だけど、風は止む気配がない。
「夏目!」
『ははっ、本当に最高だよ』
風がさらに強くなり、体が揺すぶられるほどの激しい風が吹く。
「夏目っ!!」
『ごめん、ごめん』
夏目の謝罪と共に、風はだんだんと穏やかになっていく。
『話を戻すね。ルクバトがハヌル・シェラタンとして生まれ変わったことを知ったトリカは、バラニーと会わせてあげたいと考えた。だけど、魔力枯渇で死んだ人間は、自力で生まれ変わることはできないんだ。生まれ変わるにも生命の力が必要で、魔力はその力を奪ってしまう。魔力枯渇で亡くなるということは、無なんだよ。だから、バラニーを生まれ変わらせるためには、転生させるしかなかった。そして、転生させるには、トリカ自身の魔力と合う体じゃないといけなかった』
「そういうことね。自分の魔力に一番合うのは、自分の体。だから、自分のクローンを作って、バラニーの器とした」
『ご名答。トリカも自分の体なら、何も問題ないと判断した。だけど、問題は起きた。バラニーの心とトリカの体の相性が悪くて、メサルティムは……バラニーは、トリカの体を維持することができなかったんだよ』
「それで、指輪ね」
『そう。メサルティムの状態に気がついたトリカは、自分がずっと身につけていた指輪をメサルティムの指にはめた。少しでも、心と体が安定するように。トルマリンは長く持っていると、持ち主の魔力を吸い取る。トリカの魔力をたっぷり蓄えた指輪なら、メサルティムの体とバラニーの心のバランスが取れると思ったんだよ。実際、少しは耐えることはできた。だけど、限界はやってくる。指輪の力を使っても、メサルティムの状態は悪化していき、彼女が眠りについた時には、もうバラニーの心は体にはなかった』
「……必要なくなった指輪だから、トリカは私から取り返さなかったってこと?」
『ちがうよ、セーラ。あの指輪は、僕がトリカにあげた指輪なんだ。トリカにとって、大事なものだよ』
だから、どうして言い切れるの? とは、もちろん言わない。言っても無駄だし、たぶん夏目も言う通りなのだろう。なんか癪に障るけど。
「……じゃあ、なんで?」
『エリースが、セーラが死にかけたからだよ。トリカは、セーラのことを心配していた』
……私のために?
……私を、心配して?
「トリカは……私に、嘘ばっかり言っていたのね」
『セーラだけじゃない。ハヌルにも、メサルティムにも嘘を言っていたよ。トリカは、自分の中で抱えこむ子だからね。他に、気になることはない?』
「まだ、ある。夏目は、ペンダントの中にいるんだよね?」
『それは、肉体のこと? 僕の体は、まだステラ・マリス神殿の地下にあるよ。ペンダントには僕の魂を移しただけで、体は今もあそこにある』
「…………それって……そんな……。……でも、……だからか……だから、トリカは私の前に現れたのね。夏目の存在を知られたくなかったから、夏目の姿で私に過去をみせた。私に納得して、帰ってもらうために。これを隠していたのだと、思わせるために。本当に隠したいものに、気がつかれないようにするために。トリカは、私と夏目を会わせたくなかった。夏目を……取られたくなかったから」
『愛だよね』
「それを“愛”と言い切れる夏目は、心臓に毛が生えているレベルじゃない。心臓が、鋼鉄でできているわね」
『ふふふ、ありがとう』
「褒めてないからね! まったく。それで、私は何をすればいいの?」
そう聞いた瞬間、風が待っていたかのように私を揺らした。さっきまで心地好かった風が、悪魔の使いのように感じられた。
――夏目は、無謀なことをする気だ。
『そんなに警戒しなくても、大丈夫。ただ、時間を戻すだけだよ。僕たちが、この世界に転移した――あの時に』
転移した、あの時?
「え? そんなの無理よ。どれだけの時間を戻すと、思っているの?!」
『もちろん、セーラだけの魔力では無理だよ。僕一人でも、トリカ一人でも無理。だけど、今この場所には三人いる。僕たち三人がね』
「トリカ? 待ってよ。トリカに無理させて、魔法枯渇しちゃったら大変なことになる。それに……ずっと気になっていたんだけど、どうして、トリカは今も生きているの? 別に、死んでほしいとかじゃないからね。でも、おかしいでしょ? トリカは。もともと魔力量が多かったけど……夏目、トリカに何をしたの?」
『あのね、何でも僕のせいにしないで。トリカは、特別だよ。この世界の人は魔力と相性が悪いけど、トリカは違って魔法に愛されていたんだ。だけど、その愛が……トリカを苦しめることになってしまった』
トリカは、死なないと言っていた。自ら、魔法を使っているの? それとも、無意識に? 魔法が、勝手に働いている?
…………ずっと、一人で?
まぶたの奥に、泣いているトリカが見えた。顔を両手で押さえ、声を出さずに肩を細かく震わせて静かに泣いていた。自分が泣いていることを、誰にも知られたくないという様子で……。
トリカを慰めたくて、手でまぶたを押さえた。でも、トリカに触れることはできず、そのまま消えていった。
「――やろう。私たちなら、できる」
『セーラなら、そう言ってくれると思っていたよ』
「夏目、トリカのそばにいてあげて」
『セーラに言われなくても、そばにいるよ。何があってもね』
「ねぇ、覚えている? 高一の夏休みのこと」
『もちろん、覚えている。“必ずうまくいくと信じるからこそ、結果がついてくる"って、言ったセーラの言葉も忘れていないよ』
辺り一面の青の中を、明るい笑顔のような風が吹き抜けていく。
諦めたら、そこで終わり。必ずうまくいくと信じるからこそ、結果がついてくる。
――私は、自分を信じている。




