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犬を飼いたい


 約束の朝、私は遠足が楽しみな子どものように、ぱっと目が覚めた。はじめに目に飛びこんできたのは、カーテンの隙間から見える青い空。時計を見ると、六時半。アルフェラッツが起こしにくる予定の三十分前だった。

 ベッドから降りて、窓を開けると、風が滑り込むように入ってきた。見上げた空は、抜けるように青く、雲一つない。新しい朝の空気を吸い込むように、大きく息を吸う。朝の空気は、ひどく優しかった。 


 ――今日、犬に会いに行く!

 ――犬が飼える!


 友達もいない私にとって、これほど嬉しい日はない。このsignに来て、こんなにワクワクした気持ちで目を覚ましたのは、初めてだった。 



 きっと忘れられない日になる……。


 

 私を乗せた馬車は、屋敷を出てオルゴ湖に沿って東に進む。目的地は、オルビタ。


 向かっている間、ずっとワクワクしていた。クリスマスプレゼントを開ける時の子どものような、これから何か楽しいことが始まる、そんな気分。


 私が乗っている馬車は、四人掛けの四輪で、ボディの外側には正面の高い位置に御者用のシートがあり、後方のランブルシートにはアルフェラッツが控えている。ドアにはシェラタン家の紋章が飾られており、馬車のボディや御者席にはシェラタン家のカラーである青色の装飾が施されている。

 この馬車には、私一人だけしか乗っていない。父ハヌルは、別の馬車に乗っている。貴族は、当主と後継者が同じ馬車に乗ることはない。万が一のことがあった際に、血統を守るためにできた昔からのしきたりらしい。

 こんな平和な世界に、そんなことをする必要があるのだろうかと疑問に思うけど、もしかしたら盗賊とかはいるのかもしれない。それなら今後のために攻撃魔法も覚えたほうがいいかな?


 というか、覚えたい!! 


 いつになくテンションが上がっている私は、さっそく攻撃魔法の勉強をしようと異空間ペンダントから魔法書を取り出す。


 私は、今も魔法強化中の”身代わりくん”を発動している状態である。その状態で、この馬車の揺れに耐えるため、乙女座『快適』魔法を使っている。ちなみに、この馬車の揺れを耐える『快適』魔法はポピュラーかつ簡単なもので、誰でも使える。そう、魔法は貴族じゃなくても使えるのだ。

 ゲームをしている時は学園には貴族以外がいなかったため、勝手に貴族だけしか魔法を使えないものだと思っていた。しかし、実際は、誰しもがある程度の魔法を使うことができる。

 違いがあるとすれば、個人が保有する魔力量だ。貴族は総じて保有魔力量が多く、平民は少ない。もちろん個人差があるため、貴族なのに少ない魔力量の人もいるし、逆に平民なのに多い魔力量の人もいる。だけど、多いとされる平民の魔力量は、貴族の平均魔法量と同じぐらいであるとされている。

 でも、実は……貴族のプライドを守るために、そう教えているのではないかと私は疑っている。


 なにせ、学園で習う魔法がひどすぎるからっ!!  

 それに、平民って呼び方も好きになれない。私は、日本生まれの日本育ち。身分制度などないところから来たから、どうも慣れない。だから、学園で働く使用人たちにも普通に接していた。そのせいで、エリースは天使のようだと言われている。いや、普通だから。むしろ、まるでいないかのように接している方が私にとっては難しいよ。

 まぁ、そんな私の行動も言動もエリースの外見のおかげで、すべて肯定的見られるのは本当に助かる。さすが、規格外の美少女。顔が良すぎるおかげで、何をしても褒められる。 


 あっ! 

 そういえば、一つ分かったことがある。


 学園の生徒は全員ブロンドで、先生たちもブロンド。でも、学園で働く人はブロンドではなく、皆ブルネットだった。

 私の世界では、ブルネットといえば黒も含まれる茶系の髪の色を指すこともあるけど、signでは茶系の髪の色だけを指す。日本人のような黒髪の人はいないみたいだ。考えてみれば、signは中世ヨーロッパみたいな世界設定だから、いなくて当たり前なのかな?


 おっと、いけない。攻撃魔法について調べる最中だった。攻撃魔法、っと。   

 

 魔法の要素は、「火」「地」「風」「水」の四つ。signの世界では、人によって個別の属性を持っているわけではない。四つの要素が自分の中にあり、十二星座のすべての魔法を使うことができる。だけど、魔法特性というものはあり、人によって得意な魔法があるらしい。エリーズは魔法チートだからすべての魔法を難なく使える。でも、やっぱり自分の特性魔法が何かは気になる。エリースにも、きっとあるはず。


 目を閉じて、自分の中にある魔法を探る。


 集中していくうちに、瞼の奥に星空が浮かび上がっていく。額の中心に、目に見えない線が星座を紡ぐ。そして、天球図が現れる。星座が…………掴めそうで、さらに意識を集中する。


 自分の感覚が、どんどん研ぎ澄まされていく。



 その時は、一瞬だった。 

 捕まえたのは、「風」の水瓶座。 



 捕まえた瞬間、左目の奥がカッと熱くなり、水瓶座のマークが烙印されたのを感じた。 



 目を開けると、星空があっという間に消えていた。左手で「風」を操る。風が、左手に集まってくる。左目の奥に刻まれたマークが、左手の甲にも浮かび上がる。


 ――水瓶座のマークだ。


 さっきの熱さはない。春の日差しのような、柔い温かさだけ。右手で、左手の甲に触れる……前に、マークが消えてしまった。


 もう一度、目を閉じる。


 左手で左目をグッと押えつけると、まぶたの内側に、たった今見たばかりの水瓶座の天球図が、白い光りを帯びて現われた。

 

 「風」の魔法が、体の中にある。


 今すぐにでも「風」魔法を試してみたかったけど、さすがに馬車の中では難しい。諦めて、魔法書を読もうとした時「エリース様、オルビタに着きましたよ」とアルフェラッツの声がした。


 窓を開けると、壁に囲まれた円形の街が見えた。

 ――あれが、オルビタ。


「エリース様は、オルビタに来るのは初めてでしたね。オルビタは、遠い昔、隕石が落ちた街です」

「隕石?」

「はい。その隕石が落ちた場所に築かれた街が、オルビタです。ですから、見事な円形をしているでしょう。街の直径は、隕石の直径と同じだと言われています。外壁には『スエバイト』と呼ばれる隕石落下の影響でできた石が使われています」


 オルサ国の街は、壁に囲まれているのが普通。こんな平和な世界なのに、外壁に囲まれているのが普通なのが、さすがsign。設定がおかしい。

 そんな見慣れているはずの外壁だけど、オルビタの外壁は、まさに『要塞』の名がふさわしいほどの高さだった。


「ここに、犬がいるの?」

「はい。ですが、エリース様の認識が間違っていますね。『ここにいる』ではなく、『ここにしかいない』が正しいでしょう」

「ここにしか?」

「はい。オルサ国で犬がいるのは、オルビタだけです。ですから、犬が欲しいと思ったらオルビタに来るしかありません。このオルビタには、全部で四棟の檻があります。ミルザム 、ムリフェイン 、ウェズン 、アダラの四棟で私たちが向かっているのは、その中で一番大きな檻のアダラです。ここには、たくさんの犬がいますから、エリース様がお気に召す犬が必ず見つけられますよ」

 

 sign独特の言葉は、私のいた世界とちがったりする。まさか檻という言葉が出てくるとは思わなかった。

 

 ――どんな犬に、出会えるのだろうか?

 できれば、バーニーズ・マウンテン・ドッグに似た犬がいいな。

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