異世界転生したようです
ここは、どこ?
これは……なに?
どういうこと?
どうして?
なんで?
そんな疑問を抱えた日々を過ごし、今はもう諦めに似た気持ちで自分の状況を受け入れている。私は、いま流行りの異世界転生というのをしたらしい。いや、……らしいじゃない。
――完全にした。
私の名前は、瀬良 優梨。みんなから、「セーラ」と呼ばれている。いま、小馬鹿にしたでしょ? 私だって、できることなら「セーラ」じゃなくて「ゆうり」と呼ばれたかった。だけど、私が二歳の時にうちの隣に同い年の男の子が引っ越してきたの。
男の子の名前は、夏目 侑李。
そう、男の子は私と同じ「ゆうり」だった。小さい頃の私は「ゆうりちゃん」と呼ばれ、夏目は「ゆうりくん」と呼ばれていた。
だけど、その呼び名に変化が訪れた。小学校に入学と同時に、友だちを『さん』付けで呼ぶようにと指導があったのだ。
「『さん』付けは、人を大切にする呼び方です」
先生はそう言ったけど、私は逆に大切なものを失った。どうして、『ちゃん・くん』がダメなのか今もわからない。だけど、あの時から私は「せらさん」、夏目は「ゆうりさん」と呼ばれるようになった。
そこには私の意思はなく、勝手に決まった呼び名がクラスみんなに定着し、誰も私を「ゆうり」と呼ばなくなった。私は「ゆうり」を失ったのだ。それが無性に悔しくて、私は自分からみんなに「小公女セーラが好きだから、セーラと呼んで」と言ったあの日のことを今でもよく覚えている。
風の強い春の日だった。
みんなは「可愛い」と言ってくれて、私も笑っていた。
……正直にいうと、私は小公女セーラを読んだことがなかった。だけど、そうでも言わないと心が大きな傷を負ってしまうような気がして……心にガードを作ったのだと思う。でも、まさか両親までも「ゆうり」ではなく、「セーラ」と呼ぶようになるとは思わなかったけどね。
だけど、人間とは不思議なもので、ずっと呼ばれていると愛着が沸き、今では「セーラ」を気に入っている。だから、夏目を知らない人たちに会った時に「ゆうり」と呼ばれると違和感しかない。私の中ですでに「ゆうり」は夏目になってしまっているのしれない。
でも、私は絶対に夏目を「ゆうり」とは呼ばない! 夏目は、夏目だ! 将来、夏目が婿養子になって苗字が変わろうとも、私は夏目と呼び続ける!!
いきなりですが、ここで質問です。どうして、私じゃなくて、夏目が「ゆうり」と呼ばれていたと思う?
理由は、至極簡単。夏目は、顔が良かった。ものすご〜く、顔が良かった。まだ小学生、されど小学生。六歳にして、そこにはスクールカーストが存在していた。
――スクールカースト。
それは、現代の日本の学校空間において、生徒の間に自然発生する人気の度合いを表す序列である。そして、その頂点に君臨するのに必要なものは四つ。
一つは、顔。これは、もう遺伝子の問題で本人の努力でどうにかできるものではないのに、スクールカーストにおいて最重要項目であるから納得がいかない。人は外見ではないと言う大人がいるが、あれは嘘。人生は、顔で決まる。顔さえよければ、なんでも許される。私は、それをよく知っている。
なぜかって?
このカースト上位の夏目と私は、小・中と同じ学校に通い、高校まで同じところに進学した。だから、私はずっと間近で周りの人たちの反応を見てきた。夏目と初めて会った人は夏目を知らないはずなのに、他の人間と明らかに対応がちがう。人生において顔さえ良ければいいのだと悟りにも似たものが、私の中に根付いたのは仕方がないと思う。
おっと、話がそれたけど、スクールカーストのあとの三つは、頭脳と運動神経とコミュ力。
ちなみに夏目は、そのすべてを持っていた。顔だけで頂点を獲れたであろう夏目が他の三つも持っているのだから、夏目は無双状態だった。もう夏目様だ。夏目の上に立てる者などいない。
だけど、夏目は他の人を見下すこともなく、いつも柔和な笑顔と優しさ溢れる態度で「ゆうりくん」信者を増やしていった。そして、夏目は年齢を重ねる毎に美貌に磨きがかかり、高校生の時には目が合っただけでフラフラとついてくるような人も出てくるほどだった。ハーメルンの笛吹き状態が、リアル世界で発生していた。普通なら大丈夫かと心配するところだけど、夏目にはそんな心配などは必要ない。夏目は柔和な笑顔で人畜無害に見えるが、中身はかなりぶっ飛んだ男だった。
まず、夏目には性別の区別がなかった。勘違いしないでね、このジェンダーレスの時代に同性とか異性とかを言うつもりは全くない。好きになった相手が同性でも異性でも、何も問題ないと思う。私が言いたのは、そこじゃない。
夏目は整った顔と柔和な雰囲気を武器に、次から次へと付き合っていた。もう、ほんとに……よくもまぁ次から次へと、そのあまりの回転の早さに驚きや嫌悪を通り越し、尊敬の域に達してしまうほどに。
夏目の凄いところは、それだけじゃない。
夏目は常に、複数人と同時に付き合っていたにも関わらず、誰からも文句を言われている様子がなかった。これに関しては、夏目が凄いのか、「ゆうり」信者が凄いのか、よくわからないところではあるけれど、とにかく「ゆうり」信者の辞書には『嫉妬』という文字はないらしい。ドラマや小説では、嫉妬して……という展開になるのに、夏目の周りではそういう争いが全くなかった。
――世の中には、解明できない不思議があることを知った。
もしかしたら、「ゆうり」信者は夢の世界の住人なのかもしれない。もしかしたら、鳥とも話せて、なんなら妖精も見えているのかもしれない。歌を歌えば、全てが解決するのかもしれない。
ここで、一つ大事な事を伝えておきたい! 私は、夏目と付き合ったこともないし、夏目に対して友情以上の感情を持ったこともない。
大事なことだから、もう一度言わせてほしい!!
私は夏目に対して、恋愛感情を抱いたことはない! 全くない!! 私と夏目の間にあるのは、純粋に混じりっ気なしの友情だけ。それは、私の夏目のお互い共通の認識である。
私は夏目と小さい頃から一緒にいたけど、ううん、小さい頃から一緒にいたからこそ、夏目を恋愛対象として意識することはなかった。夏目は確かにありえないほどの美形だったけど、性格が複雑怪奇すぎた。私にだって、好きな相手を選ぶ権利はある。まぁ、問題は私に好きな人ができるかどうかだけど……。
それもこれも、夏目のせい!
ずっと夏目と一緒にいたせいで、私は人の気持ちが信用できない。だって、数秒前まで夏目を知らなかった人が、そのたった数秒だけで夏目を好きだと言うのだ。しかも、夏目を好きになった相手は、私を嫌う。一言も話していない私を嫌う理由は、もちろん夏目。
納得できない!
なら、夏目と友達をやめる? それは、絶対に嫌だった。ヤケクソのような気持ちもあったけど、私は夏目と過ごす時間が好きだった。(しつこいけど、恋愛感情じゃないからね)夏目は私にとって何でも話せる親友だったし、夏目には私以外の友達がいなかった。だって、夏目に会った人は皆、夏目に恋をしてしまうから。
ある意味かわいそうだと思うかもしれないけど、その必要はない。本人は全く気にしていなかったし、その状態を楽しんでいたと思う。実際、夏目の周りには、常にたくさんの人に囲まれていて、その中心で笑っていた。
それを羨ましいと思ったことも、私も恋したいと思ったこともなかったけど……もしかしたら、本当密かに『恋をしたい』と思っていたのかもしれない。夏目のせいで人間不信になってしまった私だけど、もしかしたら心の片隅で『恋愛に興味がなくなってしまった自分を変えたい』と願っていたのかもしれない。その願いを叶えるために、神様が私を異世界に転生してくれたのかもしれない。
だけどね、神様!
私の望んだのは、こんな世界じゃないから!!
夏目……。いま私のいるこの世界は、夏目の思考回路のような世界だよ。私じゃなくて、夏目なら、この世界を楽しんでいたと思う。この世界は、夏目が愛してやまない恋愛ゲーム『What’s your sign?(あなたの星座は、何ですか?)』と瓜二つだから。
誰か教えて!
どうして、夏目じゃなくて、私なの!? この異世界転生させた神様は、適材適所という言葉を知らないの!?




