変化の糸
鬼の世界は人間の世界のようには文明が進んでいないが、小さな一人暮らし用の家があり、商店街には沢山の屋台が並んでいる。道々には色とりどりの提灯があり、それが道を照らしている。またそれぞれの場所では人間のような鬼が群がっている。談笑したり喧嘩していたりしてさほど人間の町の様子と変わりない。
白藤と葵は丘の上にあった今さっき出てきたばかりの建物の前にいた。丘の下は草原だ。風に吹かれて草がサラサラと音を立てて揺れる。その脇を二人は通っていく。葵は相変わらず白藤に横抱きにされながら。
「…鬼門院というのは鬼が戦術、学問を学ぶ場だ。さっきは入学させるとか言ったが別に入らなくてもいい。」
「…。」
「ただ、ここで人間のお前は俺たち鬼にとっては食料。狙われたり殺そうとしてくる輩も出てくるだろう。そんな時お前は自分の身を守れるか?ガーンってやられたらお前はぴゃーってなるだろ。」
「…なりますかね。」
この時白藤はすでに自分がそういう状況を招いた発端であることなど忘れていた。
「俺はお前の師匠だからお前に稽古することもできるんだが…ちょっと力加減がわからない。」
「え、そうなんスか。じゃなーんで師匠になったんスか、白藤さん。」
「うお!?」
「魚?」
突然聞こえた男の声に白藤は驚き飛び上がった。恐る恐る白藤が後ろを振り向くと短髪の男が人懐っこそうな笑顔を浮かべていた。
「【糸】…びっくりさせるな。」
「いやーお久しぶりっス白藤さん!僕さっきそこで寝てたんスよー、でも白藤さんの声したからアレー?とか思ってきちゃったっス!」
「来るな。」
「え、酷いっスねー?」
「いや当たり前の反応だ。」
「で、その子人間スよね?」
ズバッと聞かれ、葵は喰われるのかとどこか他人事のように思う。糸は鬼だ。葵を喰わない理由がない。するとそんな葵の心を読んだのか糸はヘラリと言った。
「いや、喰わないスよ?怖がらないでほしいっスー。」
「だろうな。お前人間の女の血液しか飲まないもんな。」
どこか遠い目をする白藤。
「だって仕方ないじゃないスか!男の筋肉なんてかたいなとか思ったら無駄に脂っぽいのもあるし!血液もなんかまずいしー。色々やったら結局女の血液が一番なんスよー。」
「葵、此奴は偏食なんだ。こうはなるなよ。」
「…わかりました。」
「えー酷いっス!何なんスかー!」
「まあいい。糸、お前に用事があったんだ。歩かなくてよかった。来てくれてありがとう。楽だ。」
「ラクダ?まあいいや、まあそうだと思ったんスよねー。」
「あとは…。」
そう言って白藤はさっき出てきた建物のほうを見る。
「あ、なーな?なーなっぽくない?はーい今行くねー!」
「は?お前目良いな。」
「視力2.0あるんで!どうです?惚れました?」
「惚れねえよ!」
しばらくするとなーなと零がやってきた。
「はいはーいなーな到着ー!」
片手をぴんと上げなーなは白藤に微笑みかけた。
「うわっ、なーなさん!?なーなさんスよね!?僕なーなさんのファンっス!!!!」
「え、ほんと!?きゃー嬉しい!」
「え、待って、俺は!?」
「ちょっと黙まれお前ら…。」
「「「あ、すいません…。」」」
三人を一気に黙らせる白藤。そしてなーなと糸に白藤は葵のつけていたピアスを外して見せる。
「うわー…血がついてるんですけどー。」
「ちょっと白藤さん…。」
「ん?」
完全に無自覚な白藤に全員が遠い目をした。
「これから、二人にやってもらいたいことがある。」