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02

まるで新幹線にでも乗っているかのように周囲の景色が高速で流れていく。

感覚的には駆け足程度なのだが、そこはやはり高ステータス。駆け足すら異常な速度になるのは必然だった。

それでも景色は鮮明に見えているし、通り過ぎる木々の上にいる動物達もハッキリと視認できているから障害物にぶつかる心配も無い。


「…お?」


足を滑らせるようにブレーキをかける。

行き着いたのはかなりの高さの崖だった。縁に立って下を覗き込むと風が勢い良く吹き抜けている。生身の人間なら落下したら即死だろう。


「普通に降りてもいいけど、どうしようか」

「せっかくだ。竜魔法でも試してみたらどうだ?」


背中に背負っていたグラムの提案に、そう言えば、と手を打つ。

グラムが言うには、竜魔法はこの世界に7体いる竜種が使うことができる特殊な魔法で、竜以外だとその眷属にしか扱えないものらしい。


「竜魔法は通常、眷属になった竜と同じ属性の魔法が使えるようになる。しかし俺様達は竜種の頂点にして原初の竜、神竜の眷属だ。神竜はこの世で使えない力は無いと言われる、まさに神の如き力を持った竜なのさ」


そんな凄い竜に会ったこと無いのに眷属にしてもらえるなんて…。女神は一体何をしたんだろうか。


「魔法はイメージだ。出力は感覚だから使いながら慣れていけ」

「了解」


何でもできるなら、折角なら空中歩行みたいなこともしてみたい。

ワクワクしながら、足の裏に風が集めて体を浮かせるイメージをしながら踏み出すと、ブワッと竜巻のような強風が巻き上がって体が一気に雲の上まで持ち上げられた。


「……。加減、ムズ」


背中でゲラゲラ笑うグラムは放っておいて、重力に任せてある程度降下したところで改めて加減しながら魔法を使ってみる。

すると今度は上手くいったのか、足を踏み出す度にフワリフワリと体が軽く弾むように飛んでいく。まるで空中でスキップでもしているようだ。


「よしよし。こんな感じね」

「お前感覚掴むの上手えな!魔法の才能あるぜ!」


一度感覚を掴んでしまえば意外と連続した使用は簡単で、途中からは鼻歌交じりに景色を楽しみながら飛んでいた。

そうして暫く飛び続けていると、延々と続いていた深緑が途切れて平原が広がっているのが見えた。更に先に目を凝らせば海のようなものも見える。


「おぉー!」

「この世界最大の広さを誇り、海上貿易路の要でもある“リュスタール海”だ。手前に“ナルー”って港町があるからそこに寄って船で大陸を移動するぞ」

「このまま行っちゃ駄目なの?」

「いいけどクソ程目立つぞ」

「降りまーす」


人気がないことを確認してから手前の平原に着地する。

平原には穏やかな風が吹き抜けていて、時折鳥の囀りが聞こえるくらいで凄く静かだ。


「…妙だな。この辺りは魔物も盗賊も少ないから平和なのは確かだが、それにしても静か過ぎる」

「そうなの?確かに見た感じ動物もあんま居ないけど…」

「嫌な予感がするな。少し町まで急いでくれ」

「了解」


森を走っていた時よりはゆっくり目に駆け足で平原の中を真っ直ぐ伸びている道を駆けていく。

本来なら数十分…いや一時間以上は掛かりそうな道を数分程で駆け抜けると、港町の入り口が見えてきた。

そこから子供のような人影が二つこちらに走ってくる。その後ろにはカトラスのような剣を振り上げ子供を追いかけている様子の大人が三人。


「投げるよ」

「あいよ」


走った勢いを殺さないように地面を滑りながらグラムを構え、大人の顔に向かって投げる。

子供に襲い掛かりそうな手前の大人の顔にグラムが直撃し、首どころか上半身をそのまま吹っ飛ばして地面に突き刺さった。

全員が驚きに固まっているうちに走り込んで大人一人を目掛けてドロップキックを決める。着地しながら吹っ飛んだ大人を見ると、首が折れたのかピクピクと痙攣していた。


「なっ、なんだテメェ…!?」

「ん?通りすがり」


言い終わると同時に握った拳を残った大人の顔面にぶち込む。バキッと骨が折れるような生々しい音がして倒れたソイツを見下ろす。一応微かだが息はしていた。


「よしっ!こんなもんでしょ!キミ達大丈夫?」

「あ…、ありがとう、騎士様…!」


十歳にもならないくらいの女の子と、更に幼い男の子。顔つきがなんとなく似ているからきっと姉弟だろう。

グラムを回収して姉弟の前にしゃがむと、姉の方が僅かに怪我をしているのが見て取れた。

膝や腕に擦り傷。きっと弟を守りながら必死に奴らから逃げてきたんだろう。


「うん。頑張ったね、お姉ちゃん」

「…っ、うん…!うん…!!」


頭を撫でて上げると、緊張の糸が切れたのか少女の目からボロボロと大粒の涙が溢れた。


「神聖魔法は治癒に特化してる。治してやったらどうだ?」


グラムが小声でそう言う。

不死者アンデットなのになんで治癒魔法が使えるんだと疑問が浮かぶが、他にも色々規格外が盛り盛りなのだから今更気にしても仕方ないか、とすぐに思考を止めた。

少女の傷に手を翳し、加減に気を付けながら魔法を使う。

青白い光が手から溢れて少女の傷をふんわりと優しく包むとゆっくりと、しかしあっという間に傷は跡形もなく消えてしまった。


「わぁ…!騎士様、聖騎士なの!?」

「一応ね。ところで、なにがあったの?」


目線を合わせたまま問い掛けると少女は伝わるように一生懸命言葉を選びながらポツポツと話してくれた。

昼前頃、突然海から大きな船が現れ、そこから降りてきた人達が町を襲いあっという間に占拠してしまったそうだ。港町なだけあって力自慢の漁師も多かったが、彼らよりも相手の方が当然戦い慣れていて抵抗虚しく町民全員が捕まってしまったようだ。

幸いにも、怪我人は居ても死者はいないそうで、大人も子供も老人も、全員が町の酒場で拘束されているらしい。

この子達は賊の隙を見て大人達が逃してくれたようだが、逃げている途中で見つかってしまい、ここまで追い掛けられてしまったようだ。


「生かす理由って…」

「十中八九、奴隷として奴隷商人に売るためだろう。海の向こうの、特に南国の方は違法奴隷が多いらしい」


この世界には奴隷が居るのか…。

グラムの声にも僅かだが苛立ちが滲んでいる。わたしも、なんだか腹の底から不快感がこみ上げてくる。


「海から来たってことは海賊か…」

「どうするのが一番良いかな?」

「決まってる。真正面からブチのめしてサメの餌にしてやろうぜ!」

「賛成」


立ち上がって町の方を見る。

どうやら他に子供達の追手は来ていないようだ。まぁ、来ていたところで手前から順番に叩きのめしていくだけだが。


「聖騎士様!わたし達も連れてって!」

「ん?」

「お願い!わたし達もお母さん達を助けたいの!」


少女は勿論、隣で彼女の服を掴んで怯えていた少年も力強く頷いた。

幼くても状況は理解しているし、この状況にも負けない強い意思があるようだ。

それなら、と肩に担いでいたグラムを下ろす。


「じゃあ一つだけ条件。このグラムの口の中でいい子にしてること」

「え…?この、棺桶の中…?」

「大丈夫だよ。この中はベッドみたいになってるし頑丈だから攻撃されても平気だし安全だよ。キミ達を守るためにも必要なことだから聞いてくれると助かるんだけど…」


コンコンとグラムの蓋を叩くとベロリと舌なめずりのような仕草をしてからガパリと口が開く。鋭く大きな牙に驚いた子供たちがビクリと体を震わせたが、少女は意を決したように弟を抱き上げるとグラムの口の中に入っていった。

食べるように二人を口の中に収めたグラムは何度か口を開閉させると大きく息を吐き出した。


「…おし。しっかり安全な空間に収納できたぜ。振動も伝わらないから俺様を戦闘で使っても問題ねぇ」

「おっ、それは助かる。どんな状況になるかわからないし」


グラムを背中に背負って町に向かって歩き出す。

入口のアーケードを潜って中に足を踏み入れると静まり返った町が出迎えてくれた。人気は無く、物音は殆どしない。…いや、耳を澄ませると町の奥の方から複数の話し声が聞こえてきた。

町の酒場に捕まっているという話だし、声の方へ向かえば難なく目的はこなせそうだ。

特に身を隠すことなく堂々と通りを歩いていく。幸い町の建物に壊された場所は多くない。幾つか扉の壊された建物が見受けられるが、きっと建物の中に隠れていた住民を捉えるのに押し入った跡なのだろう。


「あぁ?誰だテメェ?」


ぼんやりと港町の情緒溢れる建物を眺めながら歩いていたら明らかにガラの悪そうな男に声を掛けられた。

声を掛けてきた男以外にも、建物の入り口の段差に座っていた二人の男が怠そうに立ち上がり此方を睨み付けてくる。

全員が腰にカトラスを下げ、日に焼けた肌や潮風に傷んだであろう軋んだ髪をしている。

海から船で来たと子供達が言っていたし、グラムの言う通り彼らは海賊なのだろう。


「町の人達はその建物の中かな?」

「なんだぁ?ゴツい見た目して随分可愛い声だなぁ?」

「お嬢ちゃん。悪いこと言わねぇ。怪我したくなかったら帰んな」

「…そう」


ニヤニヤと品の無い笑みを浮かべて此方を舐め回すように見る男達。込み上げてくる不快感を大きな溜息と共に吐き出して思い切り踏み込む。

ズドン、と重々しい音がして踏み込んだ足が地面にめり込む。勢いで割れた地面が隆起して目の前に居た男の顎を綺麗に打ち上げた。

宙に浮いた男の顔を思い切り殴る。弾丸のように飛んでいった男は通りの先に見えた海まで飛んでいき、数分程海面と平行に飛んだ後大きな水飛沫を上げて海に落ちた。


「じゃあ、邪魔だからどいてくれる?」


残りの二人に向き直ると怯えと驚きが混じった瞳が此方を見ていた。


「って、敵襲ーー!!」


一人が声を上げ、もう一人が同時に切り込んでくる。振り上げられたカトラスを回転しながら背中のグラムで受け止め、そのまま回し蹴りを相手の首に打ち込む。骨が砕ける音が鎧を通して聞こえ、白目を向いた男の頭をそのまま地面に埋めるように蹴り落とした。

伝令の声を上げた男が建物に飛び込んでいくのが見えたので素早くグラムを振りかぶって扉を潜ろうとした男の背中に向かって投げる。

グラムは男にぶつかるとそのまま建物の扉を吹き飛ばし建物の置くの壁まで飛んでいって突き刺さった。

…そういえば、今気付いたけどグラムの鎖はどうやら伸縮自在のようだ。鎖の端を握っているわたしの手からグラムが突き刺さった壁まで明らかに通常時の鎖の長さより距離があるのに、今の鎖の長さは地面に落ちる程余裕がある。便利なことだ。


「どうもー。出前でーす」


建物の中に入って最初に目に付いたのは拘束された住民達だ。子供や女性、老人は比較的怪我も少なく無事のようだが、男性の方は何人か血を流している人や床に倒れ呼吸が浅い人が何人か見受けられた。


「頼んじゃいねぇんだがなぁ…」


上から胃袋を揺するような低い声が振ってくる。

顔を上げると二階の手摺から顔を出し此方を見下ろしている熊のような大柄な男が居た。

他の男達とはハッキリと風格が違う。言われなくとも奴が船長であることは明らかだった。

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