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01

サラサラと心地よい風が吹き抜ける音がする。

体の感覚が鈍いような気がして、その違和感を払拭しようと身を捩って閉じていた目を開ける。


「ん…」


長い間眠っていたのか視界がぼやける。それでもわかるのは一面の緑色。

確か、学校帰りに小説の新刊を買おうとして本屋に急いでいたから、先程まで街中にいたはずなのに…。


「うっ…、変な感じ……」


体を起こして頭を抱える。漸く目が慣れてきたところに見えたのは真っ黒な手。吃驚して離すとそれは手袋に包まれたわたし自身の手だった。

視界に映る範囲で自分を見下ろす。

どうやら全身は真っ白な鎧に包まれているようだ。金色の装飾が入っていてとても高級感がある。顔を触ると、兜を被っているのか硬いものに触れているような感覚がする。

いつの間にこんな格好に着替えたんだろうか…。

立ち上がって周りを見る。

どこを見ても緑が生い茂っている。明らかに直前まで居た街中ではない。

森―――。紛うことなき森。


「…ここ、どこ?」


「ハーディン王国の外れにある大森林だよ」


独り言のつもりだったのに返事が帰ってきたことに驚いて勢いよく飛び退く。

キョロキョロと周りを見渡すが声の主らしき人物は居ない。しかしあんなハッキリとした空耳があるわけがない。

警戒したままもう一歩下がると先程までわたしが寝ていた場所にある木の向こうからジャラジャラと金属が擦れる重々しい音がする。

恐る恐る覗き込むと、そこにはわたしの鎧とよく似た装飾の施された棺桶が立て掛けられていた。


「よう。漸くお目覚めだなぁ」

「!?棺桶が喋った!?」


あまりの事に驚いて尻餅をつく。

バカバカと蓋を開け閉めする目の前の棺桶から、確かに男性の声がする。

これは、夢か―――?

そう思って頬を抓ろうとするが硬いものを阻まれた。そうだ。兜を被っているんだった。


「クハハ!いい反応じゃねぇか!これから長い付き合いになるんだ、仲良くやろうぜ相棒!」

「……どういうことか全くわからないんだけど…」

「なんだ?説明が必要か?仕方ねぇなぁ」


この棺桶、口は悪いが話はわかるようだ。

棺桶の隣に腰を下ろすと、棺桶は思いの外丁寧に今の状況を説明してくれた。

元の世界のわたしはどうやら事故にあって死んでしまったらしい。それはこの世界の女神の不注意で、本来の運命ならあそこであんな事故なんて起こらなかったし、わたしも死ななかった。

そこで女神はお詫びとしてわたしをこの世界“イスリア”に転生させたそうだ。…しかし、そこでもまた女神がミスを犯し、本来なら普通に人間として転生するはずだったわたしは、何故か魔物に転生してしまったそうだ。


「ま、魔物……!?」

「外見は完全に人間の聖騎士の奴らと変わんねぇがな。分類上、お前は不死者アンデットで、首無騎士デュラハンなんだと」


実感は無いが、今のわたしには肉体が無く、この鎧の中身はがらんどうなのだとか。

恐る恐る胸の辺りを強めに殴ってみる。ガン、と重めの金属音が微かに反響するように鳴る。体に痛みや振動はこないし、これは疑いようがない。


「因みに外見も生前のお前に合わせようとして失敗したらしい」

「ドジっ子ってレベルじゃねぇぞ女神ぃ!!」


こちとら生前はまだ花盛りの高校生だったのに!何が悲しくてこんなゴツい第2生を歩まにゃならんのだ!


「まぁ、落ち着け。その補填が俺様なんだよ」

「…と、いうと?」

「相棒って言っただろ?俺様は女神から様々な知識や能力を与えられて生み出されたちょっと特殊なミミックでな、お前のサポートを任されてる」


彼の口の中は棺桶らしく極上の布団にもなるし、亜空間が広がっているため“アイテムボックス”のような役割も果たすらしい。更に体はオリハルコンレベルで頑丈な為、武器や盾、シェルターのような役割もできるそうだ。


「え、有能……」

「クヘヘ!だろう!」


ドジの補填にしたって破格な存在に沈んでいたテンションが徐々に上がってくる。

見た目は立派な騎士なのに剣の一つも無いと思ったら彼が武器代わりになるとは…。荷物だって周囲には何も無いし、きっと必要な物は彼の口の中に……。……いや、これだけドジをやらかしている女神にそんな期待はできないな…。


「…さて、じゃあ状況もある程度把握できたところで、少し移動しようか」

「お?なんか気になることでもあるのか?」

「ん?その辺はわからないの?何かあるっていうより……ーーー囲まれてるんだよね」


グルグル…。ガサガサ…。

低く唸る声が茂みを揺らしながらゆっくり近付いてくる。

直感、というか第六感というか。そんな部分で獣が居ると感じる。不思議な感覚だが、これはきっと、ちゃんと意識して身に付けるべき技能だろう。


「『気配感知』のスキルなんて持ってたんだな。数はわかるか?」

「んー…。20…、30……。群れにしては多いね」

「複数が一気にって感じだな。いきなり実践だが、いけるか?」

「さぁ?」


ゆっくりと立ち上がって肩を軽く回す。


「まっ、やってみればなんとかなるんじゃない?」


不死者アンデットだからか、不思議と恐怖や緊張などはない。

棺桶に巻き付けられていた鎖を手に取り肩に担ぐ。


「多少乱暴に扱っても大丈夫だよね?」

「おうよ。思いっきりやってやれ」


遠吠えがする。それを合図に一斉に茂みから飛び出してきたのは赤黒い毛並みの狼だった。

目の前に迫った狼の、取り敢えず鼻を思い切り殴る。力を入れ過ぎたのかその個体は弾丸のように飛んでいって何本も木をなぎ倒し、暫くして数十メートル先の木にぶつかってそのまま絶命してしまった。


「…おっとぉ?」

「クハハハ!派手だねぇ!いいぞもっとやれ!」


棺桶は楽しそうに笑っているがこれは力加減を覚えていかないと後々危ないやつでは…?

仲間が吹っ飛んでいったのが衝撃的だったのか飛びかかろうとしていた数匹が尻込みしたように数歩後退る。


「あれ?来ないの?」


狼達に挑発するように指を動かすが、狼達は唸るだけで近付いてくる様子はない。


「そう。じゃあ今度はこっちから行くよ」


棺桶の鎖を強く握る。そのまま思い切り振り切るとジャラジャラと音を立てながら鎖に繋がった棺桶が勢い良く飛んでいく。

振り回された棺桶が狼達を数匹まとめて吹き飛ばす。生々しい音がして吹っ飛んだ狼達は地面に倒れるとピクリとも動かなくなった。

シン、と静まり返る。後退りしながら耳と尻尾を下げた狼達をチラッと見ると、「キャンッ!」と一匹が声を上げたのをかわぎりに残った狼達が悲鳴を上げながら一斉に逃げ出していった。


「クハハハハハ!だらしねえなぁ!」

「うーん。少し罪悪感…」

「気にすんなって。アイツらブラッドウルフは集団で人里や家畜を襲ったり作物を荒らしたりする魔物だから、あのくらい脅しておいてやったほうがこの辺の村にちょっかいかけることも減るだろうよ」

「そっか。じゃあいいか」


鎖を肩に巻き付けて棺桶を背中に固定する。


「…さて、これからどうしようか」

「先ずは西にある首都に向かおう。道すがら情報収集も忘れるなよ」

「了解」


周囲に生き物の気配はなくなったが、進んでいるうちにどこかでまた魔物と遭遇するかもしれないので警戒も怠らない。

暫く森の中を進むと川に辿り着いた。とはいえ、川と言うには小さく、沢と言うには大きい程度なので大した水量も勢いも無い。しかし森の動物達の喉を潤すには丁度良さそうだ。

水面を覗き込むと、見慣れない兜が同じ様にこちらを覗いている。コレが今のわたしの顔か…。


「いかつい…」

「なんだよ、いいじゃねぇか。カッコイイぜ?」

「女子としてはあるまじきよ…」


これでは喋らなければわたしが女子だとは誰も思うまい。

硬い頬を撫でた後、兜を外してみる。簡単に取れたそれを自分でもまじまじと見つめた後、もう一度水面を覗き込む。

鎧の中から首のある場所に向かって黒い靄のようなものが伸びているのが微かに見える。どうやらこの靄が今のわたしの本体のようなもののようだ。


「うーん…。不死者アンデットっていってもどっちかというと死霊系に近いのかな?」

「確かに肉体はねぇが、鎧が器の役割をしているからか、生ける屍リビングデッドに近い扱いなんだよなぁ」

「謎…」


どうしてそうなっているのか女神に問いただしたいが、わたしのこれまでの経緯を考えるとあのドジっ子がやらかした結果としか考えられない。


「もうちょっと詳しく自分のこと知る術はないの?」

「あるぜ。ステータスを見ればいい。お前にも『鑑定』のスキルは備わってるはずだしな。念じれば見られると思うぞ」

「ゲームみたいだなぁ…」


スキルやらステータスやら。そんな単語はゲームの中だけかと思っていたが、まさか現実で体験する日が来ようとは…。

とはいえ物は試しである。念じるだけでいいようなので心の中で『鑑定』と唱える。すると目の前に半透明のウインドウが現れる。



NAME:フリュー

LV:9999+   CLASS:聖騎士/不死者


HP:9999+   MP:9999+

STR:9999+   VIT:9999+

AGI:9999+


【スキル】

身体強化 気配感知 竜魔法 神聖魔法 物理攻撃耐性 魔法攻撃耐性 精神攻撃無効 鑑定 

【称号】

戦神 守護神 不死王 神竜の眷属 女神の神徒

【加護】

女神の加護 神竜の加護



…いやいやいや。待て待て待て。


「おかしいでしょうよ…」

「女神のサービスだな」

「いや、サービスっていうより口止め料でしょコレは…」


数こそ少ないが明らかに異常なスキルが並ぶステータスウインドウに頭を抱える。

ステータスの数値もおかしいし、ここまでくるとわたしの転生過程も本当にドジでやったことなのか疑問になってくる。

『鑑定』は勿論自分以外にも使える。断りを入れてから棺桶にも『鑑定』を使うと同じようにステータスウインドウが現れた。



NAME:グラム

LV:9999+   CLASS:無限喰らい/ミミック


HP:9999+   MP:9999+

STR:9999+   VIT:9999+

AGI:0


【スキル】

暴食 硬化 結界 物理攻撃耐性 魔法攻撃耐性 精神攻撃無効 鑑定 アイテムボックス

【称号】

無限喰らい 神竜の眷属 女神の神徒

【加護】

女神の加護 神竜の加護



……。


「キミも大概だね…」

「お前に合わせて生み出されてるからな。お前に劣るようじゃあ相棒とは言えねぇだろ?」


…まぁ確かに、女神から知識を与えられているだけでも頼りになるのに、このステータスならこれ以上なく心強い。

ハッキリ言って、わたし達に怖いものなんて殆ど無いだろう。


「…取り敢えず、グラムの言う通り首都を目指しながら、力加減を覚えないとなぁ」

「クハハ!真面目だねぇ」


隣で水を飲んでいた野ウサギに手を振って再び歩き出す。

わたしの敏捷ステータスなら少し走ればあっという間に森を抜けられそうだけど、せっかくならこの状況も少しぐらい楽しみながら進んでいくとしよう。

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