四話
俺達は看板にフォークとナイフが描かれた店に入ると、三つずつ両方の壁際に長いテーブルが並べられており、それぞれ四つの椅子が並べられていた。奥にはカウンターには若い女性が座っており、その奥の部屋からは食材を切る音と肉が焼けるいい匂いがした。既に何名かの客が入っており、楽しそうに酒を飲んでいた。
「いらっしゃいませー!適当に開いている所に座ってくださーい!」
女性店員は愛想よくそう言と、席に座った俺達にメニュー表を渡した。
「決まったら呼んでください!」
女性店員はそう言いカウンターへと戻っていった。ニーロはメニューを机の中心で開き、「何にするよ。あっ、遠慮はすんなよ」と言った。俺はメニューを見ると、日本語ではない文字で書かれていた。当然理解が出来ない。
「何がありま......ある?」
俺は敬語をいい直すと、ニーロは笑う。
「んー私はシチューとパンでいいかなー」
冬香は少し悩んだ後、そう言った。俺は驚きで変な声が出た。
「冬香、お前読めるのか?」
「え?うん。千秋読めないの?」
俺はまたメニューを見る。すると今度は理解できた。
「えっ?あっ、今なら分かった」
「変なのー」
冬香は笑った。何が起こった!?という心の声はしまっておこう。いちいち反応してたらキリがない。ニーロ達も決まったようで、メニュー表を渡して来た。俺はそれを手に取り、適当に無難そうなものを決めようとしたら、隣の酒を飲んでいた四十代くらいの男性客が肩をポンポンと叩いてきた。
「兄ちゃんここ初めてかー?だったらこれがうめぇーぞ!」
男性客がメニュー表を指さした。そこには日本語ではない文字で『牛ステーキ:角兎の角付き』と書かれていた。
角兎という言葉に、ここに来るまでに見たタヌキと一緒にいた兎を思い浮かべる。
「そうなんですね。それではこれにします」
俺はそういうとメニューを机に置く。ニーロがさっきの女性店員を呼び、それぞれ注文した。すると、先ほどの男性客がニーロをじっと見つめた。
「その顔と声......おめぇニーロかぁ!?」
最後に注文を終えたニーロは「うぇ?あぁ」と少し驚いた声で言った。すると男性客の後ろから二人の笑い声が聞こえた。
「おめー知らなくて声かけてたんだべか」
「飲み過ぎやな~」
その男性客は何かを考えるように唸る。
「んじゃこいつは......ニーロの子供か!?!?」
その言葉にニーロとセシリアは驚きの声をあげた。
「んなわけねぇべ」
「年あわねぇな」
すかさず他二人のツッコミが入り、はたまた男性客は何かを考えている。そんな男性客を他二人の男性客が自分らの席に戻し、「すんませんなー」と一言、自分らの席へと戻っていった。そんな出来事があった後、少ししたら俺達の前には注文した食事が並んだ。牛は普通の牛だったが、角兎の角はいわゆるピリ辛で、食感はスナック菓子みたくぱりぱりいけた。粉々にして肉にかけても美味しかった。俺達は食べ終わり、店で談笑していると扉が勢いよく開いた。
「ニーロさん!」
勢いよく開いた扉の奥には小太りの老人が息を切らしながら立っており、ニーロの名前を叫んだ。
「おっ、じいさんどうした?」
ニーロは立ち上がり、老人の所に歩いて行き、老人から何かを聞いていた。ニーロはため息をついた後、セシリアに目をやった。セシリアは何が起こったのか分かったようで、杖を持った。
「なにかあったんですか?」
冬香がそういうと、セシリアは少し考えた後「着いてくる?」と聞いてきた。俺達は頷く。
「でも見てるだけね」
セシリアは俺達にウィンクした。
「巨大な熊が出ましてね。村の者が対応していますが、いつまで持つか......」
俺達は走り、簡単に説明を聞きながら目的地に向かっていた。すると、徐々に村の入り口で熊と桑をもって戦っている村人が見えてきた。ニーロとセシリアはその姿を見ると、走るスピードを上げた。ニーロは槍を構え、熊に向かい、セシリアも射的距離に入ると立ち止まると杖を構えた。俺達は立ち止まり、その様子を見た。熊と呼ばれていた魔物は爪も俺達のいた世界の熊とは鋭く、一突きされたら一溜まりもなさそうだった。
ニーロは先頭に立ち、槍を片手で後ろで持ち、体に軽く当て挑発するように軽くステップを踏んでいた。熊はその挑発に乗ったのか、その場で吠え、ニーロを睨めつけていた。その間に村人は後ろに下がり、安全な所に避難した。
「ニーロ!」
セシリアはニーロを呼ぶと、ニーロは「おう!」と返事をした。
「さあ来いよ!」
ニーロは熊に向かって手をくいっと上にあげ二回ほどあげ、更に挑発する。すると熊は吠えながらニーロに突撃していった。ニーロはそれを華麗に避け、柵を飛び越え、村とは反対の方向に逃げて行った。熊は柵を壊しながらニーロを追っていった。
「さて、私たちも向かいましょ」
セシリアはそういうと、ニーロを追って走り出した。俺達もその後を追う為走る。後ろから「お気をつけて!」とさっきの老人の声がした。
***
ニーロは魔物の攻撃を避けながら村との距離を十分に取った。セシリアが定位置に着いたのを確認すると、その場でとどまり、出来るだけ魔物をセシリアとの逆の方に向ける。
「オラオラどうしたー?一回も当てられてねぇぞ?」
セシリアは杖を構え、杖の先に風を周りの風を集め刃を作る。ニーロはそれが完全に出来るまでの時間稼ぐ。中々攻撃が当たらない魔物は苛立ちを見せるかのように吠え、二本足で立った。その大きさは三メートル程あり、爪も大きかった。魔物は立ったまま前足を横に振りかぶるが、ニーロはタイミング良く後ろに避ける。
「セシリア!いけるか!」
「えぇ!行くわ!」
セシリアの作っていた風の刃は荒々しく形成されており、当たれば何度も切り付けられ只では済まないだろう。それをニーロに被害が無い瞬間に狙いを定めて魔物へと放った。風の刃は魔物の首へと勢いよく当たった。首から血が辺りに吹き出し、辺り一面に血が飛び散る。その風の刃は骨をも一瞬で切断し、魔物の首がその場に落ちた。
***
初めて見る動物の断頭に、俺は吐き気を催した。衝撃的だったのは冬香も同じのようで、口を押さえ動かない。さっきまで暴れていた動物が今は時々ピクッと反射で動くだけで、もうそれ以上は動かない。ニーロは右手を自分の心臓に胸を当て一礼した後、俺達の方向に向かってきた。
「おつかれちゃん。どうだったか?」
「今日もすごかったわ。なんであれを避けれるのよ」
「よく見りゃいいんだよ。目を開いてな」
ニーロはおちゃらけて目を手で大きく開かせた。俺はその姿に愛想笑いをした。
「どうした?」
そんな俺にニーロは心配の声をかけた。
「いや、ちょっと見慣れない光景だから......」
俺は吐き気を催し、口を押さえる。そんな俺にニーロは背中をさすってくれた。
そうか、これがこの世界の人達の普通なのか、俺はこれからこの人たちと同じように動物の命を奪わなきゃいけない。元の世界で生きていたらきっと死ぬまで自分の手ではしなかっただろう。俺はふとニーロの血の付いた槍を見た。咄嗟に首に手を当てた。良かった、繋がってる。何故だか竜の鎧との出来事を思い出す。あの時の槍も血が付いていたからだろうか。何故だが手が震えてる。脈の打つスピードも呼吸も浅い。耳鳴りが酷い。ニーロの声が聞こえない。頭に残るのは血液が流れていく光景、血の匂い、緑が赤になっていく。次郎おじさんの最期がフラッシュバックした。転がった熊の頭に目が吸い付く。俺もああなってた?目を離せない。ずっとみている。風が吹いた。ああ駄目だ。コロコロ転がった。目を瞑れ今すぐに!!
「あぁ」
遂に俺は目を合わせてしまった。
***
俺は夢を見た。小さい俺と絵里おばさんと次郎おじさんの三人で線香花火を持って競っている夢だ。最初は次郎おじさんが落ちた。次郎おじさんは「あちゃー」と言った後、俺の頭を優しく撫で何処かへと歩いて行った。次に落ちたのは絵里おばさん。絵里おばさんは小さい頃はよくかけてくれた『おまじない』をした後、次郎さんと同じように何処かに消えていった。俺も早く二人の所へと行くために線香花火を振るがなかなか落ちてくれない。俺は次第に大声で泣きたくなった。でも我慢した。もう、子供じゃないからだ。
俺はガタガタと揺れる馬車の中で目を覚ました。馬車は大人が六名程入る大きさで、ニーロ、セシリア、冬香の三人は楽しく談笑をしていた。俺の体にはローブがかかっており、少しいい匂いがした。そんな俺に気づいたのか、冬香は俺の名前を呼んだ。
「気分は大丈夫?」
「大丈夫」
俺は冬香に返事をした。すると、すぐ隣にいたニーロから頭を撫でられた。
「まあまあ、良くあることだから気にすんな」
「そうね。でも時期に慣れるわ」
二人は俺に笑いかけてくれた。
「今日夜ご飯豪華にするんだって!」
冬香は嬉しそうに俺に話す。
「そんな、いいのか?」
「あぁ、心配すんな。魔物の件で報酬も貰ったしな」
ニーロはちゃりちゃりとなる袋をポケットから出した。
「それに、お前らと会った記念日だ。ぱーっと使わなきゃ意味がねぇよ」
その言葉に俺は少し嬉しくなった。
「そうだ。二人の為に色々買わないとね!」
セシリアはそういうと冬香は「服見に行きたいですー!」とはしゃいだ。
「そういえば、何処に向かってるんです?」
「王都『ゲンヒュー』ってとこだ。ギルドもあるし、他にも色々あって楽しい所だぜ」
ニーロは伸びをしながら欠伸をし、「俺は疲れたから寝るわ。お休みー」と座ったまま寝た。そんなニーロの姿にセシリアが優しい笑みを浮かべる。そして口を開いた。
「あのね。二人が良かったらでいいんだけど、これからも私達と一緒に来ない?正式な仲間として」
俺と冬香は目を合わせた。そしてこくりと頷く。
「俺達で良ければ......」
「私も一緒に行きたいです!」
セシリアが胸を撫で下ろした。
「よかったわぁぁ......ニーロがパパっと話進めちゃうから二人の本音を聞きたかたのぉぉー」
セシリアが俺達二人を手招きする。俺達はセシリアに近づくと、いきなり抱きしめられた。
「これからもよろしくね。二人とも」
俺は何故だか涙が出そうだった。これまでの出来事があったからなのか、この人から懐かしい匂いがするからなのか、それはまだ今の俺には理解出来そうになかった。でも、今は心地がいい。馬車は進み続け、目的地へと進んでいってる。俺達はこれからどのようにして生きていくのだろう。きっといい未来だ。そうであってほしい。