一話
スマホから朝を知らせるお気に入りの音楽が鳴っている。俺は自分でセットしておきながら少々不機嫌になりながらも手探りでスマホを探しその音を消す。音は止み、次第に窓の奥の環境音が耳に入ってくるようになった。どうやら外では鳥が鳴いているようで、その鳴き声を聞くとどうしても自分の中で朝だという事実が確定してしまう。少しため息をつきながらも、スマホを手に取り、部屋を出ながらメッセージが来てないか確認する。スマホからは現在の時間、『12月15日 AM:6:00』といくつか通知が来ている事が分かった。
「げっ」
そこには数分前に幼馴染の冬香からのメッセージが来ており、『おはよう!!!!!!!!』とエクスクラメーションマークが多かった。スマホを買ってもらった中学一年生の頃から毎日のようにこんなメッセージがきている為、多少は慣れたが高校二年生になった今でも胃もたれしそうになる。とはいえ、元気なのは良いことだ。俺はいつも通りメッセージを開き、『おはよう!!!!!!!!!!!!』と相手のエクスクラメーションマークよりも少し多めに返してやった。
そんなやり取りをしているともうとっくに階段を下り終え、リビングの扉の前へと来ていた。スマホを操作しながらも扉を開けると、いつも通りの声が聞こえてくる。
「あら、千秋おはよう。にやにやして、良い事でもあったの?」
台所で食材を切っているエリおばさんは手を止め、こちらに顔を向けて笑顔で聞いてきた。俺はとっさに顔をしかめっ面に戻し、「別に何にもないよ」とぶっきらぼうに言い放った。
「そうかい。てっきり、冬香ちゃんと何かあったのかと思ったよ」
絵里おばさんの目線は食材の方に向き直し、しわの出来た手で素早く食材を切り始める。その時の顔は全てを悟ったかのような優しい顔だった。
「もうすぐできるから、テーブル座って待っててね」
「うん」
俺は軽く返事をして、いつも座っているダイニングチェアに座り、肘をつきながらスマホを操作する。ゲームのログインボーナスだったり、SNSでどうでもいい投稿をみたり。そんなことをしていると冬香からメッセージが届いた。
『元気が良くてよろしい!!今日数学の宿題の提出だよ!ちゃんとやった?』
俺はスマホを操作し、『ちゃんとやってるよ』と返信した。するとすぐに既読マークがつき、数秒後には返信が来た。
『偉い!私分かんなかった所あったんだよね~!良かったら教えてくれない?』
そういえば一個だけ難しい所があったよな。俺はそう思いながらも「りょうかい」と打つ。そして手癖でスマホの電源を切ると、スマホの画面には千秋ともう一人の顔が映った。次郎おじさんだ。顔のにやつき具合からするとどうやら冬香とのメッセージを見られていたらしい。俺は思わずため息を付いた。
「おはよう千秋!朝からラブラブだな~!」
次郎おじさんは口を大きく開け笑う。俺は「別に、そういうのじゃないし」と言うと次郎おじさんは俺の肩を強く叩きながらまた大きく笑った。もう還暦だというのに元気のいい人だ。
「いいか千秋、イイ女っていうのは早めに唾つけとかないと誰かにすぐ取られちまうぞ!儂も婆さんに出会った時はもう女神が地上に舞い降りて来たのかと思ってな......」
「その話は何回も聞いたって」
俺がそう言っても次郎おじさんは話を辞めない。本当に絵里おばさんの事が好きらしい。話によれば、出会ってすぐにプロポーズして、そのままビンタを食らい、蔑んだ目で見られたらしい。そしてその光景、高揚感が今でも忘れられないらしい。
でも、おかしな所があっても良い人なのは変わらない。何故なら、両親を失った俺をここまで育ててくれたのはこの人たちだからだ。遠足の時は弁当を作ってくれ、テストでいい点を取った時は褒めてくれ、俺の我儘を聞いてくれたのも今こうしていられるも何もかもこの人達が居てくれたおかげだからだ。俺には両親の記憶がない。二人によれば、俺が生まれてすぐに死んだらしい。悲しいも何もない。覚えてないからっていうものあるが、二人が居てくれてたから......なのかも知れない。
「そしてお前を引き取り、今こうして幸せに暮らしているのだった......めでたしめでたし!」
そうこうしてる内におじさんの話も終わり、絵里おばさんから「ご飯できましたよー」と声がかかる。二人は返事をすると、食器を取りに台所へと向かった。
***
朝食を食べ終わり、俺は今、学校へ行く準備をしていた所だ。絵里おばさんと次郎おじさんは食器を洗っている。ネクタイを締めながらラジオ感覚でついているテレビのニュースが耳に入ってきた。クリスマスの話題だ。その話は二人も聞いていたようで、「色々買い込んで置かないとね~」など話していた。
ピロン!とメッセージが届く音がした。冬香からだ。
『マッテルゼ!』
カーテンを開け外を見ると、赤いマフラーをした冬香が敷地の入り口前に立っていた。冬香はこちらに気づいたのか振り返り、笑顔で手を振ってきた。俺は自然と自分でも気づかない内に口角が上がり、カーテンを閉めた。
俺はソファーに置いてあった通学用バックを手に取り、二人に「行ってきます」と声をかけ二人の「いってらっしゃい」を背に玄関を出た。
外へ出ると冬香が笑顔で出迎えてくれた。
「千秋おはよう!」
「あぁ、おはよう。今日も元気だな」
「元気なのが私の取り得だからね!」
冬香は両腕にこぶを作るように上に曲げそう言った。
「んじゃ、行こうか」
俺たちは道中、昨日のドラマが面白かったとか、昨日晩御飯がシチューだったとか、他愛もない話をしていた。信号待ちで立ち止まっていると、空から白い粒がゆらりと落ちてきた。
「雪か......」
俺は空を見上げ呟くと、隣にいた冬香がそれをかき消すように「雪だ!」と言った。
「雪だよ!千秋雪!」
今にでもその場で飛んでそうな勢いで雪の事を知らせてくる冬香、千秋は思わず笑ってしまう。
「そんなにはしゃいで、子供かよ」
「だって雪だよ!これは......雪だるまを作るしかないねぇ......」
「そんなに積もるのか?」
「多分!積もったら作ろう!」
「俺も?」
「もちろん!」
冬香は青になった信号を走って渡る。冬香は昔から雪が好きだ。何故かと小さい頃に聞いたら、「私の名前に冬が入ってるから」と返ってきた。特に雪だるまが好きらしく、今、冬香が持っているバックにも雪だるまのストラップがついているし、スマホのケースも雪だるまの絵柄が描かれている。
「千秋ー!はやくー!」
「はいはい」
あっという間に横断歩道を渡り切った冬香を追って歩き出した。雪で思い出したのだが、そういえばもうすぐクリスマスだな、っと。それとこうとも思った。その時冬香は予定があるのか......と。
***
無事に学校へと着いた時、雪はもう止んでいた。そして授業を受け、昼休みになった。他の生徒達は食堂に向かったり、友達と駄弁っていたり、弁当を取り出したりしていた。俺も例に漏れず席を立ち、学食へ向かおうとすると、隣の席にいた冬香から「千秋」と声をかけられてた。
「どうした?」
その時の冬香はいつにもなく落ち着きが無く、文字通りもじもじとしていた。冬香は一度深呼吸をすると、机の隣にかけていたバックを机に置き、バックの中から一つの雪だるまが描かれた弁当箱を取り出した。
「これ......作ってきたんだ......」
冬香は弁当箱を俺に突き出してくる。俺は少し何が起こったのか理解できず、固まってしまった。ただ返事は一つ。なんなら弁当箱を見たとき、ちょっと期待していた自分もいた。
「食べる」
すぐさま席に座り、弁当を受け取った。冬香は「やった!」と見るからに明るくなった。
「これね、うまくできたんだ!特にお米を雪だるまみたいにしてね!」
俺は弁当箱を開けるとそこにはケチャップやおかずでぐちゃぐちゃになった雪だるまがあった。すぐ隣で見ていた冬香は「あああああ!!!」と叫んでいた。「なんでぇぇぇぇぇぇ......」とうなだれる冬香、急に「はっ!!」と思い出したように声をあげた。
「走った時かぁぁぁ」
それを横目に弁当を食べる。味付けもおかしくなく、好きな味付けだ。
「うまいぞ」
その言葉を聞き、冬香の顔はまた笑顔に戻る。
「ほんとぉ!?よかったぁー!今日四時に起きて作ったんだ!」
「ありがとうな」
「うん!特に今日卵焼きがうまくできたんだよね!」
それを聞き、箸で卵焼きをつかみ口に運ぶ。噛んだ瞬間に卵の味と砂糖の甘みが口に広がった。
「おっ、砂糖いれたんだな」
「そうそう!絵里おb......ネットで調べたんだけど砂糖入れるとおいしいみたいだからね!」
なるほど、絵里おばさんの入れ知恵か。
「冬香は食べないのか?」
「私ダイエット中だから!」
冬香はサムズアップした。そして腹を鳴らした。冬香の顔は徐々に赤くなっていき、しまいには「一口貰ってもいい?」と聞いてきた。
「別に冬香が作った弁当だから後は全部あげるぞ」
「いやいや、千秋の為に作ったものだし、私が失敗しちゃったのが原因だからそれに......」
冬香が頬赤らめる。
「千秋に食べてほしいから......」
「分かった。んじゃ半分こだ」
素早く弁当の半分を食べ冬香に渡す。冬香は「ありがとー」と言いながら弁当を食べ始めた。その光景を見て少し恥ずかしくなってきた。
「どうしたの?千秋」
どうやらその恥ずかしさは顔に出ていたようで、冬香は頭を傾げながら聞いてきた。俺は少し間を置いた後、「なんでもねぇよ」と返した。
そしてその後はまた他愛もない話をして昼休みを終えた。
***
学校が終わった帰り道、冬香と一緒に帰っていると、スマホが鳴った。スマホを取り出し、通知をみる。
「おばさんからだ」
そう呟くと、冬香が「なんてきたの?」と覗き込んでくる。千秋はタップし、メッセージを確認するとそこには『おかしかってすきなもの』とゆきだるまの『OK?』のスタンプが送られてきた。
「おつかい頼まれたっぽい」
「へー!あっ、絵里おばさんスタンプ使ってくれてる!」
「これ冬香が教えたやつだったのか」
「うん!プレゼントしたやつ!というかおつかいついて行ってもいい?」
「別にいいけど、何か買うのか?」
「うん、ちょっとね」
そういうと冬香はコンビニの方向へと走り出した。
「早くしないと置いていくよー!」
「ちょ!」
俺も釣られて走り、気が付けばコンビニついていた。冬香の少し息を整えるのを待ち、冬香と一緒にコンビニへ入る。
内装はクリスマス風になっており、店を入ってすぐ近くの棚にはサンタの人形とそれに関連したものが置いてあった。買い物カゴを手に取り、お菓子コーナーを歩いていると、冬香は「もうすぐクリスマスだねー」と辺りを見渡す。
「そうだなー」
俺は適当にスナック菓子をカゴに入れ、歩き出す。
「あ、私これ食べるー!」
冬香がじゃがいものをスライスしてあげて味付けしたスナック菓子『ぽってーち しお味』をカゴにいれた。
「まあ、それくらいなら買ってやるよ。弁当のお礼だな」
「やったー!」
喜んでる冬香を見ると、ある決心がついた。
「あーそれとだな......」
ある言葉を言おうとすると途端に顔が熱くなってくる。冬香は首を傾げ、上目遣いで俺の言葉を待っている。
俺は意を決し、「クリ......」の言葉が口から出た瞬間、突然外から小さく爆発音がした。
「冬香はここでまってろ!ちょっと見てくる!」
カゴをその場に置き、冬香の静止の声を無視して外へと飛び出す。
外では黒い煙が至る所で立っており、それもまた爆発音と共に増えている。そして、その黒い煙は俺の家の方にも出ていた。そして、明らかにその爆発は徐々に大きくなっている。
「近づいてる!」
俺は急いでコンビニの中へと入り、冬香の所へ向かう。お菓子コーナーで青ざめた顔でスマホを操作していた。
「どうした!冬香!」
俺は声を荒げた。冬香が手を震わせながらスマホの画面をみせる。そこには『絶対に家に帰ってこないで。危険だから』と冬香の母親から来ていた。このメッセージと外の爆発音、そして俺の家と冬香の家は隣同士、もしかしたら二人は......いや、大丈夫だ。だったら、やることは一つだ。
「冬香、逃げよう!」
冬香の手を取り、出口へと走り出す。
「どうしたの!?何があったの!?」
「話は後!取り敢えず、爆発の方向とは違う方向に!」
そうしている間にも爆発音は大きくなっている。もっと頭を回せ!
スーパーを出た後、音の方向とは逆の方向に走る。近くに交差点があり、そこに向かう。もし、爆発が一直線に起きているのだとすれば、右か左に曲がれば大丈夫なんかじゃないかと考えたからだ。もしうまくいけば遠回りにはなるが家に帰れるかもしれない。
「まって!速い!」
冬香の声が聞こえ立ち止まり。冬香は肩を大きく動かしながら呼吸している。後ろを振り返ると爆発はこちらへと向かってる。休んでる場合はない。だったら―――
「分かった、ちゃんと捕まっていろよ」
「えっ?わっ!」
冬香を担ぎ、走る。それと同時にこれからどうするのか考える。時期に体力も無くなる。二人乗りできるものがあればいいが、運よくそこら辺に落ちてるものなんてない。人の騒ぐ声、車のブザー音がうるさい。爆発の方向から来ている車は法定速度なんてお構いなしに速度を出している。先頭の車が止まるか減速すれば必ず玉突き事故が起こるだろう。冬香は震えながらも目を強く閉じ、こらえている。
交差点に着き、右に曲がる。すると、後ろから鉄と鉄がぶつかる音がした。きっと車同士がぶつかったのだろう。続けてブレーキ音と衝突した音が何度も何度もあたりに響いた。人の悲鳴も聞こえた。ただそんなのはお構いなしに千秋は走り続けた。ただ、人を背負っているの状態じゃ長くはもたない。十分もすれば息が切れ、足が動かなくなっていた。でも少しでも遠く向かう為、歩く、幸い人通りがそこまで多くはなく、押し倒されることもなかった。だが、それも長くは続かなかった。足がふらつき限界がきた。最後の力を振り絞って裏路地まで逃げ込み、息を整える。先ほどの交差点から十分に距離も取った。大丈夫だと信じたい。
「それで何があったの?」
冬香は取り乱しそうな気持ちを抑えていた。息を整え、口を開く。
「俺らの家の方向から爆発がしていて、その爆発がこっちに来てた」
「それって......そしたらママは!?」
「スマホ!スマホでれんらッ!ゲホッ!ゲホッ!」
俺は全て言い切る前に言葉が咳き込んだ。小指と親指を立て耳元で揺らすジェスチャーで電話をしてみてと示す。冬香はそれに頷き、母親に電話をかける。ポケットに財布を発見した俺は、その間に近くにあった自動販売機で飲み物を二つ買い、冬香に渡す。
俺も絵里おばさんのメッセージが来てない事を確認し、電話を掛けるが二人が電話に出ることはなかった。
「そんな......」
冬香が肩を落とす。爆発音も近づいてくる。
「冬香、お前だけでも逃げろ」
その言葉にはっと驚き、冬香は首を横に振る。
「絶対に嫌だ!私だけ逃げるなんて絶対にできない!」
強い口調で言い放つ冬香。こうなったら絶対に聞かない事は今日まで過ごして来た中で十二分にわかってる。
「それじゃ、後は神頼みだな」
ここが爆発地点じゃ無い事を祈るだけ。爆発の箇所からして事前にしかけられていた爆弾か何かか......
「いや、家に帰るなと言えるという事は視覚出来ているという事か......」
「ねぇ千秋、空見て!空!」
裏路地から出ていた冬香の声が聞こえ、その場で空を見上げる。建物の隙間から、ゲームに出てくるような巨大な魔法陣のようなものがこの街を覆いつくすように出現していた。
「なんだよ、あれ......」
「分からない......」
二人は目を合わせそう言った。すると、大きな爆発音が聞こえてくる。その音を聞き、冬香を裏路地に呼び寄せる。このまま過ぎろ。このまま過ぎろ。このまま過ぎろ。と心の中で何度も唱えた。爆発がするたびに風が起こる。音は徐々に近づいてくる。耳を抑えてないと鼓膜が破れそうなくらいだ。そして一発、今までで一番大きな爆発音がした後、爆発音が徐々に遠のいていった。その遠のく音を聞き、二人は安堵する。
「助かったの......?」
震える声で冬香は言う。「何とか」と返す声は自然と震えていた。そういった安堵も束の間、空からたった一つの道を塞ぐように『何か』が落ちてきた。地面は凹み、亀裂が走っている。嫌な予感がする。姿は土埃で見えない。その『何か』は、持っていた長い棒状のを一振りする。その場で強風が吹き、土埃が消え、姿が見えるようになった。
「人......?」
冬香が呟く。確かにそのシルエットは人だ。だが、槍を持っていて、それはまるで竜をモデルにしたのではないかと思われる西洋甲冑を着ていた。今の時代ではいわゆる『コスプレ』と言われるような恰好だ。それだけだと良かったのだが、その『竜の鎧』は覗き穴からこちらを睨んでいた。明らかに敵意を向けられている。
「あんた何者?そこを通してほしいんだけど?」
少し強めに言った。すると竜の鎧はため息をつきこう言った。
「それは出来ない。お前らはここで死ぬからだ」
次の瞬間、竜の鎧は距離を詰め、俺たちを槍で一突きした。咄嗟に冬香を庇う様に右に飛び込み間一髪の所で回避する。突く瞬間にも強風が吹いていた為、本気で殺そうとしているらしい。
「やるな。だが、次は外さない」
「ひっ......!!」
冬香は涙目になっており、声にもならない声をあげていた。竜の鎧はこちらにゆっくりと近づく。俺は冬香を抱え、後ずさりする。手元にペットボトルを見つけたので、それを投げるが、いとも容易く弾かれてしまう。いつしか背中が壁に当たり、もう後にも先にも引けなくなっていた。冬香は震えて動けそうにない。
「た、頼む!冬香だけは助けてくれ!」
「駄目だ。お前らは殺す」
必死の命乞いすらも一瞬で弾かれてしまった。呼吸がはやくなる。心臓がうるさい程に鳴っている。どうする。どうする。どうする。
答えは出ない。
俺は絶叫しながら近くにあった石等を投げる。その抵抗はむなしく。鎧には傷一つも入ってなかった。
竜の鎧は槍を振りかぶり、俺達を貫く。
だが、辺り一帯には俺達の断末魔の代わりに、鉄と鉄が激しくぶつかる音が響いた。
いつの間にか閉じていた目を開け、確認する。すると目の前には不思議な剣を持った次郎おじさんが居た。竜の鎧は槍を弾かれ、すぐさま距離を取る。
「おじさん!えっ......?」
安心したのも束の間、次郎おじさんは全身から血を流しており、良く見るとふらふらと揺れている。立っているのもやっとみたいだ。
「安心せぇ千秋、冬香ちゃん。お前達は絶対に守るからよぉ......」
覚悟を決めた戦士が剣を再び握り締め、構える。
「まだ死んで居なかったのか......」
竜の鎧はため息をつき、槍を構える。
「だがその体で何が出来るというのだ!!」
竜の鎧は一定の距離を取りつつ、次郎おじさんに何度も素早く槍で突き、次郎おじさんは何とかそれを対処した。
そして、鉄と鉄がぶつかる音が何度も、何度も、耳に入ってくる。次郎おじさんは見るからに動きが遅くなっている。槍に貫かれるのも時間の問題だろう。俺はただ、見守る事しか出来なかった。そして、その時は来てしまった。
「あぁ、あぁ......」
俺は絶望の声をあげた。次郎おじさんは一瞬、体制を崩した瞬間に槍で貫かれてしまったのだ。しかし、次郎おじさんは槍に刺された状態でも前に進み、竜の鎧の腕を掴み、いつも通り歯をみせ笑う。
「ばあさん!準備は整ったか!」
次郎おじさんが声を荒げると、何処からか「えぇ......!!」と絵里おばさんの声がした。
竜の鎧と次郎おじさんを囲むように大量の魔法陣が出現する。竜の鎧はその場から逃げようとするが次郎おじさんんが掴んで離さない。
「こおおおおおおおおおおおい!!!!!!!!」
次郎おじさんが叫ぶ、そして、一つ一つの魔法陣から何十発もの火の玉が発射される。しかし、熱くは無い。見る限り辺りには被害が出ていないようだ。どうやら二人を囲んでいる魔法陣がバリアのような役割をしているらしい。
そうしていると、目の前に新たな魔法陣が現れる。それは俺達に近づき、飲み込んだ。
***
気が付くとそこは地下室のような場所で、目の前には大きな杖を持った絵里おばさんが立っていた。胸の中には冬香が居る。
「おばさ......!」
「ごめんね。もう時間がないから」
絵里おばさんが俺の言葉を遮る。その声は少し焦っているように見えた。
「これから貴方達には違う世界で生活してもらうわ」
「どういうことですか......?」
冬香が恐る恐る絵里おばさんに聞く。
「貴方たちはもうこの世界では生きていけない。この世界の事は忘れて、今から行く世界で幸せに暮らすのよ」
絵里おばさんが次々と杖を使い、呪文のようなものを唱え、俺たちに何かをかけている。
「どういうことだよ......?」
「家のママとパパは......?今日早く帰ってくるって行ってたから家に......」
絵里おばさんは下向く。
「ごめんなさい......守り切れなかったわ......」
「そんな......」
冬香は口を押え、涙を流す。
「こことは技術の進歩も何もかも違うと思うから、ちょっと戸惑うかもだけど......」
おばさんは無慈悲にも話を続け、ポケットから首飾りを出し、千秋に渡す。
「街に着いたらギルドという所に行くのよ。そして受付の人に『エリー・ルゼルファーの子孫』と言えば手厚いサポートをしてくれると思うわ」
「待って、何が......」
絵里おばさんは頬を優しく撫で、千秋の顔を見る。そして、一滴の涙を流した。
「本当、お父さんみたいに男前になって......」
その瞬間、すぐ近くで爆発音がした。
「もう気づかれたのね......」
杖を構え絵里おばさんは呪文を唱える。それと同時に体は強く発光し、意識が遠のいていく。それは冬香も一緒のようだ。
「おばさん!!!」
俺の目に最後に映ったのは、呪文を唱え終わった絵里おばさんが優しく微笑んでくれている姿と、すぐ傍にあった壁から出てきた竜の鎧に、体を貫かれている姿だった。
***
目が覚めた。目の前には木の葉から見える青くこの世界を照らしている空があった。起き上がると、その風は今まで起きたことが嘘だと思うかのような温かい風が吹いた。だが、手の中にある首飾りと、所々傷や汚れがついているブレザーをみると、あの光景は嘘ではなかった事が分かった。隣には冬香が涙を流し眠っている。俺は柔らかな天然のマットレスに体を預けた。そして俺は、今までの事が嘘でありますようにと願いを込めて、目を閉じた。