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出来損ないの歌うたい

「シア・アンバー。お前にはこの学院から出ていってもらう」


 学長に重々しく告げられた言葉は、あまりにも私の心に辛くのしかかった。


 寮の私の部屋から出てきた、と言われたコインの詰まった空き缶には当然見覚えがない。


 しかし、それを証明する手段を私は持ち合わせていなかった。


「明日の朝には追い出す。貴様のような盗人に一晩でも寝床を与えることに感謝しろ」


 私は力なく項垂れるしかない。何を言っても証拠がなければ聞いてはもらえないだろう。


 私に掛けられた疑いは、学院の中にある大聖堂の奉納品を盗んだこと。


 勿論、そんなことはしていないのだが、まるで犯人が私であると決めつけたかのように話は進んでいった。


「『歌うたい』としても出来が悪く、その上盗みまで働くとは。やはり貧民街育ちの孤児など迎え入れるべきではなかった」


 ああ、そういうことか、と独りでに納得する。学長がどうしてこれほど一方的に責め立てるのか分かった。


「お前が歌うだけで、竜たちは暴れ、狂ってしまう。お前は呪われているのだ。シア・アンバー」


 私が盗んだかどうかなどどうでもよいのだ。


 ただ、目障りなのだ。


 それだけが、私は悲しくて。


 何も言えずに審問会は終わった。


──────────────────────


「無様ね。いい気味だわ」

「アメリ…………」


 審問会の後、とぼとぼと廊下を歩いていると話しかけてくる人間がいた。


 彼女の名はアメリ。私のことを目の敵にする、私と同じ、竜を鎮める『歌うたい』の見習いだ。


「気安く名前を呼ばないでちょうだい。性根の汚さが伝染るじゃない」

「私はやってない!」


 自分を奮い立たせて反論するが、彼女は鼻で笑うだけだった。


「盗人は誰だってそう言うわね。…………でも、清々するわ。無能で、明るいばっかりで、ウザったくて仕方なかったもの」


 息が詰まる。これは怒りなのか、悲しみなのか、分からなかった。

 彼女は続ける。


「誰も庇ってくれなかったんでしょ? 随分と嫌われたものね」

「それはっ…………」


 あなたが止めさせたからでしょ、と言いかけて遮られる。


「私に楯突くの? この、侯爵令嬢の私に? あ、ごめんなさいね。貧民街育ちのあなたには貴族のことなんて分からないものね」


 私は拳を握りしめるだけだった。


 彼女の家は長年強い影響力を持っている貴族の家で、今いる『歌うたい』の見習いたちの中では最も身分が高いそうだ。


 アメリはいつもそれを鼻にかけているし、親の権力を振りかざして周りを威圧している。


 だから私は彼女が嫌いだったし、彼女も身分の低い私を嫌っていた。


 私が追いやられるのをアメリは心底嬉しそうに見ていた。


「ま、精々泥でも啜って生き延びたら? 悲劇の主人公気取りで死ぬより、こっちのほうが醜くてあなたにはお似合いよ!」


──────────────────────


 『歌うたい』は竜を鎮める巫女だ。


 私たちの住む王国には竜がいる。土地を守護する五頭の竜人と、彼らほどの力は持たない単純な竜種。後者であれば、人間よりも多いくらいだ。


 人間たちは彼らと歌を使って意思疎通を取る。暴れる竜には諌める歌を、弱った竜には癒やしの歌を。そうして私たちの国は発展してきた。


 その為の人々を育成し、国家のために役立てるのが学院だ。


 卒業した者の行先は様々で、地方の教会や牧場に行くこともあれば、軍に入ったり放浪に出てしまうなんて人もいる。


 特に成績優秀なものは偉大な五頭の竜────竜帝のもとへ行き、その眠りを補助する。気に入られれば王家の者より強い権力を手にすることさえある。


 …………今の私には全て無縁のことであるが。


 眠れぬ夜を過ごし、朝日も出ない内から学院を追い出された私は、着の身着のまま、行く宛もなく歩いていた。


 いや、目標はある。学院からほど近い北の山脈を目指し、そこで雪に包まれて死んでしまおうと思ったのだ。


 見知った王都の貧民街に戻るには路銀が足りない。


 そして、既に私には、もう一度世界に食らいつくだけの気力はなかった。


 空腹も感じないほどの苦痛の中、段々と冷えていく大気に安心さえ覚えた。


「…………ここでいいかな」


 すっかり日も落ちた頃、雪も積もり始めた山中で、一際大きな木の下に腰を降ろす。


 最期に、力尽きるまで歌を歌っていようと思った。歌うことは何よりも好きだったから。


 こんなくだらない人生の中で、たった一つ輝いていたモノ。


 歌声が綺麗だから、と学院に連れて行かれた日の喜びは今でもはっきりと覚えている。


「─────、─────────、────……」


 暗い木々の隙間から、満天の星空を覗きながら、私は歌う。


 一曲目、貧民街の子どもたちに歌ってあげた歌。


 二曲目、これは学院で最初に教えてもらった歌。


 三曲目、試験のために一生懸命練習していた歌。


 四曲目…………段々、眠くなってきた。


「こんなところで眠ったら、ヒトは死んでしまうよ」

「……いいんです。そのために来たんですから」


 …………誰だろう。もう、目も開かないや。返事をしてからそう思った。


「やっぱりいい歌だ。もう少しだけでも聞きたいな」


 いい歌? 最後にそんな風に言われたのはいつだっただろう。


 ふわりと抱き上げられた感触がある。しかし、暖かくはない。不思議な感覚だった。これが、死ぬということなのだろうか。


「僕はオーウェン。君は?」

「私……わたしは──────」


 そう言ったきり、私は意識を失ってしまった。

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