最初の目標
僕たちは遊びスペースから作業スペースへと移動する。
ホワイトボートを正面にして、佐多利がペンを持ち、司会と書記を担当する。この場面だけを見たのであれば、誰しも人生相談部の部長は佐多利だと思うだろう。
「それでは、葵ちゃんが成績を落とさずに遊ぶ時間を増やすためにどうするべきか話し合いを始めましょう!」
意外とノリノリで始める佐多利、人生相談部は完全に乗っ取られていた。
「まずは、状況説明をしますね!」
そういって、佐多利は相談内容とここまでの経緯を話し始めた。
「葵ちゃんの家庭はかなり厳しくて、少しでも成績が落ちたらとても怒られるんですよ。葵ちゃんは成績がとてもいいので、少しの差がかなり響くんです。」
「だけど、テストって一か月半後だろ?少しぐらいなら遊んでいても取り戻せるんじゃないか?」
住吉は佐多利に質問する。
住吉の言っていることは分かる。いくらテストでも、所詮は学校が出すテストだ。テストの数週間前から頑張れば十分取り返すことも可能なはずだ。まあ、学校のテストだけだったの話だが。
「学校のテストだけなら、良かったかもしれませんが、葵ちゃんは多くの塾を通っています。その分、塾からのテストなどやることが非常に多いんですよ。それに学校のテストと違って難易度が非常に高いんですよ。」
「なるほどな」
ゆるく生きている僕たちには、想像のつかないほどの厳しいのだろう。
「それだけじゃなくて、ピアノとか色々なレッスンもしているし、一人暮らしだから家事も自分でやらないといけないのもあって、私にはどこから手を入れればいいのか分からないといった感じだよ。」
「す、すごいなー」
「それは大変だ」
佐多利の話を聞いて、納得してしまった。そりゃ、こんな地獄のような生活をしているのであれば、いつか壊れるのは必然だ。遊ぶことなんて考えてられないだろう。少しでも気が抜けば破綻しそうなことだ。
「慣れれば、意外となんとかなりますよ」
「いやいや、普通に無理だよ」
「これは流石にな」
「そうだよね!私なら1日も持たないよ」
桜木の感覚が狂った発言に、三人とも否定をする。
「だからどうしようかと、迷ったんだけどね。葵ちゃんが一人で無理なら、二人で考えればいい。それでも無理なら、三人で考えればいいといってくれてね!そういう事ならと思って、ここに相談しにきたんだ!」
佐多利はこちらを見る。
まあ、言いたいことは分かる。桜木の発言は僕の影響が大きいだろう。しっかりと彼女の役に立てていることを知れてうれしいが、そんな期待した目線を送られるのは困る。
桜木さんの方を見ると、佐多利の方を少しにらんだ後、顔を下にしたまま動かなくなってしまった。
「そういう訳だから、この問題を解決するいい案とかないかな?」
僕たちはすぐに案を出すことができなかった。
それは当然だ。きっと桜木葵を取り囲む環境は僕たちの想像以上のものだろう。今まで楽して生きてきた僕たちには答えを出すことは出来ない。
「必要ないレッスンとか、何処か妥協をしてはダメなのか?明らかにキャパオーバーだよな」
「大友君、それは出来ないよ。レッスンとかの管理はお母さんがしてるの。別に今の生活が出来ない訳ではないから、私の身勝手な理由ではやめられないし、やめさせてくれない」
住吉の質問に残念そうに答える桜木。彼女を取り巻く環境は自分の一存では変えられないらしい。
「一つ質問なんだが、そのお母さんの性格を考えるに、部活自体もあまりいいとは思っていないと思うんだが、そこら辺はどうしてるんだ?ここにいると言うことは部活自体はやめているんだよな」
ここまで厳しい人なら、この時間すらも無駄なく利用するはずだ。部活なんて言うおままごとをするよりも、塾などに通う方が大切だと考えるタイプのはずだから。
「隅風君は鋭いね。その理由は私が言う」
佐多利はやるなーみたいな表情をしながら説明をしてくれる。
「隅風君の考えて通り、葵ちゃんは部活をやめて、その時間をさらなるレッスンに充てようとしていた。だけど、そんなことをしたら本当に自分の時間が無くなってしまう。だから私が葵ちゃんにいったのよ。まだ続けていることにしようって。そうすれば、その時間は自分の為に使えるからね」
「なるほど、確かにそれは一理あるね。だけどよくそれが上手く言ったね。今までの傾向上桜木さんのお母さんは参加義務の事を知っているはずだ。なら、絶対に反対すると思うんだけど」
「それは、お父さんとお兄様が私の事を庇ってくれて、何とかすることができました。」
どうやら、とても厳しいのは桜木のお母さんだけで、お父さんと桜木兄はある程度理解がありそうだ。
今までの話を聞いてここ一か月、桜木がどのような環境に囲まれ、どう過ごしてきたのかをある程度知ることができた。
それと同時に今抱えているであろう問題も予測することができた。
「なるほどね。すると、この自由な時間もそんなに多くないのかな?」
僕がそれを聞くと、佐多利は下を向き、桜木は悲しそうな表情をしながら質問に答えてくれた。
「はい、今回、私は成績が下がってしまいました。これからが重要になってくる時期なのでお母さんはとても怒ると同時に、部活が原因だと考えています。早くても来週までには私は部活をやめさせられることになるでしょう」
「お父さんとお兄さんの援護は?」
「期待できません。二人とも問題がなければいいと考えているため。成績が下がった私に援護はくれないでしょう、それが例えあまり関係ない事だとしても」
随分と冷たい所らしい、結果を出していないと自由もないとは僕なら生きてはい・・・・・・
「ただでさへ、難しい問題に時間制限までも付くのか。俺には手が負えんな」
住吉も諦めの声を上げる。それを聞いて桜木たちはより暗い雰囲気になる。僕たちを包み込むのは絶望だ。どうしようもない状況に嘆くことしかできない。
どんなに認められないことで、これは現実だ。
「ということで、駿人頼む~。これは駿人の得意分野だ」
まるで他人事のようにこちらに丸投げしてくる。
住吉の発言を聞いた二人はこちらの方へと視線を送る。
「なんとかできるの?」
桜木は縋るように聞いてくる。
「それを決めるのは桜木だ」
その縋るような声に対して、敢えて突き放すように僕は答える。
「わたしが決める・・・・・・」
「そうだ、これは桜木の問題だ。僕たちがいくら頑張ろうが、桜木自身が出来ないと諦めれば意味がない。それは当然な事だろう?」
僕は優しい言葉を使わず、ただひたすらに事実だけを述べる。それが例え、心を抉る刃になると分かっていてもだ。
「それで、桜木はどうするんだ?」
僕は多くを語らない。桜木自身に決めさせる必要があるのだ。
僕は誰かを守り続けるなんてことは出来ない。
僕は誰かを自分だけの力で救えるとも考えていない。
僕は誰かのヒーローにはなれない。
僕に出来ることせいぜい、アドバイスとささやかな手伝いだけ。
僕は自分が関わった人が不幸になる所を見たくない。
僕は自分のせいで人を不幸にしたくない。
だからこそ、僕は求めてしまう。
どんなことがあっても決して折れずに進うことを求めてしまう。
どんなことがあっても諦めずにすすむことを求めてしまう。
本当はもっとうまくやれる方法があるのは知っている。
本当はどうなるか何て分からない選択をさせるのではなく、自信を持って選べられるようにするべきだと知ってる。
しかし、僕は臆病者で自分が大切だから、求める。
きっと、桜木葵という人物が強くなれる人物だと信じて求めるのだ。
進むのか進まないのか。
桜木は一度目を閉じる。そして、少しの間をあけて言うのだ。
「私には分からないことが多くありますが、3つだけ分かることがあります。
一つは、分からないなら試してみること、
次に、一人でダメらな、二人で、一人で何とかしようとせず、みんなに助けを求める事
最後に、諦めてはいけないということ。
だから、私は諦めません。そして、分からない私を助けてくれませんか、鮎莉ちゃん、大友君、そして隅風」
桜木はこちらを見ながらきいてくる。僕はそれに優しく微笑みながら答える。
「もちろん」
「私も、いいよ!」
「断る理由もないしな」
「みんな、ありがとう!」
桜木葵は強かった。決してこの先にあることから逃げすに進むことを選んだのだ。
「なら、最初の目標を決めましょう」
「「「最初の目標?」」」
僕の言葉に三人が疑問を浮かべる。
「そうです。具体的な目標を決めましょう。成績を下げずに、遊ぶ時間を増やすなんて言う曖昧で大きな目的ではなく、もっと分かり易くて、具体的で現実感がある目標を決めましょう。その方が、やり易いし、みんなのやる気も上げることができる。」
そういって、三人は納得する。
物事を進める上で、目的をはっきりすることは大切だ。大きな目標は曖昧でもいい。だって根本的にどういうものなのか、想像できないし、いきなり叶えることも出来ないから。
叶えるためには積み重ねが必要であり、それをするために、一個一個、まずは僕たちが想像できる分かりやすい目標を立てて、攻略していく。
自分の力をしっかり理解して進むことが大切だ。
「それで桜木は最初の目標はどうしますか?」
僕が桜木に最初の目標を聞くと、桜木は少し考え答える。
「私は夏休みに遊びたい。みんなと一緒に遊んで最高の夏休みにしたい」
それはとても真っ直ぐで、分かりやすい目標だった。
僕たち、人生相談部の最初の目標が決まった。
それは「桜木葵の夏休みを最高のものにするということ」