隅風駿人の最大で致命的な間違い
桜木の家にお邪魔した僕は、リビングにあるソファーに座る。桜井の家は完璧美少女のイメージ通りとてもきれいな所だった。
清潔感があるれており、普段から掃除などを頑張っていることはすぐに伝わる。
それと同時に、必要最低限しかない家具など、桜木がどういった感じで過ごしているのかが伺えるものもあった。
そんな風にソファーで待っていると、お茶を持ってきた桜木がこちらに向かってくる。
「すいません、私の我儘に付き合わせて」
「気にする必要はないよ。僕たちはそういう関係だろ?」
早々に謝り出した桜木に僕は気楽そうな感じで返す。
桜木と関わってから、こんなことの連続だ。そして、互いに我儘を聞いてくれる存在として互いに引っ張りまわしているような関係だ。
いや、最近は引っ張りまわされている方が多いような気がしてならないが、まあ誤差だ誤差。
「ふふ、確かにそうですね」
開き直りにも捉えられる僕の言葉に、桜木は笑みをこぼしながら賛同する。
そして、桜木は僕の隣へと座る。
桜木との距離は非常に近い、少しでも動いたら互いの肩が触れるほどだ。
ここまで近いのは初めてだ。公園の時ではもう少し距離があったはずだ。
桜木の方を見るが、何もないかのように平然としている。
あれ、僕だけが意識してしまっているのか、そう考えると辛くなるので即座に忘れる。
まあ、さっきまで色々ありすぎたので色々と狂ってしまっているのだろう。そう、きっとそうだ。
僕はそう思い込んで平常心を保つ。
一体この後どうすればいいのか一切分からないが、最後の懸念点だった、桜木家の介入も上手く対応することができた。
これ以上、僕の精神を使うようなことはないので、気楽に過ごそう。
そうして僕たちはソファーに座って、互いに何もしゃべらず時間が過ぎる。
「隅風、いや、駿人君は私のつまらない話を聞いてくれますか?」
ソファーに互いに座ってから30分ぐらい経ったときだろうか、桜木は夜空の方を向きながら、非常に落ち着いた声で聞いてきた。
そんな桜木の様子に僕は強い違和感を覚える。
すぐに、その違和感の正体に気が付く。
落ち着きすぎているのである。
その落ち着きようは、許容量をはるかに超える怒りといった感情が押し寄せたことによって、逆に冷静になるといったやつと同じように感じた。
嵐の前の静けさのような空気を感じる。
僕は急いでこの異常事態が発生した原因を考えるが、特に思い当たるものがない。
解決方法が分からなかったことは度々あるが、原因などについて分からなかったことは桜木に関わって以降なかった。
ただ、分かることはこれから起こることは僕の想定にない事である可能性が非常に高いと言うことだ。
僕は動揺を表に出すことはなく、ただ静かに頷く。
ありがとう、落ち着いた声でいう桜木は、今にも消えてしまいそうなほど印象を受ける。
初めてあった時でさへ、ここまでの印象はなかった。
僕の悪い予感はただ強まる一方だった。
そして、桜木は意を決したように告げるのだった。
「実はですね、私、さっき起きたことをまだ信じられないんです。いや、信じたくないんです」
その言葉を、うれしさのあまり現実なのか分からないといったニュアンスで言ってくれたのであれば、どれほどうれしかったことだろうか。
しかし、桜木の次の言葉でその可能性はハッキリと否定される。
「信じることが怖いんです。」
桜木葵は、心の底から希望を信じて進むことに恐怖しているのだ。
どれだけ辛くても、決して折れずに進み続けた強い彼女の心を折ったのは希望という、本来なら次に進む力になるはずのものだった。
そして僕が犯した最大で致命的な間違いに気が付く。
僕は、桜木葵が痛みに耐えて進むことができる強いと考えてしまっていた。
しかしそれは違うのだ、痛みに強いというのは、大きく分けて二つある。
一つは、明るい未来の為にといった攻めの考え、希望に裏打ちされた強い心を持つ者と、もう一つは下がれば終わるからといった守りの考え、絶望に裏打ちされた分厚い鎧で身に纏う者。
桜木葵は、後者だったのだ。痛みに強い分厚い鎧を作り出して自分を守っていたに過ぎなく、葵自身は痛みに強いわけではないのだ。
愚かな僕はそれを見誤ってしまった。
今から、桜木が進む道は希望へ進む道。
その道は絶望に裏打ちされた鎧を軽々しく貫通する。なぜなら、その道は諦めれば痛みから逃げらえるのだ。
諦めたら終わるからこそ作られた鎧が役に立つわけがない。
僕の間違いのせいで、桜木を弱いまま、希望の道という茨の道を進ませようとして、心をへし折らせてしまったのだ。




