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名前だけの人生相談部に学年1の美少女が人生相談に来てしまった。  作者: 時雨白
第4章 必要なのは広い視野と冒険させられること
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譲れないもの

 桜木のその言葉を聞いた瞬間、空気が一変した。


 雷雨の如し黒雲と鉛のような重々しい空気が僕達を支配する。


「分からないとはどういうことですか?」


 綾子さんの声には先程まであった抑揚は一切なく、恐ろしく淡々としており、極寒の地を想像させる冷たい声であった。


 普通に過ごしていれば体験することがないであろうほどの重圧が桜木を襲う。


「わ、私は、今していることが、今後において最も良い行為なのか分からないのです」


 普通の人なら言葉すら出せないほどの中、桜木は必死に言葉を紡ぐ。


 恐怖で言葉が詰まるのを勇気を振り絞って一言一言搾り出す。


 しかしながら、その必死の頑張りは何一つとしてこの重々しい空気に変化を与えることはできなかった。


 桜木の前に立つの綾子さんからは、先程までの母の姿はない。


 そこには女傑として圧倒的な風格と一切の感情切り離し、冷酷無比に獲物を確実に仕留める狩人としての姿を纏っていた。


 人としての格が違うと思わずにはいられない。


 それほどまでに圧倒的な存在感を放っている。


 これが世界有数の大企業の社長を夫に持ち、支える妻の姿であり、どんなことでも決して折れることがない支柱としての強さだった。


 一歩でも引いたら負ける。


 その言葉は実に正しい。


 この人を前に、くだらない言い訳や小細工は一切通用しない。


 たとえ自分が想像を絶する苦痛を味わうとしても絶対にブレない強い芯を持つあの人に対抗できるのは同じく絶対にブレない強い芯を持つ人の言葉だけだろう。


「なら、あなたが思い描く未来の姿はどんな姿なのか教えてくれるかしら?」


「そ、それは」


 綾子さんの鋭い視線と言葉が桜木を突き刺す。


 質問に対する明確な解答を持ち合わせていない桜木は言い淀む。


「即座に口に出せていない時点で、あなたは未来の自分の姿についてビジョンが描けていない。昔は答えられたのにね?」


「・・・・・・」


 夢をコロコロと変える子供に呆れるように言い放たれた言葉に、桜木はあの大雨の日に見せていた見捨てられた子犬のような悲痛な表情をする。


「前、あなたに言ったわよね?自分のなりたい姿も描けず、自分のなりたいことに心中できるほどの気持ちがなければ、この道は無理だって」


「はい・・・・・・」


 綾子さんの言葉は普通の人から見ればあまりにも酷な言葉だ。


 答えられないのも当然だと言いたくなるようなものだろう。しかしながら、自分の身の丈以上のものを求めるのであれば、必ず必要になってくることだ。


 この世界は優しくない。ありとあらゆる理不尽と言うなの荒波が僕達を襲う。


 そんなに中でも溺れずに、前に進み続けるのであれば狂気とも言える強い考えと意志が必要だ。


 綾子さんはそのことをよく理解しているのだろう。


 大企業の社長の妻、その地位は生半可な実力や気持ちでは手に入ったとしても居続けることはできない。


 地位が高ければ高いほど求められるものが、襲いかかる理不尽はより多く強くなる。


 自由には責任がつく、一つでもミスれば全てを失う。そんなリスクが付き纏う。


 それでもなお、逃げず戦い続けるから、僕達は敬意を付き従うのだ。


 桜木がどれほどの望んでいるかは知らないが、もしそのような立場を望んでいるのであれば、必ず答えを用意しなければいけない。


「それでどうするつもりかしら?やる気がないなら早く辞めることよ」


 綾子さんは冷たく突き放すよう言う。


「私は・・・・・・私は」


 桜木は、自分の中の答えを決めきれず、目が泳ぎパニックに近い状態になっている。


「早く決断しなさい。時間は無限ではない。そのくらい分かっているのでしょう?」


「はい・・・・・・」


 更なる追い討ちをかけられ、より一層と暗い表情になる桜木。


 今の桜木では、満足できる決断はきっとできない。


 桜木はこの数ヶ月で能力的にも精神的にも大きく成長した。


 どう考えればいいのか、どう見ればいいのか、そのために必要なピースが桜木の中では見え始めていたはずだ。


 しかしながら、今求められているものはバラバラになっているピースを組み立てること。


 まだ、全てのピースを見つけれていない桜木がそれをできるかと言われれば、不可能に近いだろう。


 このまま何も起こらなければ致命的な何かを桜木は失うかもしれない。


 なら、何かを起こすしかない。


 それをできる立ち位置に今、自分がいる。


 だが、簡単なことではない。


 行動を起こすということは、あの雷雨の中、荒れ狂う海と部外者が他人の領域を踏み込むという自由をする代償である責任が僕を襲うだろう。


 動かなければ自身の安全を手に入れることができ、動けば責任を負い、ミスれば一生消えることのない傷を負うことになるだろう。


 そんな酷な選択肢を残り数秒といった短い時間で決断をしなければいけない。


 なんて理不尽だろうか。


 こういうことばかり起きて、ほんと辛いことばかりだ。


 本当なら逃げ出したい。


 だが、それはしない。


 そんなことをした後の世界に僕は生きる価値が見出せない。


「僕は、まだ決断をしなくてもいいと思います。」


 僕にもどうしても譲れないものがあるのだ。


 その一つは努力への対価だ。


 さあ、1人でも諦めずに最後まで声を上げ抗い、行動したその努力の対価を支払おう。


 桜木葵が紡ぎ出そうとしている物語はまだ終わらせない。

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