最後の試練
僕たちは微かに残る夕日が照らす道を桜木の歩く速度に合わせてゆっくりと歩く。
桜木と一緒に帰るのは、一ヶ月前の時以来だ。
この一ヶ月は色んなことがあった。
だからだろうか、あの時と同じように一緒に帰るだけなのに色々と変わったように感じる。
あの時よりも夏になってきたのか、前回のより暗くはなく、微かに残る夕日が僕達の道を照らし、暗かった時にはよく見えなかった松の木など、多くのものが視界の中に入ってくる。
それだけではなく、僕達を包む雰囲気はまるで違うものになっていた。
あの時の僕達は、達成すべき目標のため、その先にあるであろう明るい未来のため、ただただ必死に走っていた。
勉強の成果のこと、初めての道の中誰かと一緒帰る体験、嬉しいこと、ワクワクすることはあったが、それと同時に現実という向き合うべき相手がいた。
だからか、この物静かで幻想的な雰囲気に染まりきることはできず、互いに目の前のこと見ていた。
物静かな夜の帰り道は、そんな僕達をただ静かに見守ってくれた。
しかし、今回は違う。
目の前の問題はなくなり、向かい合っていた現実は存在感を薄くし、僕達は、周りを見れるようになった。
少し先にある信号、少し隣で流れる川、地平線の向こうへと沈む夕日、その光景を楽しんでいる桜木。
前回はただ静かに見守っていてくれた帰り道は、今回は橙色に輝く夕日と共に、僕達を出迎えてくれる。
目の前のことで精一杯で、それを語ろうとしていた時とは違い、僕達はその雰囲気を楽しまんと互いに何も喋らず帰っていた。
その雰囲気を楽しんでいると、あっという間に駅に着いて僕達は電車に乗った。
帰宅ラッシュの一歩手前なのか、僕達が乗った電車はそこまで人はいなかった。
「いつも見ているはずの光景なのに、今回は全く違う光景に見えました。どうして、そんな風に感じられたんでしょうか」
電車に乗って少し冷静になったのか、桜木は先程の体験に着いて、驚きを隠せない様子で言った。
「色々と変わったからね」
僕は簡潔に答えを述べる。
「そうだね。私、変わったんだ」
桜木は何かを振り返り確信したように言った。
その表情はとても明るく、前向きで、輝いて見えた。
「私、やりたいことが多くあるんです」
「やりたいことって?」
「人生相談のみんなで花火大会に行きたいです。他にも、キャンプやプール、海にテーマパーク」
桜木は目を輝かせながら言う、その姿は一ヶ月前に見た儚い夢見る少女ではなかった。
「それだけ行くとなると夏休みは激務になるな」
「そうですね。そこは隅風の手腕を期待してます」
「え?」
花火大会などはどうにかなるかも知れないが、全部行くとなると流石に日程的にも、金銭的にもキツイものがあり、難しいので冗談だと思っていたが、桜木の輝いた目を見るに、どうやら本気で全部行くつもりらしい。
「いやー、僕は遊びはそこまで分からないから、やるとしたら住吉達が中心じゃないかな?」
僕はさりげなくその仕事を今はいない住吉達に投げる。
真面目なことに関してはある程度はなんとか出来る自信はあるのだが、こう言った遊び関係に関しては一切の自信がない。
「分からないからこそ、分かるように努力するべきではないのですか?」
「まあ、一理あるちゃあるけど」
桜木は妥協を許さなかった。
桜木の言いたいことは分かるが、そこまでする必要があるのかと考えてしまう。
「あの時のように私をリードしてくれないのですか?」
「あの時もリードはしていなかったよ!」
こちらの弱みを絶妙に攻めてくる。
僕は出来ないことに関しては弱いので、こんな感じにこられると引き下がるしかない。
「ふむ、どうしてもやる気はないと言うことですね」
「僕、そこまでは言ってはいないはずだよね?」
最初はやんわりと断ろうとしただけであり、絶対にやらないとは言ってはいない。
しかしながら、桜木の中では僕がやる気がないことが確定しているのか、そのことを前提で話を進める。
「なら、私と一緒に学びませんか?」
「え?」
少々斜め上の提案に僕はまた驚いた声を出してしまう。
「ダメ、ですか?」
上目遣いで聞いてくる。
その破壊力は凄まじものだったが、今までの桜木との関わりから、違和感を覚え為、そちらに思考が持ってかれ、耐えきる。
清廉潔白のイメージ通りの桜木が狙ったように上目遣いをするような人ではないことは、知っている。
つまり、誰かが桜木にいらん入れ知恵をしている。
どこの誰かと考えたが、こんなことをする奴は鮎莉ぐらいしかいない。
全く何を教えているんだと、呆れる。
完璧美少女と言われる桜木がそんなことすればどうなるかぐらい予想ができるだろうに、僕だからこそよかったものが人によっては致命傷になりかれない。
取り敢えず、注意だけはしておこう。
不用意に犠牲者が増えてもらっても困る。
「そういうのは、あまりしない方がいいよ」
「そうなんですか。鮎莉にはこれを使えば誰でも頼み事を聞いてくれると言っていたのに」
案の定、いらない入れ知恵をしたのは鮎莉だった。
これは近いうちに行われるであろう住吉による仕返しに手を貸すのもありかもしれないな。
「それで返事は」
余計なことで話はそれたが、桜木は返答を求めてきている。
僕は少しだけ考える。
金銭的な問題で全ては無理かも知れないが、半分ぐらいならなんとか出来るかもしれない。
それに、苦手だからといってこういうことを疎かにしていい訳ではない。
こういったスキルは早めに鍛えておくべきだろう。
今後の予定的にもそこまで大きな問題になることはない。
それに桜木1人だけで、遊びの計画を立てるのは悲しすぎる。
「分かりました。夏休み、どこで遊ぶか一緒に考えよう」
「ありがとう!」
次への目標も決まったところで、目的の駅に到着して僕達は電車を降りる。
その後は、桜木の家というかマンションに向けて僕達は歩みを進める。
その道中では、夏休みどうするのかなど、どこに遊びに行くのかを話し合う。
どちらもあまり知識がないこともあって、簡単にはいきそうではないが、それでも考えるのはとても楽しかった。
次の目標も決まり、それに向かって走り出すことも出来た。
全てが順調に進み始める。
少なくとも桜木はそう信じて疑わないだろう。
だが、僕は知っている。
現在という奴は存在感が薄くなることはあるが、なくなりはしないこと。
そして、どんだけ上手くいっていたとしても、彼らはそれを嘲笑うかのこどく、絶望という現実を与えてくること。
僕達は楽しく次に向けて話し合っていると桜木の住むマンションに到着する。
前を見ると、高級そうな車が止まっており、秘書らしき人物がドアを開けるところだった。
そこから出てきた人物に対して、桜木は驚愕すると共にその場に立ち尽くす。
そこから出てきた人物は桜木の凛とした姿と重なるところはあるが、桜木よりも磨かれており、その姿は女傑といった印象を強く受ける。
桜木はその人物を言った。
「お母様」




